第10話

「はあ……」


「どうしたの、なっちゃん。具合でも悪い?」


「もしかして、あの日? 薬あげようか?」


 友だちの楽しげな雰囲気を壊してしまったかもしれない。お腹が痛いだけだったらどれだけよかったか。その不快感も同じくらいだけど、これはもっと個人的な理由。


「だいじょぶ。ちょっとお腹減っただけ」


「朝ご飯食べていないの? ダイエット中なの?」


「ダイエット? 太っていないのに?」


「なっちゃんはもっと太ったほうが良いよ。特にこのおムネとか!」


 彼女たちの弄ぶような、弱点を探るみたいにいやらしい手が、わたしの控えめなところに触れる。くすぐったくて変な声が出そうになったのを我慢する。


「やめっ……それ、セクハラだよ! 友だちを訴えたくないからやめてよぅ!」


「いいじゃんいいじゃん、減るものでもないし!」


「でも揉んだら揉んだだけ、脂肪が燃焼して嵩が減るって話も聞いたことあるよ?」


「え、まじんこ? じゃあ、やめる。なっちゃんのおっぱいがこれ以上減っちゃったら、弐宮くんに顔向けできないもんね! 彼が微乳フェチであれば別だけど」


 雄二は関係ないよ—―そう言おうとして、理性が勝つ。彼らは未だに騒いでいた。賢一くん、かなた、雄二。ゆきはまだ居ない。わざと話と視線を逸らす。


「ふう……ご飯はコンビニでちょっと食べたよ。でもやっぱり足りなかったかも」


「ママと喧嘩でもしたの? パパの下着と一緒に洗濯されたり?」


「それは全世界のパパに失礼だよ、みっちゅん。まだ口利いてないの?」


「娘の部屋に裸で入ってくるようなパパはパパなんかじゃないよ」


「それこそ法的な措置を取らないと。訴えたら勝てるよ、みっちゅん」


 わたしのお父さんはどうだろ。お風呂上りに娘の部屋に入ってくるような無礼さはない、かな。誰にも言えないけど、たまに一緒のお風呂に入ることがあるくらい。


 だって、そのほうがガス代を節約できるから。特別な不快感はない。


「――なっちゃん。はい、これ」


「え。いいの?」


「ほんとは部活の合間に食べようと思ったけど、切なそうななっちゃんを見ていたら、こっちまで切なくなっちゃうよ。恋の悩みならお姉さんに相談して?」


 みっちゅんからクリームパンを受け取り、封を切る。甘ったるいカスタードの匂いと、パン生地の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。それから、片手間に口を開く。


「恋の悩み? わたしが?」


「自覚なかったの? さっきからずっと弐宮くんのほう睨んでいるよ?」


 視線を落とし、パンを頬張る。カスタードに届かなくて、泣きそうになる。どうしてまんべんなく入れておかないんだ。こんなの、喉が渇くだけじゃないか。


「なつのいつメンに四葉さんが居るけど、やっぱり喧嘩でもしたの?」


「やだなあ。わたしのいつメンはみんなでしょ。トイレだっていつも一緒に……」


「あはは。それ、ただの連れション仲間じゃね?」


「じゃあ、お茶飲みすぎて催してきたし、連れションしよ?」


 みんな席を立ち、教室を出る。わたしも急いで食べ終え、廊下へ向かう。


「本当よ。朝食のウィンナーの焼きが甘かったり、あたしが寝坊しかけたのに寝顔を写真に撮ろうとしたり、とにかくあの人はうっかりが多いのよね!」


「へえ。廿六木さんにそんな一面があるんだね。ギャップ萌えってやつかな?」


 雄二がかなたと喋っていると思ったら、今度はゆきと仲良くしている。わたしの想い人はやさしい顔をして、とんだプレイボーイだ。いまなら簡単に背を向けられる。

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