PS08 六芒星パパ五芒星ベイビー
――PS08 キミのサヨナラとコウリン――
三人で、ミキモトせんべいの軒下にいる。
むくちゃんには、あたたかいうさぎさんを着せている。
寒いのに寝ているのか、うーんと伸びをした。
「可愛いな、むくちゃん」
「うん、可愛いよ」
不意に涙が出そうになり、俺は、ミマイと月を見上げた。
大司教と戦場の世界を知らない、けれどもこのむくちゃんのまーまで俺の妻として平和なこの世界に生きているミマイ。
ミマイの横顔は美しい。
いや、愛おしいの間違いだったな。
「お……。い、いや。見とれていたっていいだろう? つ、月が綺麗だから」
「月ね……」
再び、視線を逸らして、瞳は同じ夜空のともしびを見つめる。
俺にもミマイにも分かっていた。
「……わかっているよ。お別れの時が来たんだね」
俺は、息をのんだ。
「お別れだなんて言うなよ。ただ……」
「はっきりとサヨナラを告げてよ。レイ」
俺にそれをさせるのか。
愛おしいミマイと別れられないのに、サヨナラだなんて。
「すまない……」
俺は、深く頭を下げた。
ミマイは、こっちの世界でもやはりミマイだ。
「サヨナラは、僕を守るためなんだろう?」
俺は、参った。
洞察力が鋭いのはいつものミマイだ。
分かっているのに。
「だって、レイはいつだって僕の救世主だったから」
俺は思わず自分の心の臓をつかもうと胸の上からぎゅっと空振りして握ってしまった。
救世主って何だよ。
何も救えていないではないか。
「僕も別れは楽しくなんかないよ。仕方がないんだろ? だから、だから、僕だってサヨナラしか、レイに残せないんだ」
ミマイは俺の体を小さな体で懸命に抱きしめた。
「ありがとう……」
俺からミマイが軽くなって行った。
「サヨナラ……」
俺の瞳にミマイの涙がほとりとあつかった。
「……ミマイ! 俺からも……。幸せをありがとう!」
月夜の中、胸に去来するサヨナラを杖に立ち上がる。
***
「僕は、ここにいても多分呼ばれない」
それは、確実だと俺も思う。
「むくちゃんは、どうなのだろうな……」
ベビーカーの中ですやすやと眠る我が子を見つめる。
「確かに、僕もそれは心配している」
「むくちゃんがどんな存在か分かるな、ミマイ」
俺は、恥ずかしいが、万が一この世界のミマイでも、むくちゃんを愛してお世話をして欲しいと思っている。
「うん、レイと僕との愛の結晶かな」
「ミマイ、愛の結晶は古いよ!」
深夜で寒くなって来たのに、気持ちがあたたまった。
「はは」
「ははは」
あの時と同じ。
ただ、今夜は晴れている。
俺は、一歩前に進んだ。
できれば、ミマイとむくちゃんはこの世界でも幸せでいて欲しい。
ミキモトせんべいの軒下に突撃したトラックは、眩しかったがよく覚えている。
座席の前に、ぬいぐるみを沢山並べた女性ドライバーだった。
そろそろ、時間だ……。
度胸のない俺は空の満月にお願い事でもするかな。
――来た!
バーバー!
バー!
あの時と同じけたたましいクラクションだった。
***
今度は事故ではない。
俺は呼ばれて行くんだ。
あの時、女性だと思ったのは、クロスのような美しい人だったからだろか。
いや、俺に眩いライトを向けているのは、クロス自身だ!
俺は、まがい物の世界を旅する旅人となってしまったのか。
ライトは、とうとう俺の全身を包み込んだ。
――ここは、俺がいるべき世界ではなかった。ここも俺が望んでいた世界ではなかった。
一瞬にしてよぎった。
「帰ろう! あの世界へ! ミマイが待っている!」
フロントガラス越しにクロスの叫びが聞こえた。
ヘッドライトが、レイとむくちゃんの姿のみをくっきりと切り取り、影は店のシャッターへと落ちて行った。
レイの胸からは六芒星が飛び出し、ベビーカーの奥からは五芒星が飛び出した!
六芒星と五芒星が二重らせん構造のように天へと向かって開く……!
「俺の六芒星とむくちゃんの五芒星の力が……! 覚醒か?」
「ばっぶ。ぱーぱ! レイぱーぱ」
ふよふよと空を泳いで来た。
「むくちゃん……」
見ると、ミマイは、影の中で眠っている。
少しほっとした。
だからか、俺は、微笑んだ。
「想い、具現化、そうだったのか……」
異世界まで何マイル?
痛いなーと脇腹を押さえて、キャッチコピーを考える育児アンドロイドぱーぱだった。
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