第32話
「じゃあ、五反田さんとかとしなよ。仲のいい友達なら誰でもいいんでしょう?」
「ワタシに女子といちゃらぶする欲求はないの! 確かにゆきちゃんは同性のワタシから見ても魅力的だけど」
話が堂々巡りで、ちっとも進まない。どうしても四葉さんは僕を練習台にしたいらしい。困った。流れに逆らわないと、彼女と口づけを交わす羽目になる。
「ねえ、四葉さん。どうして僕なの? 僕じゃなくてもさ、賢一と親しい男子なら誰でもいいんじゃないの? 僕に固執する理由は何なの? 昨日のことと関係ある?」
「以前は本当に、なよなよしていて誰にでもやさしいところが、偽善者っぽくていけ好かない奴だと思っていたけど、昨日のあんたの対応を見て考えを改めたのよ。ああ、弐宮って裏表のない人なんだなって。他の男子は下心とかあるし、ムリ」
「やっぱり昨日の幽霊屋敷のことに集約されるんだね。それ以前と今日で、僕に対する態度が明らかに急変したから、そうなんじゃないかとは思っていたけどさ」
「あのさ、弐宮。ワタシはあんたのこと、好き……だよ? それがキスの練習をするって理由にはならないの? 好きな人とキスをするのが普通なんでしょ?」
実感が湧かない。これは告白、なのだろうか。潤んだ瞳で見つめられても、困る。僕はあまり彼女が好きではない……だけど、そんなこと言えるはずもない。
「でも四葉さんは、賢一のことが好きなんでしょ? その気持ちに嘘を吐いてまで、僕を練習台にするのは違うと思うよ。やっぱり最初は賢一のために――」
「――ああ、もう! 抵抗ばかりでしつこいわね!! だったら、これでどう?」
――取っておくべきだと思うよ、と言いかけて、言葉が止まる。それだけじゃない。流れる時間も、思考も、あらゆるものが一斉に止まった、気がした。
「よ、よつばさん……?」
「……シちゃった、キス。これが、キス、なんだ……?」
不意打ち気味な角度から、ほんの少しの温もりが押し寄せる。僕は四葉さんとキスをした。それだけを理解するのに、時間が掛かった。これが、キス? 初めての?
余韻に浸る四葉さんを差し置いて、僕は深く息を吸った。状況を飲み込むことに努めようとするけど、なかなかできない。なんの味もしないキスに狼狽えているだけ。
――そのとき、教室のドアが不自然に開いているのが見えた。
隙間から見えるのは廊下の景色……ではなく、見覚えのある少女の姿。なつだ。三沢なつ。僕がいちばん会いたかった人。彼女がどうして……どうしてここに?
「……え、なつ? あっ、やば……」
四葉さんの声に気付いたのか、なつは目を見開いたまま、慌てて去っていった。
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