REACT:003
校舎に戻り壁時計を見上げる。
昼食を食べてから呼び出され、リンチされて生徒会長に絡まれて、気づけば昼休みは終わりに差し掛かっていた。
残り一五分といったところか。
さすがにこの時間から襲いかかってくる生徒はいない。廊下を歩いていくオレを見るや教室に逃げたり廊下の反対側に避けたりするだけだ。
オレは視線を避けるようにさっさと自分の教室を目指す。
と、そのとき。
「やぁ、貴久くん。やっと見つけたよ」
やや幼い中性的な声に呼び止められた。
声を掛けられた方向に振り返り、誰もおらず……ついっと視線を下げる。そこには柔らかな口調とは裏腹に、腰に手を当ててちょっぴりお怒り気味の女生徒の姿があった。
「葛之葉か……」
女生徒の名は、
小学生にしか見えない背の低さに加えて、胸から腰まですとーんとまっ平らの体型は完全に子供。第一印象は小動物のように頼りなく見える。
だが、その見た目に侮ってはいけない。
葛之葉は獣の守護霊を憑依させて戦う退魔師だ。守護霊により強化された肉体は人間を超える俊敏さと反射神経を発揮する。
葛之葉が全力で退魔術を行使すれば、銃弾を避けて、列車を追い抜く速度で疾駆する。そして、逃げる
常識では考えられないほど脳筋な退魔師だと思う。
やられたことはないが、
それはさておき、何故オレに声を掛けたのか。特に約束はなかったと思うんだけどな。
「どうした? なにか用か?」
「なんか用か? じゃないよ、もう! メッセとばしてるの見た?」
オレは協会からスマートフォンを手渡されている。メール・電話は自由だし、お財布ケータイ五万円付きの最新式だ。ちなみにスマートフォンは退魔術の込められた霊符と同じ効果がついていて幽霊のオレにペタリと張り付く。
オレ専用のそこらへんで落としたりしない親切設計だ。GPSもついてるしな。
「ふむ……」
オレがスマートフォンを見ると、チャットツールに葛之葉からのメッセージが入っていた。着信は三十分以上前、昼休みに何か話したいことがあったらしい。
「悪いな、絡まれてて見れなかった。で、なんだ?」
「はぁ、……キミに協力してくれる人を見つけたから会ってほしかったんだよ」
「おお、やっときたか――!」
朗報だ。
この一か月間まったく進展のなかった仲間集めが前進したのだ。思わず、驚きと喜びにガッツポーズをしてしまう。
「誰なんだ、そいつは」
「ここじゃあちょっとねぇ……」
葛之葉は周囲に視線を巡らせる。
ここは多数の生徒が往来する廊下のど真ん中。誰かを言及すればあっという間に知れ渡ることだろう。
ちょっと考えなしだったか。
オレはこの学校の生徒から恐れられている。協力者に危害が加えられることはないと信じたいが、陰湿な嫌がらせなどされるのは困るな。
「わかった。放課後か?」
オレが問いかけると、葛之葉の頬がぷくっと膨らんだ。
ハリセンボンの真似かな。
「……そのまえに言うことがあるんじゃないのぉ?」
「お前の交換条件はわかってる。それとも他にも何か要求する気か……?」
「むぅ、そうじゃなくてさー。まぁ、いいけどぉ、……フツーはありがとうって言わないかなぁ」
「ああ……」
オレたちは友達じゃない。
互いに条件に合った助け合いをする関係、ギブアンドテイクの関係だったはずなんだけどな。礼を言い合うような仲だっただろうか、などと思っているが口に出すわけにもいかない。
「そうだな。……ありがとう」
葛之葉はへそを曲げると話が長くなる。ここは適当に流されておこう、とお礼を言っておいた。
葛之葉はジトッとした目でオレを見上げていたが、諦めたように肩の力を抜く。
「じゃあね、放課後よろしくぅ~」
葛之葉はひらひらと手を振ると自分の教室へと戻っていった。
さて、オレに協力してくれる生徒はいったい誰なのだろうか。正体は放課後にわかるとはいえ楽しみだ。
男か女か。
同級生か下級生か。
教師の可能性もあるだろうか。
実力のある退魔師を頼むと念押ししておいたので、昼休みに襲いかかってきたような雑魚退魔師ではあるまい。
オレはそわそわとする気持ちを抱えながら放課後になるのを待った。
◆◇◆◇◆◇◆
放課後。薄闇に包まれる校舎の陰で、オレは協力者と出会った。
「チェンジで頼む」
オレは開口一番に拒絶した。
彼女は開口一番に宣告した。
「あなたに選択権はないの。わたしが協力しなかったら頭を抱える羽目になるわよ」
「なんだと……?」
葛之葉に引き合わされた人物は、
普段の学生服姿に加えて退魔師として完全武装をしている。
姫神は霊符も式神も使わない退魔師だ。
武器は、
はるか遠くまで見通せそうなスコープにレーザーポインターまで取り付けられており、肩にベルトで吊られた黒い銃身は入念な整備がされている。
女子の持ち物とは思えない。もしかすると違法な改造までされているんじゃなかろうな。
さらに、スカートの裾から覗く美しいおみ足もとい左足と右足にホルスターが巻かれており、四個の予備弾倉を挟んでいた。
ちなみに、エアガンである。実銃ではない。
姫神はエアガンの弾に退魔術を付与することで悪霊を退治する退魔師なのだ。遠距離攻撃を可能とする近代的な退魔師だが、退魔術を霊符や式神以外のものに付与することは非常に難しいと言われている。
プロ退魔師でも数えるほどしかできるものはいないことからも、姫神の実力のほどがわかってもらえると思う。
ちなみに今宵の出会いを調整した葛之葉と言えば。睨みあうオレたちを眺めながらケラケラと笑っていた。
おなかを抱えて転げまわらんばかりの大爆笑である。
おい、笑ってる場合じゃないぞ。
こんな奴を乗せてたら後ろから撃たれるだろうが。何せ退魔師としての武器がアレだ。文字通りの意味で穴だらけにされる。
「ふざけろ、こんな奴と組めるか!」
「お言葉ね。葛之葉に伝えた条件、一人で
「……ッ」
ついっと黒の瞳がこちらに向けられる。
月明かりに照らされる陰のある艶顔に一瞬ゾクッとする。思わず言い返す言葉を失ってしまうほどだった。
クラスメイトにも見せないようなしてやったりとした顔をした姫神。
くやしい、でも可愛い。
ぐうの音の出ないほどの正論だと認めざるを得ない。だとしても、真っ向から認めるのは癪なので仲介人に文句をつけることにする。
「葛之葉、お前な……」
「はぁ……はぁ、おかしぃ……アハハ――、お腹がちぎれちゃうよ……」
葛之葉の大爆笑がようやく治まってきた。
こいつは協力的だがいたずらも多い。オレの昼の態度が気に喰わなかったからだろうけど、こういった意趣返しはほどほどにしてほしい。
「答えろ、なんでこいつを選んだ?」
すると、葛之葉はばつが悪そうに頬をかいた。
「いやぁ……。条件に合っていたってのもあるけど、彼女しか協力してくれる人がいなくてね」
「ここは石を投げれば退魔師に当たるってくらいに、退魔師だらけだったと思うんだが?」
さすがに協力者がいなさすぎるだろ。
ここは退魔師育成学校の最高峰と言われてる
「そうなんだけどねえ……。たぶんなんだけどさ、貴久くんは人に嫌われやすい何かがあるんじゃないかな? 悪霊になってから感じない?」
「……それは協会にも指摘された。オレの存在は人に嫌悪される」
日本陰陽協会でオレに接するのは特定の人物だけだ。一般職員からは隔離されている。
オレの姿を見たり声を聞いたりすると、いいしれぬ恐怖感と忌避感を覚えてしまうらしい。
はじめの頃、人に敵意剥き出しで叫ばれたり泣かれたりしたときはショックだったよ、本気で。
当然、家族にも会えていない。
メールかチャットツールだけだ。
カメラ通話も当然ダメ。
家族関係は良かったし、会えばどんな罵声を浴びせられるかわかっているから、会ってしまったときを考えると辛い目にあうだろう。それだけは避けたかった。
「だが、退魔師は悪霊に耐性があるはずだ」
「貴久くんの言いたいことはわかるよ……、でも、強すぎる。ボクや姫神さんが貴久くんの存在に耐えられるのは霊力がとても高いからだと思うんだ。耐えられるって言っても、少しは苦手意識がでちゃうみたいだけど」
「――そうね。わたしは閑野君が嫌いよ」
それって姫神は悪霊のオレのことが嫌いなんじゃなくて、素でオレのことが嫌いってことなんじゃないのか。
それはそれで、……めちゃくちゃ凹むんだが。
「つまり、なんだ?」
「貴久くんに協力してくれる退魔師を探すのは簡単じゃないってことさ。少なくともこの学校でボクや姫神さんに匹敵する退魔師はいない。どうあがいても姫神さんと組むしかないってわけ。……ボクも貴久くんにべったりおつきあいできないからねぇ」
葛之葉だけでなく退魔師は学生でも忙しい者が多い。なぜなら、家の行事や退魔師の派閥同士の会合なり付き合いと言うものがあるらしい。
特に葛之葉は葛之葉衆と呼ばれる退魔師の一門を束ねる家の出だ。放課後はなかなか時間が取れない。
今日も仲介が終わったらすぐに戻らなければいけないと言っていた。
姫神に自由な時間がある理由は知らない。学校の寮に住んでいて家族にとやかく言われないからかもしれないが、興味もない事だ。
「マジかよ……」
オレに選択権はない。
じわじわと姫神の言葉が脳裏に染み込んでくる。
最後に、姫神は上から目線で言い放った。
「わたしが協力してあげる条件は、悪霊退治の仲間集めを即刻辞めることよ。嫌なら見つからない仲間集めを延々と続けることね」
学校の生徒を悪霊から守るためなら身を挺してオレに協力するということか。生徒会長の鏡のような奴だ。
気がつけば、深々とため息をついていた。
落ち着こう。
感情をすべて投げ捨てて原点に立ち返ろうじゃないか。
オレは悪霊退治のために退魔師の仲間を探していた。
仲間は見つかった。
悪霊退治に出かける準備が整った。
事実だけを並べれば、すべてオレの計画通りだ。何の問題も起きていない。要するに感情が納得していないだけだ。
苦手な姫神といっしょに行動したくないって感情。
もしかすると寝首をかかれるかもしれないっていう不安。
つまり、ぜんぶぜんぶ呑み込んで我慢しろってことだ。
「……これから、……よろしく頼む……」
「はじめから素直にすればいいのよ」
オレはやっとのことで声を絞り出すと頭を下げた。
姫神は腕を組んだまま口をへの字に曲げていた。
葛之葉はいまにも笑い出しそうなのを堪えながら口元をひくひくとさせていた。
この傲慢な生徒会長様はいずれ涙目で頭を下げさせてやる。
この狐野郎はいつか毛皮にしてやる。
覚えていろよ――。
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