2 優しさをもらった気がした。
+ side咲桜
「ごめんな、咲桜」
夜半になる直前に、在義父さんは帰ってきた。疲れた顔をしていて、開口一番に謝られた。私は、あははと笑って答える。
「マナさんに仕掛けられたらどうしもないってことくらいわかるよ」
「それは……そうなんだが……」
在義父さんは口ごもりながら背後を振り返った。
「流夜くん」
呼ばれて顔を見せたのは、すまなそうな顔をした先生だった。
「先生」
「遅くまで手伝ってもらったから、夕飯を食べていってもらおうと思って連れてきた」
「ああ、そういう。どうぞ。すぐにあっためなおすから」
私は準備のためにと、先にリビングに入る。
「あ、いや華取――」
「うん? なんですか?」
浮かない顔をしている先生だったけど、在義父さんが押し切って中へ入れた。
ダイニングテーブルにはラップのかけられた夕飯がセッティング済みで、在義父さんはいつものように席につく。先生は在義父さんに勧められた向かいの椅子に座るけど、落ち着きなさそうにしている。
「咲桜、帰りは大丈夫だったか? また変な要求をされたり……」
「してないよ」
心配性な在義父さんに笑い飛ばし、レンジのスイッチを入れてから冷蔵庫から麦茶を用意する。今日はあったかい日だったから、冷茶がいいかな。……そんな日に着物なんか着せられた私は、当然のように汗だくになったよ。着物は帰ってからソッコーで和室に干した。
「まあ、びっくりしたのは神宮先生だったことだけど――どうかしました?」
先生がまだそわそわしている。
「や、何と言うか……急に来て迷惑じゃなかったか?」
「父さんの同僚さんが急に来ることはよくあるから大丈夫ですよ?」
何しろ在義父さんは時間の感覚が狂う仕事をしているのだ。今日のように、疲れまくった同僚や部下を、夕飯を食べさせる目的で連れてくることはよくあった。なので、私の料理は元々作る量が多い。在義父さん自身が結構滅茶苦茶な量を食べるからでもある。事件が起きれば定時でうちに帰る事なんて出来なくて、昼間に着替えを取りに来るだけ、ということもあるので、うちでは常に冷蔵庫にすぐ食べられるようにしてある食料が入っている。父さんはそれをそのまま仕事場へ持って行くこともある。
「むしろ父さんの仕事につきあってくれてありがとうと言うべきでしょう。在義父さんは休日まで仕事中毒ですからね」
「………」
先生は、呆気に取られたような表情で私を見て来た。ん、おかしいこと言ったかな?
「先生?」
「あ、――いや。なんでもない。それより、手伝えることはあるか?」
先生は席を立ち、キッチンの方へやってきた。私から御飯茶碗を受け取り、卓に並べてくれる。疲れているんだから座っててくれてもいいのに……律儀な性格も隠されていたようだ。それを眺めていた在義父さん。
「……なんか流夜くんが婿でいい気がしてきた」
「はっ? あ、在義さん? 疲れてるんですか……?」
在義父さんに寝言みたいなことをぼそりと呟かれ、先生が取り乱した。私は在義父さんが相当疲れているのだと理解した。父さんは眠くなると結構意味不明な言動をする。その証拠に、ふらりと立ち上がった。
「目がぼやける。ちょっと顔を洗ってくる」
「あ、タオル置いてあるからねー」
声を投げると、ありがとう、と廊下の向こうから返事があった。
在義父さんが席を立ったのを見てから、鍋に火を通していた私の方へ先生がやってきた。
「華取」
「はい? あ、お腹空きました? 今持って行きますね」
在義父さんの同僚がよく来るから、突然の客にもなれている。
それが教師である神宮先生というのはなかなか慣れないけど、今いる先生は『父の知人』なのだ。
……うーん、頭の中で納得するのにまだまだ時間がかかりそう。この先生は、『神宮先生』とは別人として認識した方が楽そうだ。……つまりそれって先生の処世術? 偽装二重人格? の腕がすごいということだろうか。在義父さんの近くにいる人なら納得の所業だけど。
「悪かった。見合いの話、言った通りに出来なくて……」
そのことを気にして声をかけてきたのか。律儀だなあ。
「気にしてないですよ。あのあとマナさんから色々聞きましたから。こんな乱暴なだけの小娘に価値なんかないんですけどね」
先生に、軽く笑って答える。マナさんがやりたかったのは本当のお見合いなんかじゃない。今後予想される政略的な婚姻から、私と在義父さんを護るための位置に誰かを据えることで、それに選ばれてしまったのがたまたま先生だったということだろう。先生は先生で、その位置に置くにはちょうどいい目的があった。
「マナさんが言うには、結果的に私と先生の双方で利害一致してますから、私もそれで納得しましたし。……心配なのは、この話が先生の結婚とかの障害にならないか、なんですけど……」
見上げると、先生は眉根を寄せた。……不愉快にさせてしまったかな。ちょっと不安に思っていると、先生は断言した。
「ならない。そういう面倒なことに自分から踏み入る気はないからな。だから俺の方の心配はしなくていい」
結婚を面倒と言い切った。……ふーん? 彼女とかいないのかな。あ、いたらマナさんはこんなことは頼まないか。
「そうですか? なら、いいんですけど」
私は少しほっとしたように息を吐いた。……ん? 何にほっとしただろ。
「あ、あと、マナさんから先生のスマホの番号とか教えてもらったんですけど、大丈夫ですか?」
「そのくらい構わない。愛子対策で連絡も必要になるだろうしな」
愛子対策。その言い方に、少し笑ってしまった。マナさんの破壊力はよく知っておいでのようだ。
「お口に合うといいんですけど」
言いながら、味噌汁の味見をしてもらおうと、小皿に注いだ。「どうぞ」と渡すと、先生は戸惑っていた。器を受け取ろうともしない。
「味見とか苦手ですか? あ、材料にアレルギーあるとか?」
そう思って材料を見分する。その間に先生は小皿を受け取って、「いただく」と口に含んだ。
「……うまい」
小さかったけど、そんな声が聞こえた。急に、肩から緊張が抜けた。
「ほんとですか? よかったー」
先生の反応で、私は安堵した。先生の好みだったのは嬉しい。
「やっぱりすきな味とかありますからねー。よかったです」
在義父さんもそろそろ来るだろうしと、お椀によそっていく。そんな私を見て、先生は言った。
「華取……なんか楽しんでないか?」
「楽し? ですか。……そう見えます?」
自分の頬を引っ張ってみる。楽しそうに見えたのかな? すると、頬をつねっていた指を先生に止められた。お、おお? 突然の先生の行動に戸惑った。傍から見たら手を繋いでいる格好ではないか? 私の方を見てくるために先生の顔に影が出来て、昼間みたいに近づく。
「せ、先生?」
「やめておけ。無駄に傷つけるな――」
「咲桜―、ごめん、洗面台で水ぶちまけた」
「なにやってんの!」
在義父さんの情けない声が聞こえてきて、私は火を止めてすっ飛んで行った。敏腕と言われている在義父さんも、眠いと色々と雑だ。
リビングを飛び出しかけたところで振り返り、先生に言った。
「先生、あとでお時間いただけますか? 少し話したいことがあります」
「え、あ、ああ」
先生が肯いたのを確認して、「すぐ片付けてくるんで座って待っててください」と残してリビングを出た。
+ side流夜
「待たせちゃったね、流夜くん」
リビングで在義さんを迎えた俺は、ある意味心配になって見上げた。
「いえ、大丈夫ですか?」
「あー、うん。なんか洗面台で寝かけてたみたいで」
ははっと自嘲気味に笑う在義さん。その笑い方は、先ほど味見のときに見た華取とそっくりだった。さすが親子。しかし洗面台で寝かけていたのか。……あの華取在義が?
「はーい、熱いから気を付けてね」
華取が味噌汁椀を持って来てくれた。ほかの皿はすでに並んでいる。なにかもっと手伝うべきだと思ったのだが、俺の行動出来るレパートリーはほとんどなかった。家事をろくにしないでいると、こういうとき恥をかくものなのか……。なにかを学んだ気がする。
「じゃあ私、部屋にいるから。食べ終わったら呼んで」
「片付けはしておくからもう寝なさい」
在義さんの言葉に、華取は一瞬迷いを見せた。俺が、話があると言ったのを気にしているようだ。
華取と二人で企んだ手前、在義さんには聞かせたくない。ここですれ違いになってしまったら、タイミングは明日以降になってしまうな……。かと言って中座して華取と二人きりになるのも気が引ける。
……在義さんの目の前でそんな真似をする勇気はない。ここは自分がどうにかするか。
仮婚約、などという、口約束だけとはいえ謎の結果に落ち着いてしまった原因は、途中で聞き捨てならない話に目くじらを立ててしまった俺にある。
愛子だけでも大変なのに、良識を持った在義さんにまで目の敵にされたら、仮婚約とかいう謎の事態が更にほかの内容に化けかねない。途中で華取と打ち合わせた方向から逸らしてしまったから、再度話さなければいけない。
華取から呼んでくれたこのタイミングで終えておきたいところだが……。しかし強引に見合いの席などに連れていかれたにしては、家での華取は怒ってもいないしやけにさっぱりして見える。……学校でも逢うことはあるから話は出来るだけ早くつけたかった。
「華取、もう遅いから寝た方がいい。また今度、夕飯をいただいたお礼をしたい」
提案すると、華取は「わかりました」と肯いて、リビングを出て行った。在義さんもいることだし、礼をするという口実で話すタイミングが作れたらいい方だろう。
今日中に話せれば一番だったけど、華取の様子からして、別れた後に愛子からまた無理難題をふっかけられたわけではないようだ。
愛子も暇な奴ではなく、むしろかなり忙しい方の仕事をしているので、今日明日でまた行動を起こすことはないだろう。明日、学校で隙を見て話す時間を作るか。
……あ、そう言えば。愛子を介して自分の連絡先は把握しているようだが、華取の携帯番号なんかは知らなかった。
……学校に届けてあるのを確認すればすぐわかることだけど、なんだかそういうルートは使いたくない気がする。やはり今日のうちに連絡を取る方法だけでも作っておくか……そう考えながら箸を動かしていると、在義さんが口を開いた。
「そう言えば、流夜くんはうちに来るの初めてだったか?」
「はい。お誘いはいただいてましたけど……」
今日みたいに夜遅くまで手伝ったときなんかに、「ご飯を食べていきなさい」と言われたことはある。本署から在義さんの家までは、車を使えば割かし近い。俺は、在義さんに娘がいることを知っていたから断っていた。
教職についたのをきっかけに住み始めた場所が華取家と近くなだけに、どこから自分の本業がばれるかわからなかったからだ。まだ、自分が警察に関わっていることが学校側にばれるわけにはいかなかった。
……用心していたのに、愛子の所為で今日その苦労が水の泡になった。だが、華取も口外するような奴ではないだろうから、そこは安心している。
「可愛い娘だろう」
「………そうですね」
唐突にこの人は……と、少し疲れた声が出てしまった。在義さんから振ったこの手の話を、否定なんかしようものならどんな目に遭うかわからない。かと言って、積極的に賛同したところで睨まれそうな気がする。
在義さんの親バカは警察内では有名だった。
いつも写真を持ち歩いているけど、惚れられたら困るとか言って男性職員には絶対に写真を見せないとか。そのため、華取宅に呼ばれて咲桜を見た人は、その容姿や性格について訊かれても、口を噤まないといけないという暗黙の了解があるそうだ。
まあ、俺は内部の人間ではないし、教師として華取のことは把握していたわけだが。
しかし改めて華取を見て、在義さんが親バカになる理由がなんとなく納得出来た感じだ。
たまに攻撃的に物騒な言動をとるけど、基本的によく笑うし愛らしい。料理も上手。これは在義さんが自慢したくなるのも肯ける。学校でも目立つ方ではないけど、それは面差しに年齢よりも大分落ち着きがみられるからだと思う。高校生くらいは派手な容姿の方が、人気があると言うか、注目されやすいからだ。
「……あの子には苦労ばかりかけたからね」
ふと響く在義さんの声は沈んでいた。
「早くに母親を亡くしていて、私もあまり家にいられなかった。育児はお隣に任せてしまった時期もある。それなのに、帰ってきたら新しい料理を覚えているし、掃除もしようとがんばっている。……あの子の叶えられる幸せだけは、私は譲れない」
「………はい」
これはたぶん、在義さんの審査だ。仮とはいえ、対警察内部用に結ばれた婚約。密約。俺をはかっている。
在義さんが、箸を置いた。俺も同じように姿勢を正す。
「流夜くん、素直に聞かせてほしい。咲桜のことをどう思った?」
どう思った。思う、ではなく、その形で在義さんは訊いた。
問われて、考える。この場ではどう答えるのかが最善か――ではなく、確かに自分は、華取をどう思ったかを。
そちらで答えるべき気がして、考えた。
「……教師の立場ではなく、でいいですか?」
「ああ」
在義さんは鷹揚に肯いた。
「たまに言動が物騒だけど、愛らしいと思います。なんというか……在義さんの娘、ですね」
俺の言葉はそこで途切れた。
在義さんのまとう雰囲気が怖くなっていた。やば……言い過ぎたか。危険人物認定でもされたら終わりだ。せっかく見つけたのに。……ん? 見つけた? なにをだ? 脳内で、自分の思ったことに疑問符を浮かべた。俺も疲れているのだろうか。
ふう、と在義さんからため息がもれた。
「……咲桜は、反抗期がなかったんだ……」
「……反抗期? ですか?」
今度はなんの話だろう。俺は一つ安堵しながら、オウム返しに問う。どうやら睨まれてはいないようだ。
「小学校でも中学校でも、そういったことは欠片もなかったんだ。だからむしろ心配になってしまって……。我慢させているんじゃないか、と。本当は泣きたいところを笑っているんじゃないかって……」
「………」
在義さんの不安は、そうかもしれないと思った。華取は基本的に学校でもよく笑っている。一緒にいるのは
なら、
「在義さん」
空気まで引っ張って沈む在義さんに呼びかけた。
「華取のことで、俺が出来ることがあったらなんでも言ってください」
在義さんの心配も、華取を知る者として放ってはおけない。ただ素直に、華取が泣けないでいるなら、自分がその場所になりたいと思った。
「夕飯のお礼です」
また在義さんに下手な疑惑を持たれるのは嫌だったので、そう誤魔化す。
在義さんは、少し嬉しそうで、少し淋しそうな微笑を見せた。
食器を片付けたあと、悩んでいたことを口にした。
「やっぱり、挨拶くらいしておきたいんですが……」
時間としてはもう眠っているだろう。それでも、一応の礼儀というか。
「ああ、二階の突当りの部屋なんだ。起きていたら、ノックすれば出てくるだろう」
意外、親バカな在義さんがあっさり許可した。……いいのか?
とわざわざ問い返すのも野暮なので、着ていたジャケットを持って階段を上った。
一度声はかけて、反応がなかったらすぐに帰ろう。もし起きていたら、連絡先だけ訊いて早く休ませよう。そう決めて、言われた部屋のドアをノックする。
「はーい」
少し眠たげな声が返ってきた。起きていたのか。
「どうしたー?」
俺が名乗る前にドアが開けられ、顔を見せた華取はびっくりしていた。いつも結んでアレンジしている黒髪は、寝る前だからか解かれていて、それが面差しの大人っぽさに拍車をかけるようだった。
「あれ、先生?」
眠たくて視界がはっきりしないのか、目をこすっている。もしかして訪ねてくることを見越して起きていたんじゃ……と刹那思ったが、違うようだ。口ぶりからして、来たのは在義さんと思われていたようだし。子供があまり夜更かしするなと言わなければ。
「挨拶だけ、来た」
「あ、はい。わざわざありがとうございます」
華取は丁寧に頭を下げた。律儀だ。……と言うか、眠気で朦朧しているのかもしれない。瞳がぽやんとしていた。そのくらいなら早く休めばいいものを。
「ご飯、美味しかった。ご馳走様」
「お腹いっぱいになりました?」
「ああ。久しぶりに手作りをいただいた。ありがとう」
「それはよかったです」
……なんか、こいつの周りにぽわぽわした花でも待っていそうな、毒気の抜かれる笑顔だ。
「あと、華取の連絡先を訊いておいてもいいか? 今日はもう遅いから、話は日を改めたいと思う」
「あ、うんそうでした。ちょっと待ってくださいー」
華取は引き返し、勉強机の上のスマートフォンを持ってきた。机の上にはノートが見えた。
「遅くまで勉強してたのか?」
「え?」
スマートフォンを操作していた咲桜はきょとんと見上げてくる。俺の視線が机に向かっているのに気づいて、「あ、あれは」と言い繕った。
「笑満が出してくれた課題です。私、勉強の方はあまりよろしくないので……でも、笑満と頼と一緒に卒業したいですから。笑満が、自分の復習にもなるからって、問題作ってくれるんです」
なるほど、と納得がいった。華取の成績は、本人が言った通り。一方、日義は学年主席。松生も、トップクラスの成績だ。
私立藤城学園は、県内でもトップレベルの進学校だ。塾やら予備校やらに通っている生徒が多い。だが華取は家の用事をしているようだから、そんな余裕はないのかもしれない。そこを松生が補ってくれている。いい友人だな。不法侵入上等の、こっちの幼馴染たちに見習わせたいくらいだ。
「で、私のアドレスです。ラインでもいいですか?」
華取に促されて、肯く。
「明日の昼休みは出てくること出来るか?」
「大丈夫ですよ。話つけにいきますか?」
「お前が言うと時々物騒だな」
「たぶん父さんの影響かと」
「そうなのか」
華取は真面目な顔で肯いた。そして、在義さんの名が出ると俺も素直に肯いてしまう。
「少し詳細を調整したい。昼休み、旧館の歴史科の資料室に来てくれないか?」
「旧館? に、先生いるんですか?」
「一人で作業するときに使わせてもらっている。今は誰も使っていないから都合がいいんだ」
「わかりました。それ以外に気を付けることとかありますか?」
「学校では今までと変わらない態度でいてくれるとありがたい。急変するとどこから疑われるかもしれないから」
「了解です。では、おやすみなさい」
「ああ。……遅くまですまなかった。しっかり寝ろよ」
「はい」
そう言って華取が見せたのは、華が綻んだような幼い笑顔だった。普段が大人っぽいから、余計愛らしく見える。……愛らしい? なにがだ?
また自分の思考回路にツッコんでいると、俺が黙り込んだのを不審に思ったのか、華取が首を傾げた。
「? 先生? ――わっ?」
今度は華取が、驚いたように小さな悲鳴をあげた。俺の手が頭に乗ったのだ。なんとはなしに動いてしまった。
……本格的に大丈夫だろうか、俺。そんなことを考えつつも、華取の頭を撫でている。華取は困ったように見上げてくる。
「どうしたんですか? 先生も眠いんですか?」
「いや――」
さっきから自分の言動に疑問符がいっぱいで、むしろ解決してほしいくらいなのだが。……でも、せっかく、今、華取のこの距離にいるのは、俺だ。
「……お前は大丈夫だ。愛子が言っていたことで不安になったり、俺との関係で心配することはない。お前は俺が、絶対に大丈夫にするから」
「………」
やっと、手を離すことができた。
「じゃあ、またな」
あったかくして寝ろよ、最後にそう残して階段を下りた。
+ side咲桜
ドライヤーを当てるときに整えた髪が若干乱れた私は、玄関の閉まる音を聞くと同時にその場にへたり込んでしまった。び、びっくり、した……。
先生が手を置いた頭へ、自分の両手をやる。
心臓が止まるかと思った。
どうして先生はあんなことを言ったのだろう――まさか知られた? 仮婚約なんて、近しい状態になったことに安心して、マナさんが? それとも先生を気に入っているようだった在義父さんが? 話してしまったのだろうか――それで、あんな言葉をくれた?
頭があったかい。頬が熱い。
頬に伝うあたたかさは、先生のくれた言葉?
大丈夫だから。
私の過去を知っていても、いなくても。
そんな言葉をくれた人は、今までいなかった。
………先生に、優しさをもらった気がした。
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