REACT:002
あー……、自己紹介しくったな。
そんなことを悔やんだ初日から一か月か経った。
初日の悪霊宣言はインパクトが強すぎたせいで、まさかクラスメイトに本気で除霊されるとは思っていなかった。
オレを保護してくれた日本陰陽協会が「話を通してある」って言っていたのに、ぜんぜん伝わってないじゃねーか。
……愚痴から入って悪いな。
転入初日で伝えた通り、オレは幽霊だ。
それも
幽霊ってのは身近に存在している。道具や土地に憑く幽霊であったり、夢遊病者の如くフラフラと徘徊する幽霊もいる。
そして、幽霊は身近に存在する脅威だ。
航空機に憑依すれば死者が数百人規模になりかねない大参事が起きる。
――しかしだ。
いくらオレが
「おい、気は済んだか?」
オレは地面に這いつくばって荒い息をつく集団に声をかけた。
男子も女子も揃いの学生服を着ている。手には霊符を握りしめており、悔しさと怖れを抱いた眼差しを向けてくる。
ここは校舎裏の物陰。
昼休みとは言え誰も足を運ばない人気のない中庭だ。
オレは身体中に貼り付けられた霊符をペリペリと剥がすとまとめて千切る。
ビリビリに破かれた霊符が粉雪のように舞う。
その光景を目の当たりにした女子がひきつった悲鳴をあげて気絶した。足下には小さな水溜まりができていた。
「何故、そんなに平然としていられる……!? 本当に、効かないのか……」
「さあな」
オレは
まず、退魔術がまったく効かないこと。
霊符を貼り付けられても、式神に祓われても、ピンポン玉をぶつけられたくらいにしか感じない。
続いて、見た目が普通の人まったく変わらないこと。
少なくとも触れてみるまでは幽霊だと気づかれることはない。退魔師でない人がオレに触れようとすると、するりと突き抜けてしまう。
終わりに、自由な意思を持っていること。
保護されたときは会話ができることを非常に驚かれた。幽霊には少なからず話せる個体も存在するが、自由に自己表現できる者はいない。
世界初の事象かも!? と、言われているオレが恐れられる理由もわからなくもない。
人食い熊が、白い貝殻の小さなイヤリングを落としましたよ、と語りかけてきたらビビるだろう。普通はな。
「しっかし……、おまえら大したことないな。修行が足りないんじゃないのか?」
「貴様! 退魔師の筆頭、薬師神衆を愚弄するか!!!」
「皆同じこと言うな。お前らは弱い、自覚しろよ。まだ、協会の退魔師たちのほうがデコピンされてるくらいは感じるぞ」
そうは言ったものの協会の退魔師はプロだ。比べてやるのはかわいそうかもしれない。でも、……いずれ最前線で活躍する退魔師を目指しているとするなら高い志を持ってほしいものだ。
いまオレの前で這いつくばっている連中は高校一年や二年の後輩たちだ。
学生食堂で心やすらかにぼっち飯を堪能していたオレを呼びだしてリンチを仕掛けてきたのである。
悲しいかな。
入学してからほぼ毎日のように同じ学校の退魔師学生に襲われている。一か月間、毎日毎日飽きないもんだ。
そして学習しない奴らだ。普通は負けた奴から対策なりなんなりを聞いてから挑むものだと思うんだが、この学校の生徒の多くは自分が一番、もしくは自分の所属する派閥が一番、と自意識過剰なところがある。
皆が皆おなじように挑んできてボロクソに負けて倒れていく。挑まれるほうとしては楽でいいんだけどな。
さらに、当てが外れていたこともある。
ケンカを売ってきた奴は仲間になってくれるかもと淡い期待を持っていたのに、倒した奴ほど露骨に避けられる。
オラついていた男子に声を掛ければ真っ青な顔で財布が差し出され、決闘状を叩きつけてきた女子に声を掛ければ身体だけは許してとがたがた震えながら泣かれるのだ。
試合が終わればノーサイドという言葉を知らんのか。
溜息の一つでも吐きたい。
それに、こうやってケンカばかりしているとどこからともなく現れる厄介な奴がいる。彼女のせいで悪霊退治の仲間集めはより困難になっている。
「やめなさい」
中庭に凛とした声が響く。
おっと、噂をすれば。
「生徒会長……!」
「……姫神様――!」
地面に倒れている連中が男子が喜色を浮かべる。女子もまた憧れの視線を向けていた。
会長と呼ばれた少女は腕を組んだまま足早にオレの下へ歩いてくる。
「おう、はやかったな」
「通報があったのよ、……まったく……」
会長と呼ばれた少女はうんざりしたようにため息をつく。次いでジロリと睨みつけてくる。
同級生と話しているときはうっすらと微笑みを浮かべることもあるのに、オレと話すときだけはいつも眦をきりりと吊り上げている。
その手の趣味がある奴ならともかく、四六時中あんな目で睨まれていたらげんなりすると言うものだ。
同級生に向ける優しげな雰囲気をひとつまみでもいいからオレに配分してほしい。
少女の名は、
笑っていようと怒っていようと十人が十人とも気に留めるであろう、かわいい三割と美しい七割の大和撫子然とした顔。長く艶のある黒髪を背中までさらりと流した姿は見惚れるほどに絵になる。
また、容姿はとても女性らしい魅力に溢れている。
ブレザーをぐっと押し上げる胸元にふっくらと曲線を描く尻のライン。やや短めのスカートから伸びる健康的な脚が最高だ。
隙あらばそのお御足を隣席から眺めるのが日課となりつつある。
そう、姫神は同学年の同級生で隣席に座っているクラスメイトだ。
ちなみに、入学初日にオレに質問をしてきたのが姫神だ。
姫神は腕を組んだまま、倒れている下級生たちを守るように立つ。
『風紀』と金刺繍された腕章がきらりと光る。
「……いつも弱い者いじめばかり。毎日毎日呼び出されているのよ? いい加減にしてもらえないかしら」
「おいおい、いちおう聞くけど……誰が、誰をいじめてるって?」
「悪霊のあなたが人間を襲っているのをいじめと言わないで何というのかしら」
「馬鹿言うな。これは正当防衛だろ? いじめられてるのはオレだぞ」
「――そう思える?」
姫神はちらりと背後を振り返る。
数人の学生が地面に転がっていて、オレだけが余裕の表情で突っ立っている光景。客観的に見れば、喧嘩上等を決めた不良生徒のような絵面に見えなくもない。
いやいや、でもな、本当にオレは突っ立ってただけ。
こいつらは襲いかかってきて退魔術の使い過ぎで自爆しているだけだ。
「毎度のことだが、オレは被害者だ。一万歩譲ってオレが加害者だとしても何もしちゃいない。こいつらが勝手に襲いかかってくるのをオレがどうしろって言うんだ?」
「さっさと成仏なさい。それが嫌なら退学することね」
「また、それか? そんなことを言われる筋合いはねーな」
以前、姫神から面と向かって自主退学を奨められた。従う理由などないから無視をしているが、言葉を交わすたびにこの学校にふさわしくないと仄めかすので嫌な気分になる。
馴染めてないのはわかっているけど、頼れる退魔師はここにしかいないのだ。
「……オレは仲良くやろうとしてるだろーが。襲われても反撃さえしてない。むしろ最善の対応をしているって言ってもいい……。協会から許可をもらっているんだ。学校側で対策してくれたっていいんじゃないか?」
「悪霊が退魔師の学校にいることがおかしいのよ。あなたが出ていけば必要ないわ」
「ひでえな」
学校はオレの存在が騒動になっていることを知っているが、協会からの命令もあってか強くいってくることはない。
いまはまだ、な。
全校生徒の退学嘆願署名とか集まれば辞めざるを得ないのかもしれないが、そのときはそのときだ。
それまでは、オレはこの学校の生徒でいる権利があるはずだ、……たぶん。
「悪霊だって敵討ちがしたいんだよ。そう大した話じゃないだろうが。せめて、オレが消えるまでくらい好きにさせてくれたっていいだろ」
「嫌よ」
そんなささやかな願いも姫神はぜったいに認めない。
彼女は悪霊は滅ぼすものだと信じているし、成仏しないでふらふらしているオレは許せない存在なんだろう。
だいたい次の姫神の言葉は決まっている。
「いつまでも好きにできると思わないことね。すぐにでも叩き出してやるから」
――だと思ったよ。
「そうかい。オレは勝手にやらせてもらう。……その雑魚共には絡んでこないようによく言っておいてくれよ、生徒会長様」
オレは姫神に背を向けて歩いていく。姫神の突き刺さるような視線は校舎に入るまで消えることはなかった。
姫神が言ったように、いつまでも、とはいかないだろう。
オレは死んでいるのだ。
この世界にいてはいけない存在で、いつどんな瞬間に消え去ってしまうのかもわからない。せめて悔いのないように、……オレと幼馴染を殺した
今日も今日とてやることは変わらないのである。
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