第3話

「はあっ、はあっ……やば、息、うまくできなっ……」


 全力疾走というほどではないのに、お化け屋敷の前まで来るだけで、ものすごく疲れた。普段から運動しておけば、お腹のお肉もつまめないのだろうか。


 というか、何より人が多い。隣の動物園にさえ活気が溢れている。普段はシャッターが閉まりまくった商店街みたいに寂しいくせに、開園初日ってすごいんだね。


「あ、雄二だ。隣には……ゆきが居るね」


 受付のところではすでに、雄二たち以外にもたくさんの人が列をなして並んでいた。お化け屋敷ってこんなに人気だったっけ。もっと閑散としていた気が。


「えっ……恋人限定のお化け屋敷!?」


「うん。なんかそういうキャンペーンらしいよ!」


 雄二たちの前には、賢一くんとかなたが腕を組んで並んでいた。さながら本物のカップルであるかのように、かなたは彼の腕にさりげなく胸を押し付けている。


「すごいなあ、かなたわたしにはそんなこと、できないよぅ」


 神さまは不公平だ。どうして身長ではかなたに勝っているのに、女の子的な諸々のところでは負けているのだろう。お風呂上がりの牛乳が足りないのかな?


「ちなみに恋人限定って言っても、本当のやつじゃなくてもいいみたいだよ! 例えばこんな風に、恋人みたいに仲の良いふたりなら、性別を問わないってさ!」


「お、おい! あんまりくっ付くなって。恥ずかしいだろ……!」


 と言いつつも、賢一くんはまんざらでもない顔をしていた。鼻の下を伸ばし、おそらくは腕に課せられた柔らかい感触を、全身で嗜んでいる。なんてむっつりさんだ。男の子ってほんと——いや、雄二は穢れを知らない無垢な、唯一の例外だ。


「――ってことで、ゆきたちも恋人っていう体で挑んでよね! なつも居ないし、いまなら堂々とシンデレラになれるよ、ゆき! ファイトファイト~☆」


「ええと、意味が分からないのだけど……つまり、どういうことかしら?」


「カマトトぶらないでよ~、ゆきちゃん。恋に敏感なワタシを舐めないでよね! 今日くらいは自分の気持ちに素直になりなよ~☆ ワタシは知っているからさ!」


「べ、別にあたしはそういう訳じゃな……!」


 ——ゆきがシンデレラになれる? それって、どういうこと?


「あ、ワタシたちの番だ。じゃあ、行ってくるから。ばいばい!」


「またあとでな、雄二。五反田と仲良くしろよ? オレもまあ、頑張るからさ」


 かなたの言葉を反芻していると、前のふたりはお化け屋敷のなかへと消えていった。相変わらず腕を組んだまま、どちらも淡い恋のような下心を隠さずに。

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