REACT:007
再開発地区。
高層ビル建築用の巨大クレーンの赤色灯が瞬き、生活の明かりがほとんど見えないがらんどうの街が広がっている。
再開発地区はその名の通り、招致した企業のオフィス街になる予定の場所で工事現場が多い。作りかけの高速道路の高架や建設中の骨組みだけがある高層ビルなどばかりが屹立している。
行きかう人も車もない街を二台の大型バイクが疾駆する。
「どこまで行くつもりかしらね……ふぅ、……っ」
「さてな」
いったい何を考えているのか。
どうにも
いきなり攻撃してきたと思いきや、こんどはひたすらに逃げ続ける。どんどんと人の居ない方向へと逃げていくのは、まるでこちらを誘い込んでいるかのようだ。
罠でも張っているのか?
周囲に他の幽霊の気配はない。罠があるとするなら道路にピアノ線が張ってあるだとか、落とし穴があるだとか、そんな障害物だろうか。
と、
美しいドリフトの曲線。道路に力強い擦過痕を残して進入禁止の道路へと突っ走っていく。
「む……」
あんな転回をしたら、オレはともかく姫神は放り出されてしまう。
姫神に掴まるように言って速度を落とす。緩やかにカーブを決めると、工事中の札を蹴倒して進む。
「バカね! そっちは、行き止まりよ!」
「馬鹿はお前だ、道があるだろうが」
オレの予想通り。
「え……」
呆けた姫神の声が聞こえる。
「つかまれ」
「え? え!? えぇ――ッ、じょうだ――」
事態を呑み込めていない姫神に構わず階段へ突進していく。駆動音を轟かせて階下へと飛翔する。
階段は上から下まで五階建てのビル相当はある。まるで崖からダイブしたかのように視界が開けた。
「ひ――っ!? ぃゃぁぁぁああああああああああ!」
姫神の悲鳴が闇夜に響く。
こんな工事現場の悲鳴など誰も聞いてないだろうけど、通りすがりの人がいたらびっくりするだろうな。
それにしても、何という弾力か。
姫神は両手でオレの腹に手を回して力いっぱい抱きついてくる。生前には感じたこともない女の子の柔らかさを堪能している。背中の柔らかな弾力の存在感に圧倒されかける。
葛之葉もバイクに乗るとはしゃいでくれるがひっつかれても肋骨の感触がゴリゴリするばかりで痛いのだ。当人に告げるわけにもいかないのでなんも言わないんだけどさ。
……なんて背中の感触を楽しみつつ危なげなく手すりに着地する。器用に手すりを足場にして階段の末端まで一気に滑走した。
階段の先は、作りかけの空中遊歩道だ。
タイヤ幅ほどしかない鉄骨だけ渡された回廊を
どうやら試しているらしい。オレがどこまで走れるのか、ついてこいとのジェスチャーはそのままの意味か。
面白いじゃねーか、このオレと勝負しようってか。
ワールドランカーに及ぶような実力ではないが、生前はエクストリームライディングの世界大会に出場してやるくらいの意気込みがあったのだ。幼馴染と共に鍛えたドライビングテクニックは伊達じゃないってことを見せてやる。
「……はぁ、はぁ、ちょっと……待ちなさいよ……」
「おい、へばるのはやいぞ」
涙目でぜいぜいと喘いでいる姫神を叱咤する。
階段下りくらいでへばってもらっちゃあ困る。
「へばる……!? あんなむちゃくちゃやっておいて……、普通なら気絶するわよ!!!」
「うるせー! 逃げられるだろうが! 追いついたら悪霊はまかせる!」
エンジンを唸らせて作りかけの遊歩道に向かって
「……あんたねぇ……! わたしの……、――ッッ」
姫神は声を荒げようとして眼下に広がる光景に口をつぐんだ。
平均台のような鉄骨の上でバランスを取る。真下を見やると、ショベルカーが手乗りサイズに見えるほどの落差がある。
目のくらむ様な高さってやつだ。鉄骨の真下はコンクリートと鉄筋で作られた建造物の土台が広がっていた。
「暴れるなよ。よろけたら真っ逆さまだ」
足をつくこともできない幅だ。オレは鉄骨を一気に走り抜けていく。
姫神はオレの服の裾をギュッと握りしめたまま一言も口を利かない。
先行する
オレは遊歩道を渡り切ってから
すでにバイクの姿は階下にある。このまま馬鹿正直に追いかけても距離は縮まらない気がした。
なにかないかとビルの工事現場を見渡す。
ちょうど視界の端に工事用の作業用エレベーターが見えた。これは使えそうだ。
作業用エレベーターに乗り込むと下へのボタンを押す。金網の扉が閉まると、作業用エレベーターはゆっくり下降をはじめた。
このペースでいけば一階でかち合うことになるだろう。
「武器、構えておけよ。すぐ来るぞ」
「……わかったわ、よ……」
姫神は青い顔をしたまま頷く。
一階へ。
作業用エレベーターの金網の扉が開くのと、階段から
姫神の
しかし、BB弾はキンキンキンと金属質な音に弾かれた。姫神の撃った弾は大きく狙いを逸れて壁に埋め込まれている配管に命中していた。
「どこ狙ってんだ!」
距離にして十数メートル。姫神の射程圏内で、障害物なし、絶好のチャンスだ。
「姫神、撃て。――撃て!」
「ふぅ、……ちょっと、止まって。止まりなさい……」
何を言っているのだ、コイツは。
一階フロアから舗装された道路へ。そのまま緩やかなカーブを描く、らせん状の車両用スロープを二台のバイクは走っていく。
姫神は動かない。オレの服の裾を力いっぱい握りしめたまま、やや息荒く小さな呼吸を繰り返すのみだった。
「何で撃たない!? チャンスだぞ!」
そうこうしているうちにグルグルと回り続けた車両用スロープの終わりが見えた。この先は、車道へ戻る道だ。
「姫神! 撃てっつーの!」
「……」
姫神が銃を構える気配がした。弾切れでもおこしていたのかもしれない。
やれる、そう思った瞬間に発砲音が耳元で鳴った。
後頭部に衝撃を受けて視界が真っ白になる。星が頭の上でちらついているってのはこういう事を言うのかもしれない。
連射されるBB弾はオレの後頭部に零距離で撃ちこまれた。
姫神がオレを撃ったのだ。
ふらつく頭のままで追いかけるのは危険だ。オレは急ブレーキをかけて路肩に停車させる。勢いよく振り返った。
「ふざけんな!!! なにやってんだ、お前は――!」
怒鳴りつけた姫神は何も答えなかった。顔を俯かせたままバイクを降りると、そのまま道路の端の側溝まで歩いていく。
そして吐いた。
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