REACT:004

 姫神と悪霊退治にでかけると決めたのならば即行動だ。

 オレは二人と別れてすぐさま愛車を取りに駐輪場へと向かった。そして――。


「またせたな」


 体の芯を震わせる重低音を響かせて、オレは愛車を正門の前に停車させた。

 正門には姫神と葛之葉が並んで待っていた。


「ずいぶん大きなバイクね……」


「カッコいいよね、ボクも一回乗せてもらったんだ!」


「協会ご用達の超高級マシンだ、……普通は乗れないぜ」


 きゃいきゃいと騒ぐ女子たちにここぞとばかりに自慢する。


 高校生ならば買うことも乗ることもできないであろう。

 だが、悪霊には免許だとか審査だとか関係ない。前例もないしな。死人ではどんな罪状でも逮捕しようがない。

 このマシンを譲り受けた当初は指先が震えるかと思った。協会は最悪ぶっこわしても買いなおしてあげるとの話だったので、大切にしつつもありがたく使わせてもらっている。


 銀と黒のカラーリング。鋭利な刃のようなフォルムは鋼鉄の野獣を思わせる。スーパーチャージャーを搭載した究極のスーパースポーツバイク、Ninjya H2。

 オレが駆動霊ドリヴンガイストになってからの愛車だ。元々乗っていた愛車は事故でペシャンコになってしまった。


「どこに座ればいいのかしら」


「オレのうしろだ」


 姫神は言われるがままいそいそとバイクに跨る。背が高いから乗るときに苦労しないのは助かる。

 葛之葉は手を貸してやらないと乗れないからな。


 そうそう。

 話をぶったぎって申し訳ないが、二人一組アサルト・セルについて説明させてくれ。


 駆動霊ドリヴンガイストは乗物に憑く悪霊のため動きが早い。これに対応するため、現代の退魔師は乗物に乗って悪霊と戦うようになった。

 当然のことながら運転をしながら悪霊退治をするのは無謀、と言うよりもハンドルから手を離せないので霊符や式神を使えない。

 映画のようにバイクに乗りながら銃を撃てるならやれるのかもしれないが、駆動霊ドリヴンガイストは突拍子もない攻撃をしかけてくることもある。一人で戦うのは危険だ。

 そこで考え出されたのが二人一組アサルト・セルだ。


 二人一組アサルト・セルは、乗物を操縦するライダーと悪霊を退治する退魔師の組み合わせて、駆動霊ドリヴンガイストを倒すための戦闘体系だ。

 また、移動するにも小回りが利くので二人一組アサルト・セルはプロ退魔師の基本行動として取り入れられている。それが原因かわからないが、ペア行動が多いから二人一組アサルト・セルを組んでいると、そのまま恋人、婚約者、愛人、などなど恋愛関係になってしまうことも多いとか。


 プロ退魔師になるためには二人一組アサルト・セルに慣れておくべきだ、との教育的視点から高校三年生から二人一組アサルト・セルの授業を取り入れている。オレたちも六月からは二人一組アサルト・セルの授業がはじまる。


「ちなみに、走行中にその銃は使うのか?」


「……あたりまえでしょ。どうやって悪霊退治するつもりなの」


「そうか。なら、片手はぜったいに座席に取り付けてあるアシストグリップを掴め。ぜったいだぞ? 振り落とされたら死ぬぞ」


「ムリよ。これは両手で使うのよ?」


 姫神はH&K MP7サブマシンガンを両手で構えてみせる。


「……じゃあ、内ももに力をいれて座席をしっかりと挟め」


「こう?」


 姫神は尻を座席につけると太ももにぐっと力を込める。スカートの裾から太ももが露わになる。

 張りのある肌にうっすらと筋肉が浮き出る様は眼福。

 やはり……逸材だな。って、そうじゃない。


「……そうだ。急ブレーキしたときに前につんのめるかもしれんが、そのときはオレにつかまれ。退魔師ならオレにも触れるだろ」


「ええ、わかったわ」


 姫神の太ももを堪能してから目を逸らそうとするが、間髪入れず外野から声が飛んだ。


「貴久くんって、ほんと女の子の足が大好きだよねえ。ボクのもよく見てるし」


「……オレは命にかかわることを説明しているんだ。茶化すな」


 オレはあくまでバイクの乗り方を指導しているだけ。姫神がちゃんとお座りできているかどうかをしっかりと眺めないと命の危険があるからな。

 これはしかたのないこと。

 うむ、不可抗力と言うやつだ。


 わかっているよな、と姫神の顔を見やる。

 彼女は、唇に笑みを浮かべつつ目が笑っていなかった。


「気づいてないと思ってるの? 貴方、いつもチラチラ隣の席でわたしの足見てるじゃない」


「すごい離れた場所からじーっと見てることあるよねぇ、ボクは気配を感じるのは得意なんだよ」


 二人から畳みかけるように告げられた言葉に戦慄する。


 思考が停止した。

 心臓が破裂するかと思った。

 思ったところでもう心臓がない事に気がついた。


 マジかよ、毎日ちらっと眺めてただけなのにバレてるのかよ。

 固まるオレを見据えて、葛之葉がにやりと笑い、姫神の瞳が刃の如くするどく細められた。

 黙ったままでいるのはまずい。


「ば――ッ、馬鹿をいうでない……」


 言葉がめちゃくちゃ訛っていた。

 慌てるな、落ち着け、心を静めろ、と念じたところで心の動揺しまくりだった。


「あ、図星だ~☆」


「ふぅん、きもちわる……」


 オレは相当面白い顔をしていたのだろう。一瞬にして隠していた楽しみがばれてしまった。

 二人はあくまでカマを掛けてきただけだったらしい。


 姫神の視線が痛い。

 背筋が凍てつくような絶対零度の眼光の前にただ言えることはひとつだけだった。


「わ、悪かった……、申し訳ない。もう、しない……」


 ここ最近でいちばんのショックかもしれない。

 ああ、オレは明日から一体何を糧に生きていけばいいのだろうか。

 この世界に神はいない。

 魂のない抜け殻になった幽霊だけがさまよっているのだ――。


「ボクの足で良ければいつでも眺めてくれていいけどねぇ、アハハ」


 葛之葉がスカートを摘まんでひらひらと揺らめかせた。

 細くもしなやかな足が月光に晒される。


「ぁぁ、……ありがとう。オレはまだ生きていける……」


 葛之葉の背中から七色に輝く光が差すようである。

 ああ、オレは明日から生きていくための糧を得た。

 この世界に神はいた。

 魂のない抜け殻となった幽霊にも救いの御手は差し伸べられたのだ――。


 オレと葛之葉のショートコントに、姫神は斬首台に縛られた罪人に向けるような眼差しを向けてくる。


「きもちわるいわね……、くだらないことをやっているならわたしは帰るわよ?」


「……いくか」


 時刻は夜の六時半を回ろうとしている。これ以上遅くなってしまうと移動するだけで悪霊探しの時間がなくなってしまう。

 オレは半キャップのヘルメットを姫神に渡す。

 ハンドルを掴むとゆっくりと路面を走らせた。


「それじゃ、ボクは帰るから。ふたりともがんばってねぇ~」


 葛之葉が両手をふるふると振って見送りをしてくれる。

 片手を上げて応える。


 姫神が慣れないながらもヘルメットをかぶったのを確認してから、オレは夜の街へとバイクを走らせた。

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