REACT:006

 ワンピースの少女の幽霊を送り届けてから数分後。

 ようやく当初の目的地である駆動霊ドリヴンガイストの目撃地点にたどり着いた。


 物音は愛車Ninjya H2のエンジン音だけ、工場を照らし出す街灯が煌々と光っている。

 静かなものだ。いまのところ不審な点はない。

 姫神はバイクを降りて人気のない道路を見渡している。


「ふぅん、……ここが目的地ってわけ?」


「そうだ。あの工場の正門カメラに二人乗りの駆動霊ドリヴンガイストが映っていたって話だ」


 株式会社師木島重工と刻まれた正門。その真上に一台の監視カメラが稼働している。一定間隔で首を振りながら不審な人物が入ってこないかを眺めている。

 絶賛不審な人物が二名映っているが、警備員が出てきたらさっさと逃げてしまえばいい。悪いことをしていないならさほど問題にはならないだろう。


 姫神はアスファルトを見つめながら何かを辿るようにふらりふらりと歩いていく。しかし、しばらくして渋面のまま戻ってくる。じろりとオレを睨んできた。


「あなたがいるとロクな調査ができないわね」


「どういう意味だ、そりゃ?」


「悪霊の霊気を追いかけたいけど、あなたが傍にいると混ざってわからないのよ」


「おぅ……、そりゃ悪い」


 以前に葛之葉と駆動霊ドリヴンガイストを調査したとき、葛之葉が困り顔で笑っていたことがある。もしかして、面と向かって言えなかっただけで同じことを考えていたのかもしれない。


 姫神は諦めきれないのか工場の前を行ったり来たりしていたが、やがて諸手を上げて引き揚げてきた。


「……ここから痕跡を追っていくのはムリね。あまり霊気も残っていないし、わかるのはあなたと違う悪霊がこの場にいたってことくらいかしら」


「葛之葉は退魔術を使って追いかけてたぞ?」


「あの子は獣の憑依霊を使った退魔師だから臭いで追えるのよ。わたしといっしょにしないでちょうだい…………なによ、その目は」


「……なんでもない」


 一人で駆動霊ドリヴンガイストを退治できるとほざいてた割には大したことねーなぁ姫神さんよ、と言ってやりたいのをぐっと我慢。葛之葉が規格外の学生なだけかもしれないし、悪霊退治に追跡は入らないかもしれないしな。


 姫神の視線を逃れるべくスマートフォンに目を落とす。時刻は午後二十時を過ぎていた。


「あんまり時間はないが、足で探すか」


 葛之葉と行動していた時もツーリングしながら悪霊探しをやっていた。運よく探している駆動霊ドリヴンガイストに出会えることを祈るか。


 姫神を呼び戻そうと声を掛けようとした時だった。


 ウォォォン、とどこからかバイクの駆動音がこだます。静かな夜に染み渡る音はぐんぐんとこちらに迫ってきている。

 が、音はすれど姿は見えず。爆音だけがすぐそばまで接近してくる。

 それにこの感じは、……駆動霊ドリヴンガイストの気配だ。


「近いわよ!」


 姫神は提げていたH&K MP7A1サブマシンガンを構えた。腰を落として周囲に警戒をする。


 一際大きなバイクの駆動音が夜闇に轟いた。

 オレは空を見上げた。


 バイクが夜空を駆けていた。一瞬、我が目を疑いかけた。


「屋根を走ってきたのか……!?」


 工場の屋根から飛び降りたバイクは施設の配管を滑り降りながら器用に後輪でジャンプする。ウィリーしたまま配電施設の屋根を足場にさらにジャンプした。


 狙いは、姫神だ。


「避けろぉ――ッ!」


 オレが叫ぶも姫神は気づいていない。オレの視線に背後を振り返り、ようやく自ら目掛けて降ってくるバイクの存在に気がついた。

 鋼鉄の塊であるバイクは重さは二百キログラムを超える。踏みつぶされれば骨を折るどころでは済まない。


 オレはアクセルを開けて急発進する。

 刹那に姫神に走り寄り、すり抜けざまに腰に腕を回して抱え上げる。そのまま一気に走り抜けた。背後で鈍い着地音が響いたのは直後だった。


 間一髪。

 姫神を抱えたままどうにかハンドルを掴むと、アクセルターンで一気に旋回する。女子らしからぬ悲鳴が聞こえたがスルーしておく。


「――おでましか」


 街灯に照らされた深紅のスポーツバイクGSX1300Rの姿。

 ドルゥン、ドルゥン、とV型八気筒のエンジンからは飢えた魔物のような唸り声が聞こえてくる。

 深紅のスポーツバイクGSX1300Rに跨るのは二人の黒い影。黒いつなぎをきたフルフェイスメットの男。

 そして、後部座席に横乗りした黒い靄。ゆらゆらと輪郭のない人姿をつくる黒い靄はふしぎと惹き込まれるような蠱惑的な気配を感じる。


 こいつが二人乗りの駆動霊ドリヴンガイストか。


 異様だった。

 こんな幽霊は見たことがない。

 どちらも悪霊なんだろうが、後部座席に座っている黒い靄は駆動霊ドリヴンガイストであるのかすらわからない。


 フルフェイスメットの男は掌をこちらに向けるとクイクイと指先で手招く。


 挑発してくる?

 まさか……あいつもオレと同じ――。


 フルフェイスメットの男は深紅のスポーツバイクGSX1300Rを急加速させる。ゴムの焼ける臭いを残して一瞬で遠ざかっていく。


「くっそ――!」


 逃がすわけにはいかない。呆けていた意識を引き戻し、抱えたままの姫神を背中に押しやった。

 アクセルを引っ掴み叫ぶ。


「つかまっとけ!」


「ちょ、……閑野く、閑野! 、ま――、待ちなさい――!」


 姫神の切羽詰まった声が聞こえたような気がしたが、当然の如くスルーしておく。


 オレはぐんとアクセルを開けた。駆動音が細く甲高く伸びていき、周囲の景色が一気に流れていく。

 逃げる深紅のスポーツバイクGSX1300Rは工場地帯を貫く四車線道路に飛び出していった。オレも負けじと道路へ突っ込む。急に飛び出してきた二台のバイクに盛大なクラクションが鳴り渡る。


「きゃぁぁぁぁぁぁ――!」


「おちつけ!」


 コンテナを積んだトレーラーの鼻先を掠めるようにして車線に割り込んでいく。愛車の後輪が軽くコンテナに触れたのがわかった。

 姫神が悲鳴を呑み込む。

 オレは背筋がひやりとした。

 恐怖感はないものの頭が痺れるような寒気が奔りぬける。


「バカやろう! どこに目ぇつけてやがる!」


 聞こえてきた怒声に軽く手を挙げて応える。

 トラックの運ちゃんたちに心の中で謝りつつ、二人乗りの駆動霊ドリヴンガイストを見逃すまいと背中に喰らいつく。


「なんてことするのよ! 死んじゃうでしょ!」


「安心しろ、もう死んでる」


「わたしを巻き込まないで――! って、信号!!!」


 赤灯を指差す姫神の忠告をさらりと聞かなかったことにする。交差点に進入しようとした車両が慌てて急停止するのを横目に交差点のど真ん中を突っ切っていく。


 追いかけてみて確信した。

 やはり、深紅のスポーツバイクGSX1300Rの二人組の駆動霊ドリヴンガイストは意思がある。


 駆動霊ドリヴンガイストは車両を蛇行させて追突事故を招くような運転をすることが多い。

 しかし、追走する深紅のスポーツバイクGSX1300Rに憑いた駆動霊ドリヴンガイストは、巧みな操縦で並走する車両を次々と追い抜いていく。オレを試すかのように速度を上げていき、距離を引き離そうとしてくる。

 普通の駆動霊ドリヴンガイストにはあり得ない行動だ。


 オレは愛車Ninjya H2の速度メーターをちらっと確認する。

 最高だね、八十キロオーバー! ついでに信号無視の合わせ技だ。警察官に見つかったらサイレンを鳴らしてすっ飛んでくるに違いない。


 もぞりと腹にこそばゆい感じがした。

 いつの間にか姫神の細腕がオレの腹に回っていた。どこか心細げに指先がブレザーのボタンをいじっている。指先は細かに震えている。


 姫神が不安になる気持ちもわかる。

 こんな速度で走っていて転倒でもすれば重傷どころか死んでもおかしくない。自分が手綱を握っているのならともかく、運転しているのは悪霊と罵る駆動霊ドリヴンガイストの同級生だ。


「……だいじょうぶだ、オレにまかせろ」


 姫神を安心させるように力強く断言する。

 姫神は貴重な協力者だ。いけ好かない奴だが、死んでもらってはオレが困る。

 オレの後ろにいる限りぜったいに守ってみせる。


「だいじょうぶなんて、思えないわ……」


「かもな。……姫神。ここから狙えるか?」


「こ、ここで……、撃つの……?」


「そのための二人一組アサルト・セルだろ。悪霊退治はお前が頼りだ」


「……わ、わかったわよ――!」


 姫神はおそるおそるオレの腹から手を離すとH&K MP7A1サブマシンガンを手に取る。


「揺らさないでよ、ぜったいに揺らさないでよ。ぜったいよ!」


 何のフリだそれは、とツッコミたいくらいに姫神は念を押してくる。

 不安はわかるけど信用しろよな。

 オレは冗談は言うが悪ふざけはしない、TPOは弁えているつもりだ。


 姫神はH&K MP7A1サブマシンガンを両手で構えて、スコープをのぞき込む。赤いレーザーサイトが深紅のスポーツバイクGSX1300Rの後ろに乗っている黒い靄に狙いを定めた。


 瞬間、――シャタタタタタタタッと軽快な発砲音が聞こえた。H&K MP7A1サブマシンガンの銃口からBB弾が発射される。


 荒れ狂う風のせいでBB弾の射線は安定しないかもと思ったが、十メートルほどの距離ならばブレもなく丸い弾丸が飛んでいく。


 深紅のスポーツバイクGSX1300R駆動霊ドリヴンガイストは反応する。

 車体を傾けて射線から逃れると、並走するコンテナトレーラーの陰に隠れてしまう。


 オレはコンテナトレーラーの反対側に回り込もうとするが、流れるような動きで深紅のスポーツバイクGSX1300Rも動く。車線を変更して巧みに並走する車たちを壁代わりに使ってくる。


 姫神が叫ぶ。


「な!? なに、アレ!」


 深紅のスポーツバイクGSX1300Rの後ろに乗っている人姿をつくる黒い靄が動く。並走する乗用車へ黒い靄を触腕のようにずるりと伸ばし、後輪を掴みあげるとそのまま車体を引っくり返した。

 砕けたドアガラスがフロントライトに煌めく。

 車体をひしゃげさせながら乗用車が回転しながらこちらに迫ってくる。


「閑野!」


「っとぉ――ッ」


 慌てて車体を倒して回避する。回転する乗用車が撫でるように過ぎ去っていく。後方で盛大なクラクションがいくつも鳴り渡ると共に激しい衝突音が響いてきた。


「なんなの、……あんな幽霊見たことないわ!」


「幽霊にも個性があるってことだな」


「そう言う問題じゃないわよ! あんなのが暴れたら大変なことになるじゃない!」


「こっちだって逃がす気はねーよ」


 追走劇は続く。

 優姫凪ゆきな市を分ける川に掛けられたシシノハーバーウェイを越えて、工場地帯から再開発地区へと入り込んでいた。

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