4 偽モノの、婚約者が出来ました。


+ side遙音


「あれ?」

 旧校舎の廊下を歩いていると、窓の外に小走りで出て行く女生徒の姿が見えた。今まで旧校舎に生徒の影を見たことはない。

 あれは……と、俺は記憶をめくる。一年生の女子だ。名前はよく知っている。華取咲桜だ。あの子の――

「……え?」

 華取。その名は、俺には聞き馴染んだものだった。むしろ今まで気にしないでいたことに不審を覚える。

「神宮―、今、華取本部長の娘が出てったんだけど、知り合い?」

 資料室の扉を開けると、中にいた神宮の肩が跳ねたように見えた。……あ?

「またお前か」

 うんざりしたような顔も、もう見慣れた。俺が小学生の頃からの付き合いだからかねー。

 ……神宮たちは、俺がそっちに関わるのを快く思っていない。それも知っていて、俺はここにいるけどな。

 一つだけ置かれた机に据えられた回転椅子に腰かけていて、タブレット端末で何かを読んでいるようだ。どーせ外国(そと)のニュースか論文かだろ。

「で、知り合い?」

 話の腰を折られたからといって、自分の問いを有耶無耶には出来ない。机に腰かけて神宮を見ると、神宮は疲れたように息を吐いた。

「一年の華取なら、提出物が遅れたからここまで来ただけだ」

「なんでわざわざこっちに? 教師室、新館にあんじゃん」

「俺がこっちにいたからじゃないか?」

 すげなく返されて、まあそうか、と納得しかけた。

 華取在義県警本部長の娘が藤城にいるとは知っていたけど、神宮からその存在を聞いたわけではなかった。神宮の幼馴染の一人で、探偵をやっている雲居降渡の情報だったのだ。

 華取さんと二宮さんを師事する幼馴染三人衆だから、神宮とその娘が顔見知りでもおかしことはない。――そう、それでこそ正当と言える。

 警察に関わっていることを隠しているため学校では目立たないようにしている神宮だけど、ここは学校でも、一人で過ごしている旧館では素との境が曖昧になるところがある。

 さっきの言い方はおかしい。少なくとも、俺には素で接しているのに、あんな興味のない言い方はしない。華取さんの関係者に興味がないはずがないからだ。

 ふと、神宮の足元に目が行った。

 昨日、神宮の部屋にあったのとは柄が違うけど、似たような大きさの袋が置かれている。こんな可愛いもの、神宮が購入したものではないことは明白だ。

 ……そんな神宮は想像するだけでキモい。そして、誰が作ったか言わなかった美味い料理。

 知り合い。――知り合い、ね。……そうだな、ここは、お前らが言う証拠摑んでから来い、ってとこか?

 自分に問題をふっかけ、しかしあらかた推測はついているので、さて証拠を摑みに行こうかと机から腰をあげた。

 追い詰めるのなら逃げ場をなくせ。逃げ場を埋めて退路を断て。

 極悪なまでに性格の悪い春芽吹雪かすが ふゆき流の攻め方だ。今はぴったりだと思う。

 神宮、雲居、春芽の三人の師が華取さんと二宮さんなら、俺はその三人に師事していると言えるかもしれない。

「ま、いーや。道踏み外すなよ、センセイ?」

「お前は大人しく生徒やってろよ……」

 呆れ混じりにそんな忠告を受けても、俺は肯きはしない。

 大人しくやっていたら、なんにも出来ねーんだ。

 お前らに憧れちまった身としてはなぁ?




 すぐに華取咲桜の教室のお邪魔しようかと思ったけど、それはやめておいた。

 面識がない後輩のところへ乗り込んでも警戒されるだけだし、俺にも、華取咲桜の周囲に対して軽率なことは出来ない理由がある。華取咲桜が本当に神宮の関係者なら、なおさら。

 雲居から、華取在義県警本部長は極度の娘バカだと聞いている。けど華取咲桜は、俺が神宮同様警察に関わっているとは知らないだろう。

 まだ高校生という立場上、学者である神宮や探偵の雲居とは違って、内部でも存在を秘されているからだ。誰の口の端にのぼることもない。――神宮以外には。

 学校で弁当の受け渡しをしているなら、家まで押しかけるような関係ではないのだろうな。

 一番考えやすいのは、神宮の雑な生活にみかねた華取さんあたりが、娘に神宮の食事を作るように言った――だろうか。あいつ、ほんと自分に興味ねーからな……。

 歩く地雷原こと春芽さんをして、『やろうと思えばなんでも出来る』と言わしめさせるうちの一人のくせに、自分を気にかけること、手をかけることをしない。心底自分をどうでもいいと思っている奴だ。そんなんだからよく風邪も引くんだよ。

 なんでかその日のうちに治っちまう体質? だから、全然気にしてねえみたいだけど。

 熱あろうが何だろうが、毎晩春芽のいる警察署へ行っちまうしな。自己管理に関しては、八つも年下の俺の方がてめえに気をかけている自覚すらあるくらいだ。

 ……そんなだから、華取さんが手を廻したとかそーいう理由なら納得だけどな。

 そうならそうと言ってくれればいいものを。ちゃんとした理由があるなら誰に言うこともない。からかうために雲居や春芽には言うけど。

「……美味かったなー」

 昨日のめっちゃうめえ夕飯を思い出した。せっかく旧館まで行ったんだから、昼飯もぶんどってくればよかったなー。

「………」

 ――華取咲桜。名の記された記憶のファイルをめくる。

 華取在義の一人娘。母親は三歳のときに亡くなっている。

 目立つことはないが正義感が強く、間違いと思えば教師相手でも退かない肝がある。大人しそうな外見だが、それに似合わない通り名もあるそう。

 それとは別であるが、二宮さんに言わせれば、評価は「在義の娘」。炎の塊、太陽の塊と警察内部で評される、華取在義の愛娘。つまりは華取咲桜もその資質があるということ。

「……炎の塊、ね」

 それが華取さんに匹敵するレベル、とか言われたら引くしかないけど。俺の中での華取さんの評価はそういうもんだ。

 まずは遠目に観察してみるか。

 一年生の教室は本館の二階。華取咲桜のクラスを正面から見える別館の空き教室に入った。

 別館は、生徒の出入りは自由。特に問題の起きない藤城学園では、鍵はあってないようなものだ。いくら大きな問題がないとはいえこのご時世、こいうとこ、ちょっと改善の余地あると思う。

 ポケットに常備している小さ目のオペラグラスを取り出し、カーテンを影にしながら教室を覗く。正面から見えるとは言え、建物同士の距離はある。

 運のいいことに、華取咲桜は窓際の席にいた。しかしそこが華取咲桜の席ではないようで、一年首席の日義頼が机に腕をついて寝ているところに、松生笑満とともに集まっているようだ。――一瞬、息を呑んだ。

 いや、と一つ頭を振る。今はそこが問題ではない。

 華取咲桜の後ろ姿は、旧館で見たものと一致する。長い黒髪。高い背丈。……下手したら身長は俺と同じくらいあるかもな。俺はまだまだ成長期ですが。

 神宮も否定はしなかったけれど、先ほどの影は華取咲桜で間違いないようだ。

 確か華取咲桜は、部活は無所属だったはず。オペラグラスを仕舞う。取りあえず、帰りの時間を待とうか。それまでは、華取咲桜や友人の学内での様子なんかを集めるかな。



+ side咲桜


「咲桜、なんか言いたいことある?」

 笑満が、可愛い大きな瞳を何度か瞬かせながらこそっと訊いて来た。

 いつもの休み時間。

 私と笑満は窓際の頼の机の周りに集まる。頼は大概机に突っ伏して寝ているので話に参加はしないけど、小学校からの習慣だった。

 私は内心、「あー」と唸ってから答えた。

「……わかる?」

「うん。何? トラブル発生? 頼がまたなんかやったの?」

 眉根を寄せて心配顔の笑満に、私は目線をおろした。

 頼は、笑満より先に友達になった奴だけど、こういう言い方をされてしまう奴なのだ。

 そして疑われても机に伏したまま微動だにしない。神経図太いんだよなあ。

 秘密を抱えてしまった私の目線は泳ぐ。

「頼ではないんだけど……」

「頼みたいなのに狙われたとか?」

「……とも違って……。父さん絡みというか……ちょっとややこしい話になるから、今日うち寄ってもらってもいい?」

「あたしが聞いて大丈夫な話なの?」

 笑満のくりっとした瞳に不審の色が過る。

 小学校から友達の笑満は、私の父さんが警察官だと知っている。その在義父さんの方針で、父さんの職業はあまり言わないようにと育てられているのも承知してくれている。

 だから、私の父が警察官で――しかも県警のトップというのは、教師を除けば、学校内では小学校来の親友である笑満と頼しか知らない。

「私が笑満に隠し事出来ると思う?」

 そう苦笑気味に問えば、

「咲桜はあたしと頼には器用じゃないからねー」

 と、笑満も微苦笑で返して来た。

 本当は、昨日のうちに笑満に話そうと思っていたのだけど、タイミングが摑めずに今日まで延ばしてしまった。

 そして学年でもトップクラスの成績を誇る頭の笑満だ。昨日今日と、私が昼休みにいなくなったことで何かしら考えてはいるだろう。

 ……まさか神宮先生の裏の顔――表の顔? までは考えつかなくても。

 ふと、笑満が声を潜めて来た。

「ねえ咲桜、彼氏出来たとか、そういう話?」

「―――」

 思いっきりかすってきた。

「さすが笑満だな」

 あ、心の声が口に出た。途端、ぱっと笑満の顔が輝いた。私を逃がさんとばかりに左腕を摑んで来た。

「え、え? そうなの? 咲桜に彼氏出来ちゃったの? これってあたしどうするべき? 祝福する? それとも妬く?」

 笑満の瞳がキラキラしていて、私は慌てて笑満を押さえた。

「違う違う、似てるけど違うから落ち着いて」

「似てる?」

 こてんと首を傾げる笑満。私も、もっともな反応だと思う。

「似てるけど違うって――まさか出来たのは彼女っ?」

 大事故起こした。

「あたしを差し置いてどこの女の子とっ⁉ これはあたし妬くしかないんだけど!」

 驚愕の顔の笑満の頭を摑んで動きを封じた。そんなこと大声で言わないでくれっ。

「そうじゃないって。彼氏も彼女も出来てないっ」

「じゃあなにが出来たの」

「………」

 察し良すぎるだろう、この親友。

 どんな言葉を使うか迷ったが、自分は笑満に隠し事は出来ない体質だともわかっている。

「うちで詳しく説明するから、絶対に大声出さないでよ? あと、質問攻めも今はナシでお願いしたい」

「うん」

 笑満は素直に肯いてくれた。私は一回、深呼吸する。

「……偽モノの、婚約者が出来ました」

 目線を笑満に向けられずに言うと、六秒ほど沈黙された。

「……はい?」

 笑満はこてんと首を傾げた。私も、もっともな反応だと思った。



「じ、神宮先生⁉」

「……うん」

 笑満に腕を引っ張られるようにして家に帰るって部屋に入ると、笑満は待っていましたと言わんばかりに私を正座させて訊き出して来た。お茶の用意もさせてくれなかったよ。

 私が正直に、『神宮先生と偽婚約結んだ』と言うと、案の定の反応だった。

「何で神宮先生? それに偽婚約ってどういうこと?」

 向かい合って正座した笑満はぐいぐい訊いてくる。

「長くなるけど……全部話していい?」

「勿論。って言うか全部訊き出すし」

 私の腹も決まっている。学校で全部話さななかったのは、どこに誰の耳があるかわからないのもあるけど、頼に聞かれるとちょっと困ったことになりそうだったからだ。

「実は日曜日に、師匠に気絶させられて気を失ってる間に着物着せられてて」

「冒頭からぶっ飛んでるなあ、咲桜の世界は」

 笑満からは呆れの声、だが。

「笑満も私の世界だよ?」

「否定しません。で? どうなったの?」

「じつはそれ、マナさんが仕組んだ見合いで……」

「お、お見合いっ? まさかその相手が神宮先生だったとか言うんじゃ――」

「言うんだ。言うんだけど……あれは神宮先生であって神宮先生でないと言うか……」

「? どういうこと?」

「えとね、先生は犯罪学者なんだって。専門家として事件に関わってて、父さんや龍生さんとも知り合いなんだって。それで――笑満? 大丈夫?」

 笑満が頭を抱えてしまった。くそっ、先生め。笑満をこんな目にあわせやがって。話したのは私だけど。

 笑満がうめいた。

「い、意味がわからない……」

「だよねえ。私も未だに全部理解し切れてないもん」

「と言うことは、なに? 在義パパは神宮先生が、犯罪学者しながら教師もやってたって、知ってたの?」

「それは知ってたみたい。私と同じ学校――藤城とまではわからなかったみたいだけど」

 笑満はまたうなった。笑満は在義父さんのことを、『在義パパ』と呼んでいた。

「教師が本業ではなくて、事情があって三年くらい先生やってるって言ってた。そのあとは学者一本にするみたいなことも」

「本業は学者さんなんだ。それで、なんでお見合い?」

「あー、それなんだけどねー……。私のさ、在義父さんの――県警トップの娘っていう位置が、利用されるかもしれないんだって。在義父さんに取り入るため、とかそういう政略っぽいことに。だから、もしそういう話を吹っ掛けられたとき、警察内部に顔が知られているけど内部の人間ではない先生だったら、立場的にちょうどいいんだって。だから、先生が私と在義父さんを護るために偽婚約――対面上の婚約者? になってくれたの。代わりに、私は先生に食事の差し入れすることになった。これはマナさんからの頼み」

「………」

 一気に説明すると、笑満は正座で姿勢を正したまま瞬き以外の何もしていない。さすがの笑満でも理解するのに時間がかかるか……。あ、あと、先生の性格が別人だって言わなくちゃ――

「――咲桜」

 笑満が私の両手をガシッと摑んで来た。

「う?」

 私が首を傾げると、笑満は真剣な瞳で見てきた。

「それ、絶対秘密だよね?」

「う、うん。警察関係の話だし、知られたら先生にも迷惑かかるし――」

「あたし、アリバイ作りの協力とか何でもするから、頑張ってね。在義パパと結託して学校を騙す自信、あるから」

 ものすごく力強く言われた。私は当惑する。

「あ、ありばい? 何を頑張るの? って言うか何故父さんと結託……」

「え? 咲桜、先生のことすきでしょ? 今は偽婚約だけど、卒業しちゃえば関係ないし。あ、その前に先生が教師辞めるんだっけ?」

「………」

「あれ? 違った?」

「………」

「咲桜―?」

「………っ! ええええっ⁉ 私先生のことすきなのっ⁉」

「反応遅いなー。あたしから見たら、なんか咲桜、昨日からやたら楽しそうだしニヤニヤしてるし、昼休みが待ちきれないみたいに挙動不審だったし。早く先生に逢いたかったんじゃないの?」

「い――いやいやいや! そんなことはない! ……はず………」

 思いっきり否定しようとしたけど、言葉におまけがくっついてしまった。な、何故に言い切れない……⁉

「ふーん? 咲桜がわからないことをあたしが言い切れるわけはないけど……なんか、昨日から咲桜が楽しそうだなーって思って、お昼に訊いたんだけどね?」

「私が楽しいのは笑満がいるからだよ」

「あはは。まだ頼を恨んでるの?」

「それはもうないけど……。友達も、笑満と頼がいればいいと思ってるし」

「そこに頼を含めるのが咲桜の包容力なんだよね。まー、あたしも彼氏いたことないから出来るアドバイスもないんだけど」

「その前に私が先生をすきかどうかも謎だって。恩は感じてるけど……。それに、笑満は夏島先輩がすきなんでしょ?」

「………」

 笑満の目線がうようよと動いた。私は反撃の手を見つけて内心にやりとする。

「入学式からずーっとすきだもんな?」

「さ、ささささ咲桜! そういう言い方しないの! あたしは見てられるだけでいいの!」

「えー、勿体ないなあ。笑満可愛いのに」

「それは咲桜の欲目。って言うか! あたしの話はいいから、今日は咲桜の話だよ。それで先生とはどんな感じなの? ご飯差し入れてるって、それで昼休みいなかったんだよね?」

「あ、うん。…………」

 妙な途切れ方をして、今度は私の目線がうろついた。

「咲桜?」

「……言うタイミング逃してたんだけど、先生……素は別人みたいだった……」

「別人?」

「学校では目立ちたくないから当たり障りなくやってるって言ってたんだけど……マナさんに一輪挿し投げるし言葉乱暴……と言うよりは、普段は丁寧語ではない程度? だし、父さんはやたら先生に信頼寄せてるし……あと、いつも笑ってるイメージだったけど、微笑みなくせばただのレベル高いイケメンだった」

「………?」

 こてん、と笑満が首を傾げた。

「咲桜……ただのイケメンなんて言葉はないと思うよ?」

「わかってる。私の日本語がおかしいことはわかってる。でもそれ以外に言いようがないんだ……そしてレベル高いをつけて」

「レベル高いんだ。旭葵あさきくんとどっちのがすき?」

「す、すき? え、基準はそれで考えるの? どっちのがカッコいいとかでなく?」

「うん」

 笑満に真面目な顔で肯かれては考えるしかない。先生と旭葵くんどっちのがすきって、難題過ぎる……。

 …………………………………。

「………先生、かもしれない」

 目線がうようよする。なんかすごくすごく恥ずかしいことを言っている気がする。

「ほおー」

「……」

 ニヤニヤしているのがわかるので、笑満の方は絶対見ない。

「あたしは夏島先輩が一番カッコいいと思うけどね!」

「カッコいいからすきなの?」

 ふとそんなことを訊くと、笑満は目をぱちくりさせた。そして、少しだけ唇の端が揺れた。

「ひみつ」

「えー、私は全部話したのにー?」

「今はね。恥ずかしいもん。いつかは話すよー」

「……絶対だよ?」

「うん。約束する」

 目が合って、三秒ほど見つめ合った。そのあと、同時に吹き出す。初めて逢ったときに手を引いた親友。私のことを知って、友達で居続けてくれる。

「取りあえず、頼には先生のこととか、色々秘密にしておきたいんだけど」

「どんな騒ぎ方するかわかんないもんね。あたしには話しちゃってよかったの?」

「そこは先生とも話した。私の方では、笑満だけには話しておきますって」

「仲いいねえ。妬けるなー」

「……そういうんじゃないって」

「あとさ、今度あたしも先生と話してみたいんだけど」

「じゃあ明日一緒に行く? またお弁当届けに行くから」

「わーい。先生の素顔見てやろー」

「びっくりするよー。見せてくれるかわからないけど」

「咲桜の秘密と取引で見せてもらうから」

 笑満がめっちゃいい顔で言うので、私は軽く笑った。

「なに言ってんの」

「あ、夜々さんは? マナさんの紹介なら知ってるんでしょ?」

「それが、ねー……」

 笑満が出した名前に、咲桜の顔色が一気に曇った。

「どした?」

「マナさんから、夜々さんのことは一個も聞いてないんだ。そんで、先生に夜々さんのことを話していいかも、一人じゃ判断つかなくて……」

「聞いてないんだ。うーん……咲桜、夜々さんのこと学校の誰にも話してないんでしょ?」

「うん……小学校のときは、お隣の家だからみんな当然のように知ってたけど、高校にもなると範囲広いし。もし夜々さんが隠していたかったら神宮先生には話せないじゃん? その逆もあるし」

「だよねぇ。そこは悩むね……」

 板挟みだ。

 うーんと二人して唸りつつも、いつしか馬鹿らしくなる。

「在義パパ公認なら、どうにかなるよ」

「そうだね。でも夜々さんは父さんに克つ唯一だよ?」

「咲桜は在義パパと夜々さんの結婚狙ってるもんねー」

「夜々さんを堂々とお母さんとか呼んでみたいからね。それに夜々さんのお嫁さん姿絶対見たい! 絶対可愛いっ」

「あははー、とんだ娘持ったな、在義パパ」

 私の宣言に、笑満は平坦な笑いをこぼす。

「夜々さんなら、桃子母さんも認めてくれると思うんだよ。在義父さんの幼馴染で、桃子母さんの親友だもん」

箏子ことこ師匠はいいの?」

「……夜々さんと父さんの結婚を一番願ってたの、師匠だよ」

「……そうだったね」

 沈んでしまった空気を吹き飛ばすように、私は腕を組んで口を尖らせた。

「しっかしなあ。桃子母さんが亡くなってからもう十年だっていうのに、父さんも夜々さんもそういう気配全然ないのが困りもんだ」

「そもそも夜々さんは在義パパのことすきなの?」

「それは確認したことある。すきだって言ってた。んだから私も堂々と結婚してほしい言えるし」

「勇敢だね……」

「まあそういうわけでさ。今後も父さんの仕事は秘密でよろしく」

「うん。すきになったらいつでも言ってね? 全力応援するからっ」

「だから先生のことはすきとかそういうのは――」

「神宮先生とは限定してないよ?」

 微笑と一緒に首を傾げられた。はめられた。

「~~~笑満~」

「あはは。咲桜かわいー」

 膨れる私と、笑い転げる笑満。

 やっぱり笑満に話してよかった。小学校で頼と関わって以来、クラスメイトから敬遠され気味だった私に、唯一近づいてきてくれた友達。

 ずっと、大事だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る