6 私今ものすごくドキドキしてます。
+ side流夜
「ん?」
ふと気づくと、通路に華取がいた。
松生も一緒で、更にもう一人、体育科教師の
今俺がいるのは本校舎の歴史科の教員室だ。教員が共同で使うものはここに置いてあるので、それを取りに来たところだ。
室には一人先客がいて、空気の入れ替えのためか窓が開け放たれていた。その向こう側、中庭を通る通路で華取たちが楽しそうに話している。
弥栄は俺と同い年で、はっきり言って見た目がいい。日本人が好む均整の取れた顔立ちというやつだ。
生徒からも人気はあるし、教師間での受けもいい。やたら楽しそうに話しているからか、俺の意識はそちらへ向かってしまった。
「おー、咲桜、笑満」
爽やかな笑顔で受け入れた弥栄。俺は一瞬固まった。今……名前で?
「旭葵くん、次なんだっけ?」
「女子はバレー、男子はバスケ」
「えー、うちらもバスケもしたいー」
口をとがらせる松生に、弥栄は苦笑した。
「バスケもってなんだよ。両方やんのか? なあ、咲桜」
「両方出来るように旭葵くんがプログラム考えてくれたら、出来るよ」
「無茶言うなよ」
そんな会話が聞こえてくる。こちらは完璧に硬直してしまった。気合いで打破したけど。……華取と弥栄って、あんなに仲良かったのか……。
弥栄が生徒に対してフレンドリーなのは知っている。けれど、華取が弥栄に懐いている様子が……どうにも。
気分が悪い。
あ、今度は脳と口が連動しそうだった。いや待て。今のはむしろ言っちゃ駄目だろう、立場的に。
仕事場にこんな私情を持ち込むなと首を横に振った。
振り切るように視線を室内に向けた。まだ、華取の楽しそうな声は聞こえてくる。
……切り替えは出来たけど、納得は出来なかった。
どこか頭の奥が熱い。視界も若干ぼやけるように感じるし――とにかく、弥栄に懐く華取を見て、どことなく調子が悪かった。
「こ、こんばんは」
「………」
来訪者の音で自宅のドアを開けて、本日二度目の硬直をした。目の前の、そこにいるのは華取。
「……華取?」
「すみません、いきなり」
「や、いいんだけど……どうした?」
「遙音先輩に、先生が風邪ひいたみたいって聞いて来ました」
「……え?」
なんとも間の抜けた声を出してしまった。玄関先で話しているのも難だと思い、華取を部屋に入れた。が、正直自室に華取を招き入れるなんてとんだ自殺行為だ。既に在義さんの後ろに魔王が見えている気がする。
次在義さんに逢ったとき、俺は生きて帰ることが出来るだろうか。……なので、早く帰さないと、という思いもあり玄関で問答する。
「別に風邪なんてないけど――」
「あるでしょう、ほら」
すっと、額に華取の手が触れた。外の空気に触れていた手は、ひんやりしていて気持ちがいい。突然の行動にまた驚いてしまったが、華取は呆れたようにため息をつく。
「やっぱり熱、ありますよ。先輩が言っていたんです。先生って自分に無頓着だから、熱あろうが調子悪かろうが私事優先で現場とか警察署とか行っちゃうから、今日くらいは止めてやってって」
「……通常でそれなんだから、心配する必要もないだろ」
何故その程度で行動を制限される? 俺は首を傾げる。
俺の体調が、私事――学者立場の方――には影響させたことはない。放っておいて治っているんだからいいだろう。そう言うと、華取に呆れた顔をされた。
「そうかもですが、病人を仕事に行かせるわけにはいきません」
……どうやら華取の正義感の琴線に触れてしまったようだ。靴を脱いであがってくる。そのまま俺の背中を押してきた。
「必要なかったらそう言ってもらって構いません。でも、出来るだけ世話は焼かせてください。その……私だって先生とは利害一致の同じ立場、なんですから……偽物でも、少しは役に立てればと……だ、だから早く休んでくださいっ」
憤然と言った華取だが、その瞳は泳いでいる。追い出されたらどうしよう、そう言っているように見えた。
うーん……在義さんに睨まれてやるか。どの道、在義さんにも簡単に殺される気はない。
「ありがとう」
応えると、華取は勢いよく顔をあげた。そこに安堵が見て取れる。
「病人扱いもされたことがないから、どうしたらいいのかわからないんだが……」
「じゃ、じゃあ取りあえず――休みましょうっ」
「……どうやって?」
休む、という概念のない俺だった。そもそも休む必要がなかったから、どうしていれば『休む』ことになるのかわからず華取に訊いた。
華取の顔色が悪くなる。
「と、父さんから、先生にはあまり常識を当てはめるなとは言われてますが……」
「そうなのか? 迷惑をかけたな」
在義さんに何を言われたんだろうか。と言うか、華取から在義さんに訊いたのか、在義さんから聞かされたのか、その辺りが気になるな。
さっきとは違う感じで華取の瞳が泳いだ。
「ええと、ご飯、作ります。お勝手借ります」
「ん? ああ」
華取の方が頭痛でも抱えているような顔になった。キッチン、リビング兼ダイニングは一間なので、華取の背中を見る形になる。もう一つある六畳の部屋にベッドが置いてあるが、いつもリビングのソファで私事からの寝落ちが常だから、本を置いておく部屋としてしか機能していない。
「いつも、放っておいて治ってるんですか?」
「自覚してないから、そうなんだろうな」
空気から緊張が消え、のんびりしてしまっている。そう言えば降渡や吹雪に「顔色悪いから休め!」と怒られたことは何度かあったが、体調悪い自覚もなかったから無視していた。
「……周りの苦労が忍ばれます……」
何故か俺の周囲が同情されていた。
「遙音がなんか言っていたのか?」
「はい。でも、普段から特に何もしていないで治ってるんだったら、私が来た意味もなかったですね」
華取は背中を向けたまま、苦笑気味に言った。
そんなことない――咄嗟に口をつこうとして、寸前で思いとどまった。なんだか、在義にぶっ飛ばされそうなことまで口走ってしまいそうだった。
前回は説教だけで済んだけど、在義さんの中で俺は前科一犯の烙印を押されたはずだ。
かわりに心の中で遙音を恨んでみる。あいつが変なこと吹きこまなきゃ華取がここへ来ることもなかったろうに。
……華取が来てくれたのを嬉しがる自分もどこかにいたので、取りあえず、ありがとう。
けどな。
なんで華取がお前のこと名前で呼んでんだよ。
そんな新たな導火線も生まれてしまっていた。
遙音をシメるか華取に問うか……。思案していると、立ち尽くしている俺にスポーツドリンクのペットボトルが渡された。
「水分補給してください」
「あ、ああ……」
華取の瞳は厳しい。未だに休む方法がわからない俺は、キッチンに近い場所で立ち尽くしているだけだった。
「今日も警察署、行くつもりなんですか?」
「行くけど」
「今日はやめてください。さっき雨降りかかってましたから、少しは自重してください」
「わかった」
「……即答していいんですか?」
俺が答えると、華取が目を丸くした。
「……やめておけと言っておいて何故疑問形?」
「いえ……遙音先輩が、どうせ止めても先生の行動に制限はかけらんないけど、とか言っていたので」
遙音。余計なことを。
「なんだろうな……華取には逆らわない方がいい気がした」
思ったことを言うと、華取は息を呑んだ。
「華取?」
「いえっ! わ、私、父さんに言いつけたりとかしないのでご心配なくっ!」
「……なんで在義さん?」
急の登場に疑問を覚えたが、華取は泡喰ったようにキッチンに飛んで行ってしまった。
+ side咲桜
び、びっくりした……! 私はキッチンのへりに手を突いて、心臓のあたりを押さえて呼吸を整えようと必死だった。
なんで今のタイミングでかはわからないけど、大きく心臓が脈打った。今もドクドク叫んでいる。うわーっ、なんなの! 私死ぬの⁉
先生が言った言葉の意味なんて、私の保護者が在義父さんだから逆らわない方がいい、とかそういう意味だよっ。……それでも顔が熱くなるのはなんで!
ちらりと後ろを見遣ると、先生は私が渡したスポーツドリンクのボトルを揺らして眺めている。珍しいものでも見ているような感じだ。って言うか余裕だな! 人の心臓壊しかけておいて!
「ここも遙音に聞いたのか?」
「あ、はい」
平静、平静、平穏無事、平安時代。一人だけ動揺しているのを知られたくなくて、先生の方は向かずに出来るだけ落ち着いた声を出すよう心掛けた。
「放課後、先輩が私のとこに来たんです。笑満が委員会の用事でいなくて、私だけ話すことになって……頼はまだ寝てたし。先生の知り合いなら連絡先交換しようよって。それで、なんか私がお弁当作ってること知ってたみたいで。どうせだったら作りに行った方が早くないか、とか、先生風邪ひいてるみたいだから、とか言われまして。お邪魔しました」
連絡なしの来訪だったから、と最後の言葉と一緒に先生の方に頭を下げると、突然背中を向けられた。……あれ? 怒らしちゃった? まずいこと言っちゃったかな?
「あのー、本当ご飯作ったらすぐ帰るので……」
そんなに嫌だったかな……。
そう思ったとき、外で轟音が響いた。突然のことに私の肩が跳ねた。
雷だ。合わせるように、強い雨が風に吹かれて窓を叩き出した。
「降ってきたか……」
先生は窓の外を見ながら呟いた。怒っては……ない、かな? 声の感じは普段話しているときと変わらない。
雨降って来ちゃったし、ほんと、早くご飯作って先生を寝かせて帰ろう。休み方がわからないとかこっちが前後不覚になりそうなこと言っていたけど、寝かせちゃえばなんとかなるでしょ。
そう決めて、これは雑談、と心の中で呟きながら話を振る。先生を怒らせるとか嫌われるとか、ほんと無理。このまま黙ったままは私のメンタルがきつい。
「もうすぐ梅雨ですね。洗濯物が溜まっちゃって大変ですよ」
「……普通はそういう苦労があるんだよな」
「先生は洗濯も苦手ですか?」
「……最低限はやってるつもりだ」
「そういうこと、しに来てくれる人はいないんですか?」
「残念ながら。……少しずつやらないといけないよなぁ」
「だったら私がお手伝い来ましょうか?」
「……助かる」
何気ないことでも会話のネタになってよかった。雨、ありがとう。
しっかし、全く使った気配のないキッチン……。マナさんが言っていたのは誇張ではないらしい。
でも、いくら先生と知り合いの遙音先輩に言われたからって、さすがに家まで押しかけるのは常識がなかったかもしれない……。
今更だけどそこに思い至って密かに落ち込んでいると、また頭にあたたかな手が乗った。もうそこは先生の定位置のようになってしまっている気がする。私が顔をあげると、先生は困ったような顔をしていた。
「その……すまない、気を遣わせてしまって」
「え、いえ。私こそすみません。いきなりお邪魔して……先に連絡しておけばよかったですよね」
連絡先は知っているのだから、そうしておけばここまで困らせずに済んだものを。先生の性格からして、「そこまで面倒はかけられない」とか断られそうだけど。
「取りあえず……雨止んだら送っていくよ」
「一人で帰れますよ。先生は病人です」
「駄目だ」
「だめって……」
むしろ病人である先生を歩かせる方が駄目だ。そう思うのに、はっきり言われて苦笑してしまった。
先生も結構頑固だと思う。私が笑ってしまったのをどうとったのか、先生は難しい顔をする。
「夜道を一人で歩かせられるわけないだろう。華取、そういうところは素直に受けておけ。俺に遠慮はしなくていいから」
やけに真剣に言われて、反論出来ずに肯いた。……視線負けした気がする。
「何か手伝えることあるか?」
「むしろ寝ていてほしいです。休み方がわからないとかいうのなら、まず睡眠とることをおぼえてください。体調の回復には睡眠と食事」
「……眠くなんかないんだが……」
「横になるだけでもいいですから。……まさかいつも徹夜とか、人間じゃないこと言いませんよね? 何時間くらい寝てますか?」
「いつも? 帰って吹雪のとこ行って、そこで仮眠するか一度帰ってから私事ついでに寝落ちるかだから……一、二時間くらいか?」
「………」
だ、ダメ過ぎるこの人……。いや、超人過ぎるのか? 学者としては有能なんだろうけど、こう、人間として改善点があり過ぎる。そしてやっぱりまともに眠っていない。
「あの、ちゃんと布団で寝てます、よね?」
「一応あるけど、使ってない」
「いつもって、どこで寝てるんですか?」
「そこ。寝ても転がり落ちないように、足のないソファにしてある」
と、ローソファを示す。……なんだろう、黙るしかない。
在義父さん、マナさんが私を相手にした理由が見えてきたよ……。私なら先生を教育し直せるということでいいだろうか!
「寝てください」
「いや、だから――」
「寝る。今すぐ。眠りに落ちなくても横になって目を瞑るだけでいいです。ご飯出来たら起こしますから、それまで――十分でもいいから、身体を休めてあげてください。頭と気力は動いていても、身体まで連動しないことあるんですよ。ちゃんと定期的に身体も気遣ってあげないと、すぐに壊しちゃいますよ」
「………」
「私は偽モノですが、先生の婚約者ってことになってるんです。心配と大事にすることくらい、させてください。……先生に大事な人が出来たら、ちゃんとお譲りしますから」
「―――」
「わっ?」
トン、と今度は軽く音を立てる勢いで、先生が私の頭に手を置いた。
「先生? 私の言ったこと聞いてました?」
「うん」
肯いたくせに、何故か次に頭をくしゃくしゃに撫でまわした。
「先生っ! 嫌がらせですかっ? 気に障る事言ってたら申し訳なかったですけど――」
「寝る」
「えっ? えっと……はい、そうしてください……?」
私が言ったこと、ちゃんと聞いてくれた? なんか言葉が端的で、大分行動との間に脈絡がないけど……。
「ただ、ソファで寝るから、十分で起こしてくれないか」
「だ――」
また私事する気だな――、そう思ったのに、先生は全然違うことを言った。
「心配することと、大事にはしていいんだろ? 華取を一人にしておくのは心配だし、出来るだけ傍に居たいと思う」
「………」
はい? 先生……熱が増しているんだろうか。朦朧としているんだろうな。
「わかりました。時間で起こしますから……」
「うん」
先生はまた短く肯いて、大人しく離れて行った。……お、おお? 急な態度の変化に困っちゃうんですが……。
十分――ご飯作って、ちょうどいいくらいかな。全く、そんな生活で身体壊さないって、先生は本当に人間なんだろうか。先生のご家族とか全然想像出来ないよ。
………。あ、そういえばマナさんが、先生の育ての親の一人って言ってたな……。つまり生みの親御さんはいないってこと? 先生も大変だったのかな……。
ソファの方を見ると、案の定そのまま寝転がっている。布団か、せめて上着くらいかけようよ……。そう思ったけど、見あたるところに布団の類はない。もう五月も終わりだけど、先生は一応病人だ。音を立てないように近づいて、着ていた自分のブレザーをかけてみた。
………全然反応がない。ちゃんと寝てくれたのかな? それなら、よし。
任務を一つ達成した心地になって、またそろりとキッチンへ戻った。
先生の傍へ行ったとき、テレビの横に置時計があったのでそれで時間を確認した。
確認してから十分後、おかゆが出来たので、また先生のとこまで行って、ソファの前に膝をついて軽く肩を叩いて呼びかけた。先生はすぐに飛び起きて――顔色を悪くさせた。まさかの悪化⁉
「先生っ? だ、大丈夫ですか? さっきより顔色悪いですよ?」
心配が募って言うと、先生はソファの上に正座して、差し出すようにブレザーを返して来た。なんでそんな態度を……。
「いや、大丈夫だ。……すまなかった、上着を借りてしまったようで……殺される……」
「なんでですかっ⁉ あの、本当に錯乱してません? 熱の所為で、っていう現象起きてませんかっ?」
先生の言葉の文脈がゼンゼンわからない。熱の所為で神経やられたとかじゃないよね? 心配過ぎるよ、この人。
「……出来たら今のことは在義さんには黙っててもらえると、俺の寿命は二年くらい伸びると思う……」
「在義父さんが先生の命握ってるんですかっ⁉ どんな状態ですか怖いですよ! 大丈夫です絶対言いませんから!」
私の言葉一つで先生の命が二年も動くなんて、黙っている以外の選択肢こそない。先生は、本気で安心したみたいに息を吐いた。
「それより、もう遅くなってしまったろう? 送って行く」
「へ? いえ、言われた通り十分しか経ってませんけど……?」
私がここへ来たのは五時前だったから、まだ遅いって言われる時間ではないと思うんだけど。先生に向けて時計を指さすと、先生が固まった。
「……………すごい時間寝てたと思った……」
顔を手で覆って、先生がぽつりと言った。あ、ちゃんと寝ていたんだ。
「よく眠れたんならよかったです。だるさとかないですか?」
「ああ――むしろすっきりしてる」
「普段もちゃんと寝てればそんな感じなんですよ。失礼しますね」
ブレザーを自分の膝の上に置いて、身を乗り出して先生の額に手を当てた。うん、さっきと違って妙な熱さはない――な?
「……先生、おでこ熱くはないんですが顔が紅いですよ? 新しい風邪でもひきましたか」
「……いや、問題ない」
「先生の通常って色々人外です。あ、違った。人並み外れてます」
在義父さんが、先生に常識は当てはめない方がいいって言ったけど、その度合いを大幅に上げないといけないな、これ。
「おかゆ出来ました。あと、少しおかずを作り置きしておきますので、その間に食べておいてくださいね」
「あ、ありがとう……」
「いえ」
立ち上がったところで、ぐいっと腕を摑まれた。
「先生?」
先生はまだ正座しているから、私が見下ろす格好になる。
「あ、いや……何か、手伝えることはないか?」
「料理ですか? 大丈夫ですよ?」
「……自分の家事能力のなさが情けないくらいだと知った。少し、勉強させてくれないか?」
「先生が調子悪くないなら、いいですけど……」
「そうしたいんだ」
うーん。熱は下がったみたいだし、先生がいいっていうのなら、いいかな? おかゆはまたあたためなおせばいい。
食材を少し調達してきたから、簡単なおかずだけ用意しておこう。そう決めて、先生にはまず野菜を切ってもらうことにした。
ズダン!
「………」
「………」
私、先生、ともに硬直。二人の間の床に包丁が刺さっていた。……先生の包丁の扱いが雑過ぎてぶっ飛んだのだ。キラリと蛍光灯の光を反射する刀身を見て、私は唾を呑み込んだ。ネギ切っただけのこのザマって……。
「先生」
「あ、ああ……」
申し訳なく思っているのか、先生の声も引き攣っていた。
「私今ものすごくドキドキしてます」
「………」
「なんだったら今、吊り橋効果で恋に落ちるかもしれません」
「それは使い方少し違わないか? なんだったら落ちてもらっていいんだが」
なんか
「なので、包丁の使い方を覚えるまでは一人で使わないでください。怖いです」
「……すまない……」
先生、色々と極端に壊滅的だな。
+ side流夜
華取の命令で、俺は包丁から離された。鍋の中のお粥を掻きまわすだけしかさせてもらえなくなった。隣では華取が流れるような手さばきで調理をしていて、思わず見入ってしまった。
華取が料理をするのを見るのは初めてだ。この前の華取宅では、もう出来上がっていたから。………。
がんばって……いるんだよなあ……。
「華取は料理、教わった人でもいるのか?」
「はい。桃子母さんは、私が三つの時に亡くなりましたから、お隣の家のお姉さん――
そういう人がいるのか。母親が亡くなっていても、そういう方が傍にいてよかったな。ややさんとやらのことを話す華取は、すごく嬉しそうだ。
「……雨、止まないな」
「止まないですねぇ」
華取が家に置いておくようにと作ってくれたものも出来上がった。だが、一向に雨は弱まりを見せない。
この調子でまさか歩かせるわけにはいかないから、送って行くつもりなんだが……いかんせん外の様子が変わっていない。むしろ荒れている。台風に季節になるからなあ。
……一瞬、華取を帰らせないという選択肢が頭の中に灯ってしまったことは黙っていよう。せっかくさっき、在義さんに通報しないことを承諾してもらったばかりだ。
早いとこ送って行こう――そう思ったとき、華取が「あっ」と声をあげた。
「どうした?」
「あ、笑満からライン来てたんです、警報出てるけど大丈夫? って」
「警報?」
華取が見せてくれたのは天気予報のアプリだった。そこには、このあたりに大雨洪水暴風警報が発令されたと出ている。洪水警報……。
「参ったな……。このレベルだといつも水没するよな……」
華取の家も俺のアパートも、高台にある。繋いでいる道は谷のような形になっていて、一度高さ的にくだらなければ行き来出来ない土地の造りだ。警報レベルだと、その谷部分はいつも水没してしまう。そんな状態では、車で送って行くのも難しくなる。と言うことは、華取に帰る術がないということになってしまう。
「すまない、華取……」
「いやー、これはどう見ても先生の所為じゃないですよ。私も来るタイミングまずかったです。天気予報とか見ずに来ちゃったから。とりあえず、在義父さんにメールしといていいですか? ここにいるって言ってないので……」
「すぐに連絡しておいてくれ。必要があったら俺からも話すから」
在義さんが知らないのはかなりまずい。もしかしたら、今日華取をここに泊めることになるかもしれない――……あ、頭がゆだりそうなのはなんでだ……。
華取がメールを送ると、すぐに電話の着信音が響いた。
「あ、もしもし父さん? 咲桜」
『うん、どうした?』
華取の傍に立っているからか、電話の向こうの在義さんの声が聞こえてくる。今、帳場はないから通常業務中だろう。
「先生の家にいるんだけど、今のとこ帰る道がなくなってさ。そっちはまだだと思うけどすごい雨なんだ。たぶんそっちにも雨雲行くから、父さんも気を付けて帰ってよ」
『あ、雨降ってるんだ。わかった。――え、流夜くんのとこにいるのか? うちじゃなくて?』
「うん。先生んとこ」
『なんで?』
「先生が風邪気味って聞いて、こっちに来た。酷くはならなかったみたいだけど」
『なっ……』
在義さん、電話の向こうで固まったようだ。まあ、そうだよな……。そろそろ俺の首がかかってくるか。
「水引けたら帰る。あ、ご飯置いてあるから、もし先に帰ってるようだったら食べててね」
『……咲桜、流夜くんに代わりなさい』
……在義さんに指名された。……うわー、逃げてー。華取のことがかかっているから逃げるわけねえが。
「神宮です……すみません、在義さん……」
華取がここへ来た原因が自分であることの不甲斐無さに、声が弱気になっている。在義さんが怖いのもあるけど、華取に面倒をかけたことが申し訳なかった。
『風邪は大丈夫なのかい? 咲桜、むしろ邪魔してはないか?』
「………」
在義さんが怒らず、俺の心配をしてくれた?
「はい、華取が来てくれて助かりました。ありがとうございます」
『そう、それならいいんだ。気を付けて。ただし、ね? 流夜くん』
「………」
嫌な汗が頬を伝う。
『そういう咲桜のおかげで元気になったんだったら……恩を仇で返すような真似は出来ないよねぇ』
出来るわけがありません。
「華取とは虫除けのための婚約だけです。むしろそういうのから護ります」
『そうかい……。まあ、君を疑うわけじゃないけど、大丈夫かい? 咲桜がお邪魔する形になってしまう。病み上がりのところを』
「いえ、もう熱も引いたので、雨が止んだら送っていきます」
『それならいいんだ。よろしく頼むよ。お大事にね』
「はい。ありがとうございます」
電話は、華取に替わることなく切られた。
「先生、父さん、怒ってました?」
俺があまりに緊張した様子だったからか、華取は心配そうな顔をしている。電話を返しつつ、説明してやる。
「いや――少し睨まれた感はあるけど、責められはしなかったよ。言った通り雨止んだら送っていくから」
「ありがとうございます。……でも、本当に大丈夫ですか? 熱は下がったみたいですけど……」
「ああ。ほら、もう熱くないだろ」
こつん、と額と額がくっついた。
「………」
自分でやっといて硬直する俺は、まだ調子が悪いようだ。
「地下です先生。あ、違った、近いです先生」
華取も面には出ていないが、動揺しているようだ。戸惑うと言い間違う癖でもあるのか。
「……すまん」
「いえ。でも、本当に熱下がったみたいですね。一応風邪薬おいておきますから、また調子悪くなったら使ってください」
華取が言った通り睡眠をとったからか、爽快感すらある。そうか、これが『風邪が治った状態』というものか。勉強になった。
「ありがとう、華取」
礼を言うと、華取が見上げて来た。
「華取が来てくれたおかげだな」
「……なんもしてないですよ?」
「たくさんしてくれたろ。十分すぎるくらいだ」
なんだか華取には、思ったことをそのまま話したくなる。新発見だった。一方、華取の表情は驚いているようだ。大人びた華取の、たまに見せる幼さが可愛い。
「まだ雨続いてるから、華取も一緒にメシ食ってるか。そのうち止むだろう」
「そうですね。って言っても、おかゆしかないから……ちょっと、作ったおかず持ってきますね」
「悪いな」
華取は、「いえ」と応えて冷蔵庫へ向かった。……冷蔵庫がまともに機能している。今までは飲み物突っ込んでおくしかしてなかったから、なんか冷蔵庫に申し訳なかったな……。
何度も華取の手料理はいただいているけど、一緒に食事をするのは初めてだ。
俺の部屋は、私事で寝落ち確実なのでローテーブルしか置いていない。食事中、華取はずっと正座していた。
俺は胡坐かいていて――いつもだったら食事中も私事するから、机や周りにはメシと一緒に資料が散乱している。行儀に差があり過ぎるな……。華取は背筋がしっかり伸びていて、箸の使い方も綺麗。……こういうところも、がんばった結果なのだろうか。
夕飯を終えても雨はまだ止まなかった。一緒に皿を洗っているとき、在義さんから華取にメールがあり、今夜は帳場ではないが泊まり込みになったということだ。あとで吹雪に連絡して、必要があれば応援にまわらせてもらおうと決める。……華取がいる間は、ここにいるけど。
「華取って弥栄と仲いいのか?」
ふと、そんなことを訊いてみた。これ、実は気になっていたことだ。
夕飯の片付けも終わって華取は手持無沙汰そうで、俺は私事片手間になるけど、勉強でも見てやるのはどうだろう、なんて考えていた頃だ。
「やさか?」
「弥栄旭葵」
「ああ、旭葵くんですか」
……堂々と名前呼びするほど仲がいいのか。思わず眉をひそめてしまう。華取は考えるように、人差し指を顎に当てる。
「仲いいって言うか、旭葵くんて教育実習でうちの中学に来てるんですよ。だから、
「先生とは言わないんだな?」
「それも中学んときの癖ですかね。受け持った学年の生徒が『旭葵くん』て呼んでて、つられて他の学年の子も呼び出したって感じで。だから、私が特別仲いいとかではないんですよ。昔馴染みなだけです」
「そうなのか……」
そういう経緯があったのか。なんでかはわからないけど、もやっとしていたのだ。すっきり解決、とはいかないけど、華取の最後の言葉に安心する心もあった。
「……もしかして、先生同士だとそういうところで問題あったりするんですか? 生徒と親しくし過ぎ、とか」
華取の声は不安になっているように聞こえる。俺は否定した。
「そんなことはない。ちょっと気になっただけだ」
「ですか?」
「大丈夫だよ」
肯くと、華取は安心した様子だった。……むー? なんかまたもやっとした。
「先生、お仕事はいいんですか? 見ちゃダメだったら私、壁見てますから」
「普通にしていてくれ」
華取はたまに言動がヘンだ。まあ、華取らしいと言えば……可愛いが。
しかし、私事があったのは事実だ。『仕事』ではなく『私事』の方。今のところ出歩けそうにないから、華取の提案を受けて今のうちに片付けておくことにする。華取は学校の仕事だったら見てはいけないと気にしているようだから、教師の仕事はいつも持ち帰っていないことを伝えた。
パソコンを取り出して操作していると、華取は隅っこへ行ってしまった。そこまで気を遣わなくていいのに……咲桜の一つ年上に、勝手に合鍵作って堂々とメシを盗んでいくガキもいるから余計にそう思う。
「人に見られてまずいものはないから、そう気にしなくて大丈夫だぞ?」
華取が縮こまるようにスマートフォンに向かっているので、むしろこちらが気になってしまう。
「えっ、でも、今先生がやってるの、学者さんとしての方なんですよね? そういうのもまずいのでは……?」
やっぱりそういうところを案じていたか。
「人に見られてマズいもんは頭の中に置いておくようにしてる。文字にしているのは、人に見せる必要があるものだけだ」
「………」
誰かに――俺の場合、警察の人間やその関係者、法律関係の人間に提示する必要があるから文章化しているだけで、まだ出来上がっていない推測の域のものは頭の中に留め置いている。
だから、今パソコンの画面や紙にかかれているものは、華取に見られても問題はない。守秘義務が関係してくるものもあるが、一応その辺りも気をつけてはいる。
「それから、先生って言わなくていいから」
「? なにがですか?」
ちゃんと話すためにパソコンを閉じながら言うと、意味がわからなかったのか、訊き返された。
「家でまで先生やる気はない。流夜でいい」
「……名前で呼べってことですか?」
華取は驚いたように目を見開いた。
「誰かに聞かれてバレるのも面倒だろ。俺は教師辞めればいいだけだけど、華取はそうはいかない。だから、呼んでみな?」
「……りゅう、や……さん?」
かわいい。
華取は気恥ずかしさからか、小さくなりながら小さな声で言った。……だがそれでは納得できない。
「それだと落ち着かないな。呼び捨ては?」
「む、無理です! 基本的に目上の人にそういう態度とると師匠に怒られるので、無理です」
華取はいっぱいいっぱいの様子で言い募る。
「……せんせい?」
「あ、お隣の人です。夜々さんのお母さんで、お作法とか教えてもらいました」
「そういう人がいるのか」
なるほど。差し障りのない言動は、ちゃんと基礎があるからのようだ。
「じゃあ、呼びやすいように?」
俺の性悪発揮。だんだん楽しくなっていた。華取のいつもの泡喰った様子を見るだけでも面白いと思ってしまうから、自分も大概だ。
華取は眉間にしわを刻んで悩み始めてしまった。そしてぽつりと言った。
「……………りゅうやくん…………?」
声はもう、消え入りそうだった。
華取は恥ずかしさが限界だったようで、両手で顔を覆った。「マナさんに言いつけますよーっ」と悲鳴をあげるが、別に愛子に睨まれても怒られても、在義さんや龍さんと違って全然怖くない。
愛子は面倒を押し付けてくるから近づきたくない、というだけだ。けれど見える華取の肌は真っ赤だ。
名前くらいでそんなに恥ずかしがらなくても、と思うが、そういうところがまた、愛らしい。
……そういえばいつも、華取はタートルネックだな。
意識してみれば、学校ではシャツの下にタートルネックのアンダーシャツを着ているようだし、家でも、署で逢った時もそうだった。違うのは見合いの席で、着物姿だったときくらいだ。
藤城学院高校は古豪であるし、かなりの進学校だから、アルバイトやバイク免許なんかの規則は厳しい。けれど、学内は結構自由だった。
制服も、スカート、スラックス、男女共通のネクタイを学校指定のものにすれば、ブレザーを着ずにセーターにしてもいいし、シャツ自体を指定のものと変えても注意は受けない。
のびのびとした校風、というやつだろうか。俺が在籍した桜庭学園高校は校則規則が厳しい学校だったから、藤城は随分のびやかに感じる。
何故か急に、そんなことを思った。ただの思い付きだから理由をつける必要もないだろうが、いつもタートルネックだと、勘ぐってしまう。なにか首筋に傷でも――?
「華取、暑くないか?」
「ここですか?」
「いや、いつも首覆ってるから――」
俺が言いかけると、華取が顔を引きつらせた。
「……っ」
続いて息を呑む音がいやに響いた。
「っ、―――っ」
「華取? どうしたっ?」
華取がみせたそれは、過呼吸の症状だ。胸元を両手で絞めつけるように抑えて、呼吸がまともに出来ていない。見開いた瞳は涙で潤んで、口からは咳とも嗚咽ともとれない苦しい呼吸ばかりが出てくる。
「華取、――華取っ」
慌てて対処しようとするが、いきなりのことに頭が追いつかなかった。対処知識なんていくらでも詰め込んであるはずなのに―――
「――咲桜!」
どうすればいいか、知識としては知っているはずなのに、華取を抱きしめていた。大きく背中に手を廻して、息が出来るように胸は空間を作っておく。
「大丈夫だ、咲桜。落ち着いて。大丈夫、呼吸、俺に合わせて」
ポンポンと、リズムを作るように背中を叩く。
咲桜、大丈夫、苦しくない。その言葉を繰り返していると、華取の呼吸は落ち着いてきた。
長く息を吐いて、吸って、また吐き出す。それを何度かして、華取はこちらを見上げた。涙でボロボロになった表情。唇を噛みしめていて、なにか言いたげな顔だ。
呼吸は落ち着いている。近づいた所為でわかる心音も、安定している。
「ごめん、また、まずいことを言ってしまったか?」
近づきたいと思ってしまった。そして問いかけてしまった。その直後のことだから、邪な心を見透かされようで。
華取は、唇を噛んだ。けれど離れようともしないから、俺はそのまま抱きしめた腕を離さないでいた。
何がそんなにつらいんだ。苦しそうにしているんだ? ……大丈夫か? お前は……俺が傍にいても、大丈夫か?
「……くび、だめなんです、わたし」
華取は小さな声で言って、腕の中で再び俯いた。
「くび?」
「首に、なにか触るの、だめ、なんです……」
「……なにか、いやなことでも?」
背中に廻した手は、変わらずリズムをとっている。華取は俯いたままだ。華取が話していいと思うことを、話せるタイミングまで待とう。そんな気持ちになっていた。
「…………先生、私の母さんが、記憶喪失の身元不明だったって、知ってますよね……?」
「……ああ」
それ自体を知ったのは、随分前だ。在義さんの妻としての存在。在義さんが警視庁にいられなくなった理由として、誰にも歓迎されない結婚をしたからだ、と。しかし、華取の出生や、それ以上のことは知らなかった。
華取は俺の腕の中で、俯き話し始めた。
「母さん、父さんがだいすきでした。……記憶も戸籍もない母さんを、父さんは大事にしてて。……父さんの愛情だけで、母さんは生きてました。私のことも、父さんも母さんも、大事にしてくれました。……でも、時々――記憶が戻ったわけでは、ないと思うんですけど……母さん、なにかに怯えてました。決まって父さんがいないとき、恐怖して、泣き出すんです……。その度にお隣のおねえさんが来てくれてて……夜々さんが母さんをずっと抱きしめててくれて……意識なくすように寝ちゃって、母さんはその……発作? みたいなこと、起きたら憶えてないんです」
「………」
手はいつの間にか止まって、ただ華取を抱きしめる力に変わる。
「母さんが死んだ日のこと、憶えてるのに、わたし、死んだ瞬間は、知らないんです」
「………」
「母さんが、わたしにてをのばしてきて、『ごめんね』、って……言ったんです。それから、次にある記憶は、ただ父さんが母さんの名前、呼び続けて、母さんは、動かなくて……。それから、首に何か触ると過呼吸、起こすようになっちゃって……」
咲桜の呼吸を楽にするために空けていた隙間が、もうない。ただ、抱きしめる。
「母さん、一人で死んじゃったんです……。私を、つれていかなかった……。……なにもない、私だけが生き残ってしまって……」
「………」
「仕事を犠牲にしてまで結婚した母さんが死んじゃって、その、父親もわからない子供だけ残されて、どうしろって言うんですかね。父さんに、申し訳なさ過ぎですよ、わたし……」
「………」
「どうして……母さんがそこまで、追い詰められていたのか、わからないんです……」
「………」
「……あのとき、私も死んでればよかったんです」
「………」
「私も一緒に死んでいれば、父さんに余計な面倒はかけずに済んだんです……」
「………」
「……ねえ、先生――わたし、父さんにどう謝ればいいんですかね……。わからないんです。…………がんばるしか、わからなかったんです………」
「……咲桜が謝る必要はない」
俺の言葉に、咲桜が上を向く。
少し距離を開けて、咲桜の顔を覗き込んだ。
あふれていた涙は、まだ残っている。
「咲桜が在義さんに謝ることなんて一つもない。あるとすれば、俺の方だ」
「……先生が?」
なんでですか? と咲桜の瞳が大きく見開かれる。
「在義さんの大事な娘をこんな至近距離で抱き寄せたって知られたら、俺は射撃の的にされる」
「どんな状態ですか⁉」
さっきみたいに、咲桜が大きく叫んだ。いつもの咲桜の反応。それを見た俺は、くすりと笑う。
「咲桜は自覚ないかもしれないけど、在義さんの娘バカは警察内部では有名なんだ。いつも愛娘の写真を持ち歩いているけど、見せて惚れられたら嫌だって言って、男の職員には見せたことがないとか」
「え……ほんとですか?」
在義父さん、そんなことしてんの? と、咲桜は、たぶん今度は違う意味で頬を引きつらせた。そしてちゃんと、そう呼んだ。『在義父さん』、と。
「少し警察に首突っ込んでる程度の遙音も知ってるくらいだ。在義さんの娘バカは重症だって。だから、たぶん誰も咲桜と血が繋がっていないことを気にしてはいないと思うよ」
俺は知らなかったが、血縁関係のそれは、吹雪は内部での公然の秘密だと言っていた。
「だから、そんな大事な娘にこんなことしたら、怒られるのは俺の方だ」
「じゃあ離れましょう! 大丈夫です、今くっついてた弁解は私がしますから!」
「駄目だ」
静かに遮ると、咲桜は焦ったように「でも、あの」と言っている。困らせた次の瞬間には、咲桜の顔は見えなくなった。
「もっと咲桜が大丈夫になるまで、こうしていたい」
「………」
咲桜は反論しなかった。少しの間のあとに腕の中で身じろぎして、その手が俺の腕のあたりを摑んだ。
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