第8話
「うん? 水漏れ?」
そろそろゴールも近づいてきたかと思えば、地面が濡れていた。お客さんの誰かがジュースでもこぼしたのだろうか。遠回りして水たまりを避けて歩く。
壁にぶちまけられた赤い血の塊、断面図がグロテスクな腕のオブジェ、井戸から出てくる脳みそや目玉の垂れた女の幽霊……いずれも本物みたいに精巧で、つい進む歩幅が小さくなる。引いたはずの吐き気を催すくらいの不気味さがある。
『あ、もう少しでゴールだよ、——さん。ほら』
『ホントだ……やっと、——くんの下に行けるんだっ!』
前を歩くカップルの声が大きくなる。いや、わたしが近づいているんだ。ゴールがどうのって言っているから、きっともうすぐでこのひとり旅も終わるのだろう。
「この角を曲がれば、ゴールなんだよね?」
歩を進める度に視界が明るくなっていく。怖いギミックも少ないし、すべて終わって安堵したかのような騒がしい声が、この奥でざわざわと聞こえる。
正直うんざりしていた。通り過ぎるのはみんなカップルばかりだし、キャストさんの目はどちらかといえば、憐みの比重が高かった。だから、そんなのとはもうさよならだ。
「……え?」
『ねえ、弐宮。なんであんたはそんなに平然としていられるの?』
『平然って言われてもね。僕は意外と、どきどきしているんだよ?』
目を疑う。どうして、雄二とかなたがペアになっているの? っていうか、なんでふたりとも、手をつないでいるの? あり得ない光景に目頭が熱くなる。
ほとんど同時に、針で刺されたような痛みが胸に生じる。なにこれ。なにこれ?
『なにそれ、バカみたい』
『うん、——僕もそう思う』
『——むしろ、あんたで良かった』
『あはは、まだ――なんだ?』
雄二とかなたがなにか会話をしているけど、わたしには内容を理解できなかった。ただ、ふたりが以前よりもずっと、仲良しになったことだけは分かる。
それだけなら、まだ大丈夫なのに。かなた、賢一君が好きなんじゃないの? どうして雄二と一緒に居るの? 意味が分からない。理解したくもない。
——だからボクもキミと同じで。はぶられているんだよ。
頭のなかの悪魔が、わたしにそう囁いた。
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