虹色の性春

海底遺跡

第1話 イケメン女子の憂鬱

なぎって、本当にオレのこと好きなの?」


クラシックが流れる、喫茶店の窓際の席。


初夏の夕日が射し込む中、対面に腰掛けた恋人の義成よしなりが今にも泣き出しそうな顔をしながら問いかける。


ああ、まただ……。


これまで付き合った男たちから、このセリフを何回聞いただろう。


「好きだよ」


迷わずそう言えば、彼は満足してくれるんだろうか。


でも、私はその言葉を決して口にしない。


いや、正しくは口にすることができない。



重い空気と沈黙が続く中、店内で耳に流れてくるこの曲は確か、ショパンの【別れの曲】だ。


今の私たちには、なんてピッタリな選曲なんだろう。


思わず苦笑したくなるのを堪えて、私はただ一言彼に


「ごめんね……」


とだけ呟いた。


その言葉を聞くなり、対面に腰掛けた義成は目に涙を浮かべ、震える声で別れを告げて喫茶店を出て行った。



男なのに泣かないでよ……とは、思わない。


むしろ、それ程自分を好きでいてくれたことに感謝しているし、その気持ちに応えられなかった罪悪感もある。


相手から告白されて、付き合っていくうちに好きになれるかもしれない。


いつもそんな独りよがりな考え方をして、結局相手を傷付ける。


キスをしても、SEXをしても、私の心は満たされない。


こんな空っぽな恋愛に先なんてないのは、わかっていたのに。


やっぱり、今回も長くは続かなかったか……。



私はテーブルの上に置かれた灰皿を手元に引き寄せると、慣れた手つきでタバコに火をつけ、大きく吸い込んでからため息と一緒にゆっくり煙を吐き出した。


さっきの話、聞こえてた……よね。


よく見かけるアルバイトの店員さんも、複雑そうな眼差しをこちらに向けている。


ああ……。


俗に言う【幸せな家庭】とか【本物の愛】って何だろう?


父親は私が生まれてすぐに母親以外の女に手を出した挙句、子供を作り、そのまま家を出て行ったらしい。


もちろん、養育費なんて払ってない。


名前はわかっているけど、顔も知らない。


道端ですれ違ったところで、親子とは気付かない。


【男は女を一途に想い続けることのできない生き物】


そういうイメージを娘に植え付けた、クズ野郎だ……。


正直、私は誰かを本気で好きになるのが怖い。


結婚なんてしたくない。


将来を約束した相手を裏切るくらいなら、はじめから籍なんて入れなければ良いのに。


無責任だ。



離婚後、実家に戻って祖父母と一緒に生活していた母親は、周囲の男には目もくれずに大手の保険会社で働きながら私を育ててくれた。


だけど、2年前の夏に心筋梗塞で亡くなった。


まだ、53歳だった。


信じた男に裏切られ、育児と仕事に追われる日々。


ようやく子供が自立したところで、その生涯を終えた。


そんな彼女の人生が、果たして楽しかったのか。


私には、わからない。


もう、聞く術もないのだから……。


誰かを愛さなければ、傷付くこともない。


自分が誰かを本気で好きになるなんて、あり得ない。


そう思い続けて来た私が生まれて初めて心を奪われたのは、10歳も離れた既婚女性だった……。

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