居候は雪と狼Ⅲ
雪女と出会った日、あれは今から丁度二週間前。
「ごめんね、今日は先に帰ってて。委員会の仕事があって帰るの遅くなるから」
礼火とは毎日のように一緒に帰っていたのだが、その日だけはたまたま礼火が委員会の仕事という事で一緒に帰らずに、亮人一人で静かに帰ることになった。
まだ秋の色が薄い十一月の初旬。
亮人は家に帰っても何もやることがない。家にゲーム等は一切ないし、パソコンがあったとしてもほとんど使わない。使うとしても、リビングにあるテレビで愛猫のクロと一緒にニュースを見るくらいだ。
そして、クロと一緒にニュースを見ようとすればクロは嫌がって外へと出て行ってしまう始末。
結局のところ、普段は一人でテレビを見ている亮人。
だから亮人は暇つぶしに学校の帰りにある本屋に足を運んだり、日用雑貨を見たりして時間を潰していた。
そして、この日も同様に本屋に寄って雑誌を買っては日用雑貨の売っているデパートなりに出掛けていた。
日用雑貨はさほど目につくようなものはなく、亮人はデパートから出るなりそのまま一直線に家の帰り道を歩き出した。
日は既に落ちていて、歩いている道は街灯の光でよく見えるようにはなっている。後ろを振り返れば大都会と言えるような煌びやかな光が町を包んでいて、それは本当の綺麗とは言えなかった。
「人工的な光には魅力がない」
天然の光を放つ空の星を見つめ、自分の町が放っている光を見つめ直す。
空に輝く光は優しい雰囲気を持ち、一人でいても誰かに見守られているような感覚がするが、一方の亮人の後ろで強い輝きを常に放っている人工の光。あれには温もりというものが一切感じられない。ただ単に、町を輝かせるだけ。そんな役割だけの光。
そんな光を背中に感じながら、亮人は無言で家までの道のりを再び歩き始めた。
学校から家までの時間は歩いて三十分。
その三十分の道のりを本屋で買った雑誌を座って読みたい。そう思った亮人は、昔によく礼火と遊びに来た公園へと足を運んで、ベンチで読み始めた。
少しだけ優しくて懐かしく、ただ亮人にとってそれは消し去りたいと思うような記憶がふと、亮人の脳裏に浮かんだが、それを亮人はもみ消す様に頭を振って雑誌に集中する。
そして、公園で雑誌を読み終わった亮人は、その帰り途中で一匹の猫を見つけた。
「クロ、もう家に帰る時間だよ?」
家から出てきていた愛猫のクロだ。
全身が黒い毛に覆われていて、それでいて瞳は珍しい青い瞳。
そんな魅力的なクロは亮人の言う事なんかは一切聞かずに町を出歩くことが多い。
「ニャァア」
クロの今の鳴き声はまるで「嫌だ」と言っているように感じる亮人は仕方なく、
「嫌なら俺もクロについて行こうか? それくらいは許してくれるでしょ?」
「ミャァ」
首を縦に振るクロは亮人の言葉を理解しているようで頭がいい猫と亮人は前々から思っていた。そして、そんなクロの後ろを着いて歩く亮人はいつの間にか、知らない場所に迷い込んでいた。
星の光も町の光も一切、届くことがない場所。周りには生い茂る木々が亮人の存在を隠す様に生え、風に靡なびかされた葉はガサガサと音を立てている。
亮人の後ろには自然と作られたであろう階段が目につき、亮人は自分でも階段を上ったことを忘れていた。
「クロ、ここは危ないから早く帰ろう?」
このまま歩いていると自然に捕まるんじゃないか、という錯覚に陥りそうになった亮人は、そっとクロを抱き上げては踵を返した。後ろにはちゃんと階段がある。これを辿って帰れば必ず家に帰れる。
「クロ、これからはこんな所に一人で来ない様にするんだよ?」
そして階段へと一歩踏み出した亮人は次の階段へと足を降ろし、次々に階段を降りていく。
「こんな所に階段なんかあったんだね、クロは町の事なら何でも知ってるのかな?」
「ミャッ!」
抱き寄せていたクロはさっきまで大人しくしていたのに、階段を降りて行こうとすると暴れ始めてもう一度、あの薄気味悪い階段を駆け上がって行く。
「クロ……もうそろそろ帰らないとご飯が作れないよ……」
もう一度この薄気味悪い階段を上り、クロが走って行った方へと足を進めていく。
さっきよりも深いところまで歩いて行き、後ろを振り返ったとしても後ろには、あの階段が見えなくなっている。
たった少し歩いただけで、何も見えなくなるこの道。
「まるで迷わせるためにあるみたいだな……クロォ、早く家に帰るよぉ」
少しだけ大きな声を上げてクロを呼ぶ亮人だが、そんな亮人にクロからの返事がある訳でもなく、そのまま前へと歩いて行くことになった。
「もう、道に迷った……俺」
四方八方を見渡しても、そこにあるのは生い茂る木々ばかり。町の光は一つも見えずに目印になる物も一切ない。
「ミャァア」
「クロっ!」
少し前の方からクロの鳴き声が聞こえた亮人は、この森の中から逃げるようにクロがいる場所へと駆けて行く。
ざわざわと音を立てる葉に、まるで何かに追いかけられるかのような錯覚。
「はっ、はっ、はっ……」
そこまで走ったわけでもないのに、亮人の呼吸は乱れている。
「クロ、どこにいるんだよ……」
前へと走りながら口にする亮人はクロが鳴いていた方へと進むしかなくなり、前へと走る。そして、前へと走って行けば木々たちは少しずつ空間を開けていくかのように広がって行き、亮人の辿りついた場所は月の光が見事なまでに降り注ぐ場所。
歩みを止めて前を向けば、そこには神社のようなものがあって鳥居も幾つかある。
椅子になるようなものが無いこの場所で、唯一座れるような場所と言えば、鳥居の根元。そこには段があり、座るには丁度いい高さでもあった。
「あそこで少しだけ休もう……」
緊張が亮人の心を支配していたせいで体力もなくなり、薄気味悪いと思いながらも腰を降ろす。
「ニャッ!」
そして、そんな座った亮人に飛びついてきた黒い猫が一匹。全身を黒い毛が覆っていて、それでいて青い瞳を持っている猫。
「クロかぁ……勝手にどこかに行こうとしたらダメだろ? 怖いんだからさ」
どこからともなく飛びついてきたクロは亮人の手の甲を優しく舐め始め、そして亮人の頭の上へと上る。
「ニャァ……ニャゴッ!」
頭をポンポンと叩くクロは、「早くあっちに行けっ!」とでも言っているかのように、まん丸い手を此処よりももっと闇の色が深い場所へと向けている。
「クロ……あっちに行くの?」
「ニャゴォォオ!!」
「はいはい、わかりましたよ……あっちに行ったら、もう帰るからね?」
クロの言う通りに、もっと闇の色が濃く深い森の奥へと亮人は更に足を踏み入れていく。
夜になったことで気温が低くなり始めた森の中、制服のまま山を登り始めた亮人は肌寒く感じていた。
秋の夜はそれなりに冷える。寝る時も夏なんかより温かい毛布や布団を掛けて眠るようになっているのだ。それで標高が少しずつ高くなる山の上は、家がある平地なんかよりも気温も少し低い。制服で夜の山に登っていること自体が自殺行為だと言える。
そして未だに亮人の頭の上では、クロが柔らかな肉球をポンポンと叩きながら森の闇を見据えている。
「なぁ、クロ……まだ歩くの?」
流石に体が冷えはじめた亮人は、制服の上から体を擦って体温を保とうとする。亮人が登っている山の気温は十二度。カーディガンを着ていても感じる寒さは、体に突き刺さるようなものだ。
そして、亮人の視線の先、誰一人いない状況で光も一切ない場所。それがより体感温度を下げてしまう原因の一つになる。
「ミャ……」
軽快なリズムで頭を叩き始めていたクロは、目の前に近づいて来た小さな神社を見つめると亮人の頭を叩くことを止めた。
頭を叩くことを止めたって言うことは、ここがクロの目的地なのかな?
不気味な雰囲気が漂っていたさっきまでの森とは打って変わって、目の前にある神社はこの森の中で浮き出ているかのように建っている。
所々朽ち果てている部分はあるが、それでも神聖な雰囲気を醸し出している神社。また、そんな神社を見つめていたクロは亮人の頭から地面へと降りると、何かを求めるように一気に神社へと走り出していく。
「クロっ、勝手に行かないでって」
『へぇ、あなたの名前はクロって言うのね? 可愛いわね、クロちゃん』
「ミャァァ」
「えっ…………」
クロが神社へと走り出して行くと、さっきまでは誰もいなかったはずの神社の前に白い装束に腰まで伸びた白い髪。街中にいる女子高生なんかよりも大人っぽい女性がクロを抱いていた。
『頭が良い猫みたいね……それに対して、君のご主人様は頭が悪そう』
クロの頭を愛でるように撫でている純白の髪を持つ女性は亮人へと視線を向ければ失礼なことを口にしていた。
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