第10話

「……じゃあ、お願いします」


「マジかよ、お前。遂にビンタされ過ぎて、新しい世界への扉を開いてしまったとでも言うのかよ!? だとしたらオレのせいだ……車内で変な命令した、オレの」


「さすがに違うよ。新しい世界へ行った訳でも、そういう癖に目覚めた訳でもなくって。ただ単に、不甲斐ない僕を殴ってくれるなら、殴ってほしいだけだよ」


 痛いのは慣れている。あのときだって、僕は傷ついていた。相変わらず僕に変わった趣味はないけど、僕はまだ自傷行為に慣れていないのだ。最低だと思う。


「あたしも鬼じゃないわ。遅れるといけないから、そろそろ行きましょう?」


「それもそうだな。気持ち切り替えていこうぜ、雄二!」


 賢一に肩を強く叩かれ、その弾みで前のめりに倒れそうになったが、なんとか足を前に出して踏み止まる。顔を上げ、軽やかに集合場所へと向かうふたりをみて、僕はもう一度自分の弱さを自覚した。内心で深いため息をひとつ。


「どうしたんだよ、雄二。早く集まらないと、七草先生に怒られるだろ」


「うん、ごめん。いま行くよ」


 なつのことは八戸先生に任せることにしよう。なつに謝るのは、なるだけ早くがいいけど、遠足が終わってからのほうがいいのかもしれない。いまはきっと、距離が必要なのだ。


 他の班よりも集合は遅れ気味だったが、七草先生は苦笑いだけで許してくれた。もともと感情的なタイプでもないというのもあるだろう。とにかく、僕らのちょっとした遅刻に七草先生は怒らずにいてくれた。


「……あら? 三沢さんはどうしたの?」


「ええと、バス酔いで八戸先生のとこに居ます」


「そうだったのね。あとで私も三沢さんの様子を見てくるわね」


 僕らの班になつが居ないことに、七草先生はすぐ気付いた。凄いな、と感心しているのも束の間、五反田さんが代表して説明してくれた。


「ということは、五反田さんの班に女子はあなただけということになるわね。だれか、五反田さんの班に移動してもいい人は居る?」


「はーい。ワタシがイキまーす!」


 ――とたん、冷や汗が僕の背中や額に張り付いた。立候補したのは、件の四葉かなた。なつの友だちで、僕がつい先ほどまで彼女の膝を枕にしていた。

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