第23話

「……っ」


 四葉さんはしばらく無言で、僕のあとをついてきた。ほとんど最初まで戻って、見慣れたギミックの前を通り過ぎる。2回目だからぜんぜん怖くないや。


 壁に塗りたくられた臓物、断面がグロテスクな左腕、井戸から出てくる目玉の垂れた女幽霊。ある地点に達すると噴き出す冷たいガスだけ、鼓膜が心配になる。


「……ねえ、弐宮。なんであんたはそんなに平然としていられるの?」


「平然って言われてもね、僕は意外と怖がりなんだよ?」


「その冷静な感じが癪だって言っているのよ! どうせあんたもあのキャストみたいに、ワタシをバカにしているんでしょ!? 大慌てで掃除していたものね!!」


「そういう訳じゃないよ……早く処理しないと、他のお客さんが来ちゃって、空気が変な感じになっちゃうでしょ。それに、四葉さんもその……あれだったし」


「【あれ】だなんて、濁さないで言いなさいよ! どうせ心のなかでは、驚いた拍子に、おしっこをお漏らしした系女子とでも思っているんでしょうけどね!!」


 キャストさんの急な登場に、四葉さんが腰を抜かした場面を鮮明に思い出す。僕が彼女のほうに駆け寄ると、非常灯の明かりに妙な水たまりが反射していた。


 その水たまりは四葉さんの足元で光っていた。しかし、故意ではないことを僕は知っている。もちろん、キャストさんも悪くない。あの場の誰も悪くないんだ。


「思っていないよ、そんなこと。言い触らすつもりもないし」


「なんでよ! せっかくワタシの弱みを握ったんだから、なんでも悪用して凌辱でもすればいいじゃない! 賢一君以外の男子なんて、そういう生き物なんでしょ!!」


「りょう……? とにかく、四葉さんを軽蔑なんてしていないよ。あれがもし僕だったら、同じようにびっくりしてお漏らししちゃった可能性だってあるし」


「なにそれ……バカみたい」


 確かに変なフォローだったかもしれない。おしっこを漏らした子を宥めた経験が過去に1度あるけど、その子にも同じように言われた。2回目でも慣れないや。


「うん、下手なフォローでごめんね。僕も賢一のほうが上手くできたと思う」


「……賢一君にこんな姿を見られたら、爆死ものだよ。むしろ、あんたで良かった。あんたの評価……ちょっとだけ見直そうかな」


「ええと、四葉さん。何か言った?」


 お化け屋敷のBGMがうるさくて、あまり聞き取れなかった。出口が近いのか、急にBGMが大きくなっていて、小さく呟かれた声はほとんど聞こえない。


「なんでもない! 変態のくせに生意気だって言ったのよ!!」


「あはは……まだ変態扱いなんだ?」


 やがて僕たちは、ずっと求めていた出口へと辿り着く。そこには待ちくたびれた風な、困った表情の賢一と五反田さんが居て、久しぶりの再会を分かち合った。

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