第4話

「——どうしたの、三沢さん。ここ、カップルじゃないと入れないよ」


 賢一くんとかなたが居なくなって、順番待ちの列に雄二とゆきが残されたというのに、誰かに話しかけられてしまった。ふたりが何か話しているのに聞こえない。


 クラスの男の子であることは間違いないのだけど、声だけでは判別がつかないので、仕方なく振り返る。少し陰のある、アンニュイな雰囲気の男の子だ。


「あなたは……ええと、二取にとりくんでいいんだっけ?」


「さすがは三沢さん。端っこに居るボクの名前でさえも覚えているんだ?」


 声の主は二取くんだった。あまり話したことはないけれど、爽やかな笑顔と優しげな声色が、どことなく雄二に近い印象がある。でもそれはきっと、表の話。


「当たり前じゃん。わたしたちはクラスメイトなんだからっ」


「嘘だね。ボクには分かるよ。さっき、『誰こいつ』みたいな顔をしていたよね」


「ご、ごめん……本当は名前を思い出すのに10秒くらい掛かっちゃったの」


「あはは、頭の片隅にすらなかったんだね、ボクの名前。でもまあ、それも無理ないよ。ボク自身、影が薄いことを自覚しているもの」


 雄二に近いというのは訂正しよう。この人、めちゃくちゃ陰がある。雄二にもそれなりの暗さがあるけど、ここまで開放的じゃない。近づくだけでその闇に飲み込まれそうだ。歩くブラックホールとでも言い換えられそうな、黒の深さがある。


「だからね、たぶんボクは孤独なんだと思うよ。キミとまったく同じで」


「わたしが孤独? どうしてそう思うの?」


 意味が分からない。ただ偶発的にひとりで居るだけなのに。なんでたったそれだけで、孤独扱いされなければならないんだ。手を伸ばせば彼らに届くはずなのに。


「だって、キミ……クラスにひとりで居る人に単独で話しかけたりしているでしょ? あれってどう考えても、孤独であることが怖いからだよね?」


「怖い……? そう、なのかな……?」


「そうだよ。だって、ふつうは交わることのない赤の他人に構うなんて訳ないもの。周りは見向きもしないレベルの人間なんだよ? なのにキミはそれに関わろうとする。それって、キミがどうしようもなく、孤独であることの証明になるんだ」


 二取くんは先の雰囲気が嘘みたいに、突発的な発作みたいに、わたしが孤独であることを饒舌に語っていた。そしてまた、彼は陰った雰囲気のまま口を開く。


「キミは誰かと時間を共有して孤独を否定しているようで、自ら孤独へと足を踏み入れていっているんだよ。だからこうして、ほら……ボクと会話をしている」


 なんだかものすごく不安になってきた。途端に、ひとりになるのが怖くなった。


「報われない時間であるくせに、自ら身を委ねているんだ。まるで叶わない恋をしているみたいに。あ、弐宮クンたち……屋敷に入っていったみたいだよ」


 あなたのせいだよ——とは、言えなかった。手を伸ばせば届く距離にいたはずなのに、彼の話を聞かずに叫べば気付いたかもしれなかったのに、そうしなかった。


 それはきっと、彼とまったく同じように、わたしが孤独だからなのだろう。

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