切なさすらも影を踏む

第1話

「うう、気持ち悪いよぅ。あと10歩くらい歩いたら、吐いちゃうかも……」


「しっかりしなさい、なつ。もう少しで冷たくて美味しい飲み物が待っているわっ」


 今日という日が楽しみすぎて寝られなかったというのもある。だけど、わたしがいま形容できない気持ち悪さに襲われているのは、単純にバス酔いなのだろう。


「まったく……年甲斐もなく燥ぐからよ。確かに王さまゲームは楽しかったけれど、ヘッドバンキングはやり過ぎよ。おかげであたしも、ちょっと頭が痛いわ……」


「ごめんね、ゆき。あの頃のわたしは青かったんだよ、きっと……」


「今ではすっかり、顔まで青白くなっちゃってね。なつ――あなたって、ときおり無茶をするわよね。興奮すると別の生きものになっちゃうの? どこの本田さんよ?」


 ライブ会場でもないのに、感情が昂って、つい頭を振り散らかしてしまった。雄二との甘酸っぱいやり取りをしたからか、未だに頬が熱を帯びている。触ると熱い。


「なつ、大丈夫? 僕ので良かったら水あげるけど」


「雄二っ……! ううん、だいじょうぶ。わたし、遊園地で遊びたいもん」


 この少年こそが件の弐宮雄二――わたしの幼なじみで、とてもやさしい男の子。自分の飲みかけの水を手渡そうとするほどに、彼はわたしを気遣ってくれる。


 ――それが、間接キスになることも知らずに。


 わたしはそれがちょっぴり恥ずかしくって、一瞬のうちに断ってしまった。何も知らないふりをして受け取ることもできたけど、雄二の純粋さにつけ込むような真似はもうしたくなかった。尤も、周りの視線が気になったというのもある。


「大丈夫じゃないでしょ……五反田さんに支えられていないと、まともに歩くこともできない状態で遊べる訳ないよ。まずはその体調を治さないとだね、なつ」


「あたしは別にこのままでも構わないけれど。負荷ってほどではないもの」


「そうそう、わたし軽いから。よーし、最初は何から攻めようかな~?」


 ジェットコースターやコーヒーカップはあらかじめ除外しておく。何が、とは絶対に言わないけど出ちゃうから。やはりここは無難に鏡迷路でも行っておこうか。


「――ダメだよ、それは」


「どうしてそんなこと……ちょっとくらい良いじゃん!」


「万が一、園内で倒れちゃったりしたらどうするのさ? なつの為を想って、あえて厳しいことを言うけど、今日のところは安静にしてもらったほうがいいと思うんだ」


「分かったよぅ。そんなにわたしが邪魔なんだね、雄二は」


 雄二の分からず屋。ばか。保護者気取り。それらの言葉を言うこともなく、彼らに背を向ける。足元がふらついて仕方ないけど、保健医の先生のところまで歩いた。

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