第15話

「いまからあたしが言うことは、あなたには分かり切っていることなのでしょうけど、あえて言わせてもらうわね。弐宮君――あなたはとんだ臆病者よ」


「うん、そうだよ。僕はいつだって臆病なんだ。臆病で、傲慢なひどいやつだ」


 勝手に心配して、勝手に傷ついて、勝手に涙を流す。五反田さんに心のなかを見透かされているみたいで、嫌気が差す。彼女ではなくて、どうしようもなく自分に。


 勝手に誰かの――たとえば、なつのことを勝手に決めつけて、僕はひとりだけ安全圏に入る。それが僕を守るためのエゴイスティックなやり方だ。


 五反田さんに否定されるなら、それはそれで気分が楽だ。こんなことで愉悦に浸れる僕はひどくて最低なんだ、と自分でも思う。けっきょく、僕は他人が怖いだけ。


「ええ、そうよ。あなたは臆病で傲慢で――それでいて、とても慈悲深いのよ」


「――慈悲深い? 僕が?」


 五反田さんのその言葉だけに耳を疑う。慈悲深い。彼女は僕を神さまだとでも言っているのだろうか。僕なんか、誰にでも手を差し伸べる人なんかじゃない。


「たとえば、春先の珍騒動のとき――あなたは誰よりも、なつや壱河君との関係を優先した。自分がいちばん苦しいはずなのに、ふたりのことを考えた」


「それは、僕が誰よりも傲慢だからだよ。やさしいなんてレベルじゃない。僕は自分が傷つくのが嫌だった。だから僕自身のために、ふたりの関係を優先したんだ」


 言っていることは嘘じゃない。だけど、なんだかそれがすべて本当じゃないことのようにも思える。どれが本当の僕だろう。分からない。まだ、何にも。


「でもね、弐宮君。あなたは他人のことを心配し過ぎなのよ。だからあなたは臆病で傲慢なの。さすがにこういう現状があるんだから、その意味が分かるわよね?」


「分からないよ。五反田さんが言っていることは、僕についてのことだって言うのは分かるよ。だけど僕は何が正しいのか、何が間違っているのかは分からない」


 僕が傷ついて、たぶんなつも傷ついた。それはすべて僕のせい。結論は既に出ているのに、だけど僕はそれを手放したくない。できるならまだ縋っていたい。


 唯一の希望と言ってもいい。誰にも奪われたくない、僕だけのもの。欠片でしかなかったくせに、知らないうちに触れるようになっていた、僕だけの宝物。

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