第7話
「きゃっ……な、なに!?」
耳を劈くほどの轟音のすぐあと、わたしは小さな悲鳴を上げてしまった。どうやら、空気が噴射されたらしい。首筋のひんやりとした心地が教えてくれた。
「うう、心臓が口から出てくるかと思ったよぅ……」
どうして、こういったホラー系のアトラクションは、こちらが身構える前に襲い掛かってくるのだろう。タイミングが分かれば、怖くなんてないのに。
「知らないほうが怖いから、かな?」
独り言ちて、妙に納得する。夏にお勧めされる映画の大半は、そういえば急にピエロや毒蛇が出てくるし、ゾンビだって思いがけないところからやってくる。
「びっくりしたね~。二取くんはどうだった?」
先導しているはずの彼に話しかけてみるも、答えはない。まだ怒っているのだろうか。天井からの空気なんて現実味に欠ける――とかいって。簡単に予想がつく。
「ねえ、二取くん。次からは手をつないでみても、いい?」
怖がっているのは、わたしだけ。彼は自分自身が孤独であることを悟っている。とどのつまり、死とか不安とか暗いものに対して、深い理解を示している。
だったら、ひと夏の思い出として。みんなに忘れられた、可哀想なわたしの願いとして。彼ならきっと、わたしの手を取ってくれるのだと、そう思っていた。
「二取くーん? おーい、無視しないでよっ」
手を伸ばせば届くような近距離でそれはないでしょ、と少しだけ歩調を速くして近づいてみたけど、彼の気配を感じることはなかった。
「え? もしかして、はぐれちゃった?」
依然として、彼からの反応はない。あるのは禍々しいBGMと、遠くから微かに他のお客さんの悲鳴くらいで、わたしの周りにはひたすらに無機質な静寂があった。
*
完全に二取くんと離れ離れになってしまったみたいだ。こんなことなら、強引にでも手をつないだほうが良かったかな——でもそれはきっと、迷惑だろう。
「もう彼はゴールしたのかな……不満たらたらだったし、うん」
ヒントは通路に点在している非常灯の仄かな明かりと、夜光塗料を含んだ血の矢印だけ。ここが偽物だと割り切っても、暗いのだけは誤魔化せられない。
『うひょわあああああ!!』
「うるさい……! 静かにしてっ」
『ご、ごめんなさい』
通路の隅で死霊らしき影に文句を言う。わたしも二取くんに似てきたのかもしれない。キャストさんが謝ってきたのが、ちょっぴり拍子抜けだったけど。
『オマエのキレイな心臓を寄越せえええええ!!』
「そんなことしたら、わたし死んじゃうじゃん。あなた、殺人罪だよ?」
『いや、あの~……その、すんません』
思ったよりも冷静でいられる自分が怖い。だけど、なんだか楽しい。
『あなたの血は、何色の何!?』
「レッドの血だよ。覚えて帰ってね」
『……さっきも同じようなこと言われたよ』
キャストさんには申し訳ない気持ちもあるけど、二取くんが居ないのが悪い。恋人限定のお化け屋敷に女の子ひとり置いていくだなんて、最低じゃないか。
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