第2話 私はレズビアンじゃ、ない
「
母が遺してくれた自宅マンションの一室に今年の2月に開業した、女性限定のマッサージ院【陽だまり】
そのベッドに横たわりながら、突然疑問を投げ掛けて来たのは、高校時代の柔道部の先輩で常連客の
「それが……3日前に別れました」
「んっ、何で? 浮気でもされた?」
マッサージを受けながら吐息交じりに尋ねる彼女の声は、妙に色っぽい。
そんなつもりはなくても、男のマッサージ師なら間違いなく鼓動を早めてしまうんだろうな。
「いえ、浮気とかじゃないんですけどね」
「じゃあ、何で? あんな可愛らしい好青年を手放すなんて勿体無い」
玲那さんとは1ヶ月くらい前、義成とデート中に駅前のダイニングバーでバッタリ会ったことがある。
「本当にオレのこと好きなの?って聞かれて……」
「へぇ、あのイケメンくんを不安にさせちゃったわけだ?」
「……はい」
「あはは。相変わらず、罪な女だねぇ」
普段どんな仕事をしているのかは詳しく聞いていないけど、必ず週に2回はスポーツジムでトレーニングをしている玲那さんの体はとてもしなやかだ。
ヘタに凝り固まっていない分、私も施術をしやすい。
「うーん、ありがとう。やっぱり、薙のマッサージが一番合うわ」
お互いの恋愛話に華を咲かせている間にいつものコースを終えて、玲那さんは満足気にゆっくりと起き上がった。
さほど濃いメイクでもないのに、目鼻立ちの整った美しい顔。
少しだけ茶色く染めたセミロングの髪からいつもいい香りがするけど、何のシャンプー使ってるんだろう?
学生時代柔道部だったとは信じられないほど、今では余分な筋肉はなくボディラインも綺麗な彼女は、めちゃくちゃモテる。
「っていうか、薙。アンタいつもそのパターンで別れてない? もしかして……本当は、レズビアン?」
思いも寄らない言葉に、マッサージ用のバスタオルを畳んでいる手が一瞬固まりかけた。
「まさか……」
「あはは! 冗談だよ。これまで10人以上の男と付き合って来て、今更それはないでしょ! でも、薙は女の子からもモテるからなぁ。ほらっ、高校生の頃も女の子からラブレター貰ってたじゃん」
「そう言えば、そんなことありましたね」
高校時代の私は髪がすごく短くて、中性的な顔立ちなことも影響していたのかな?
【イケメン女子】なんてもてはやされて、女の子から告白されたことは何度かあった。
「今も薙はそこら辺の男よりイケメンだしね。まっ! 機会があるなら、女性とも付き合ってみれば? 女同士だから分かり合えることもあるだろうし、私は本物の愛に性別は関係ないと思うよ」
「もう、自分は婚約したからって、またそうやって適当なことばっかり……。からかわないでくださいよ」
「ごめん、ごめん!」
玲那さんの冗談をあしらいながらも、ほんの少しだけ私の心は騒ついていた。
【男を愛せないから同性なら愛せる】
なんて、そんな都合の良い話あるはずがない。
なにせ24年間生きてきて、今まで告白されたどの女性にも、ときめいたことはないのだから。
私はレズビアンじゃ、ない……はず。
心の中で自問自答していると、玲那さんが思い出したようにこう切り出した。
「あっ、そうだ! 薙、来週の木曜日の午後って空いてる?」
「はい、木曜日はここ定休日なので……」
「良かった。実は
「舞さんって、ピアニストの?」
「そうそう」
舞さんはここのお客様で、玲那さんが紹介してくれたピアノ教室の先生だ。
玲那さんは不思議と交友関係の幅が広く、様々な年代の方を私に紹介してくれる。
そんな彼女のお願いを
玲那さんは鞄からスマホを取り出すと、操作しながらブツブツと呟き始めた。
どうやら、LINEのやりとりを確認しているらしい。
「それじゃ、舞さんには、私の代わりに薙が行くって伝えておくわ。薙の番号も教えておいて良いかな?」
「もちろんです」
「休みの日に悪いけど、宜しく! これ、当日のチケットとチラシ……渡しておくね」
まさか、玲那さんのお願いから今まで経験したことのない恋が始まるなんて、この時の私は知る由もなかった。
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