第4話 頭の中の旋律

昨日のコンサートから一晩経っても、私の頭の中は舞さんのことでいっぱいだった。


日中仕事がひと段落して、リビングで休憩している時も。


昼寝をしようとソファーで横になっている時も、彼女が抱きついて来た時の感覚が生々しく蘇って、気が狂いそうになる。


そして、気が付くと動画サイトで別れの曲を検索して聞いていた。


まさか、舞さんに惚れた……とか?


いやいや、舞さんは女だし、そんなわけない。


きっと彼女の演奏に感動して、興奮してるだけだよね。


私は男としか付き合ったことはないし、レズビアンじゃない……はず。



ああ!もう!


深く考えるのは止めよう。


大体、この前義成と別れてやっぱり恋愛は面倒だって思ったばかりじゃないか。


仕事を終えて発泡酒を飲みながら、悶々とする頭を左右に振った。


すると、ソファーの端に置いていたスマホの着信音が鳴り響く。


夜9時過ぎに電話なんて、誰だろう?


画面には、登録されていない見覚えのない番号。


しばらく着信音が鳴り続くと自然と留守番電話に切り替わった。


一応確認しておくかな……。


発泡酒を飲みながら、録音再生のボタンをタップする。


『こんばんは、竹下です。夜分遅くにごめんなさい。昨日のお礼を伝えたくてお電話しました。また改めてご連絡します』


ん? 舞さん?


ああ、そうか。


玲那れなさんが私の番号教えておくって、この前言ってたっけ。


私は発泡酒の缶をテーブルに置くと、すぐさま折り返すためスマホを手に取り、画面をタップした。


「もしもし、薙先生?」


呼び出し音が鳴るよりも早く、スピーカーからは舞さんの声が聞こえた。


「こっ、こんばんは」


あまりの早さに驚いて、思わず声が上ずる。



「すみません。お電話頂いたようで……」


「いえ、わたしの方こそ夜遅くに掛けちゃってごめんなさい」


「昨日のコンサート、お疲れ様でした」


「ありがとう。せっかくのお休みに来てもらっちゃって。それで、あの……明日の夜って何か予定入ってる?」


「えっ? 明日の夜、ですか?」


「うん。薙先生と晩ご飯一緒に食べたいなって思って。演奏会の感想も聞かせて欲しくて……」


予想外のお誘い。


この週末は、幸い空いている。


「私は大丈夫ですけど……。舞さん、お子さんは大丈夫なんですか?」


「ええ。週末はよく息子をおばあちゃんの家で預かって貰ってるから」


「わかりました。それでしたら、私は夕方6時以降なら何時でも大丈夫ですよ」


「ありがとう。実は昨日の演奏会でシャンパンを頂いたんだけど、一緒に飲めるかな?」


旦那さんと飲めば良いのに……。


なんで、私と?


まあ、折角声をかけてもらったわけだし、細かいことは気にしなくて良いか。


「では、私の家で飲むのはどうでしょう?」


「えっ、薙先生のお家にお邪魔して良いの?」


「もちろんです。シャンパンに合うおつまみ、用意しておきますね」


「たっ、楽しみにしてる!」



通話を終えて、なんとなくリビングを見渡す。


うん、リビングも綺麗に保っているし掃除する必要はなさそう。


確かワイングラスも食器棚に入っていたはずだ。


舞さんは何度もマッサージに来ているし、このマンションの駐輪場も知っているから大丈夫だろう。


さて……シャンパンに合うおつまみって、なんだ?


私、お酒のお供は基本的に甘いものでも辛いものでも、何でも良いからな。


一応、調べてみるか……。


テーブルの上に置かれた発泡酒に手を伸ばしながら、私はスマホを操作した。

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