PS07 嫁EEEEE!家族になろう

――PS07 キミのゲンジツとセンタク――


「く……。いたたた」


 眩しかった魔法陣はもう消えている。

 俺は、よく辛党のミマイが好んで通ったミキモトせんべいの軒先で腰を打っていた。

 この年でも要の腰は痛い。

 どうやら、ここは元の世界のようだ。


「おおい。ミマイ! よく、よくがんばったな。無事で偉いぞ」


 ゲリラ豪雨の中、ハグを三回した。

 ベビーカーの中には、どろんこのむくちゃんがいた。


「ばーっぶ。っぶ」


 俺の本能がくすぐられた。


<オジョウサマ・オメシモノヲ・オトリカエイタシマス>


「ハルミ=ピンク、それよりむくちゃんの顔を拭かないと」


<オクサマ・リョカイイタシ――>


「俺EEEEE!」


 はっと覚めて、元の俺の声に戻った。

 俺、育児アンドロイドのハルミ=ピンクのままじゃないか。

 ぱーぱは、育児アンドロイドにとうとうなりました……。

 ちゃんちゃん!

 じゃないよ!


「ぶっぶ。ばぶぶ」


 確かに俺の愛するミマイもむくちゃんも一体化した新人のハルミ=ピンクさんもいてくれる。

 これで、幸せでないなんて言えないよな。

 ミマイは、元の美しい……。


「俺の嫁EEEEE!」


 むくちゃんは、能力を失ったのかぱたぱた……。


「天使IIIII!」


 本当に、赤ちゃんが飛んでいると、天使みたいだよな。

 俺、ある意味メロメロなんですけれども。


「おや、ミマイ殿。今日はメイクが薄いですね」


 ニヤニヤ。

 おい待てよ。

 すっぴんじゃないか?


「えーと、ミマイ殿は、高校二年生ですか?」


「僕? うん。そうだけど。おじさんは何?」


 俺、ショックUUUUU!

 ミマイが美舞先輩だった空手部の青春、あったかかったなあ。

 微笑ましくも高校生の時の痛い僕っこに戻っているし。

 そうだとすると、まだ、手も繋いでいないや。


「ハルミ=ピンクとむくちゃんは、どうしてここにいるの? さっぱり分からないよ」


 ミマイは、さまざまな記憶を犠牲にして、この時代に来られたらしい。

 辛いだろう……。

 ミマイ。


「よし、物は考えようだ。こらから、皆で家族になろう」


 俺は思った。

 想いの具現化は、家族そろって元気でいる。

 それに違いないと。

 しかし、この世界が、寧ろまやかしの世界なのかも知れない。

 ただ、このひとときでいい……。

 俺にも愛する家族を守る時間をくれた歪んだ世界に感謝している。


「ミマイの大好きな、シシトウせんべいを買って行くか。丁度、大司教に奪われず、路銀にもならなかった分がある」


「シシトウせんべい。ごっくん。おじさん、ありがとうだね。僕、何にもお礼ができないけれども」


 俺は、ゲリラ豪雨が通り過ぎて行くのを願った。


「くっ……。何も変わらないなあ。ミマイ殿は」


  ***


 陽の差し込みで、軒下も眩しくなり、むくちゃんのベビーカーにもフードをかぶせた。

 水たまりも異常な程に乾いて行く。


「ちょっと、ちょっと。何か怪しいな、ここ。でも、これからが、幸せの本番だよ。空振りでもいい。愛さえあれば……。いいと思うよ」


 もう、次はどこの世界へ行くのか分からない。


「ミマイ殿、デートしてくれませんか?」

「ええええ? ハルミ=ピンクと?」


「何度話しても、俺がレイだって分からないのな。いじけちゃーう。


「そうだ、揃いのリングを作ろう」

「リング? 指輪のこと?」


「ああ、お金は出せないから……。うーん。このタンポポでいい? 雨の中、じっと耐えたダンデライオン。お似合いだよ」

「あ、ありがとう。レイおじさん」


 その夜は、帰宅し、冷蔵庫のあるものパーティーをした。


<チョウリハ・オマカセガ・ヨロシイノデスネ>


 包丁を持つと俺の中の、いや、ハルミ=ピンクの中の俺が開花した。


「すっごーい」


 ミマイは、喜んでもりもり食べてくれた。

 ミルクを貰ったむくちゃんは、すやすやと眠ってくれた。

 三人とも長旅で疲れていたかのように。

 次の日は、近くのハイキングコースを楽しんだ。


「お弁当がきらんきらんだ! ありがとう、レイさん」


 その翌日は、近くの美しい川でバーベキューと軽い水遊びをした。


「あははは!」


 こんなに笑うミマイを見るのは、本当に久し振りだ。


「レイ! こっちへ来てよ。冷たくて気持ちがいいよ」


<オジョウサマヲ・ミテイマス>


 あ、しまった……。

 俺のアイデンティティーがあ!


  ***


 楽しい日々が三日も過ぎた頃、終わりを告げられた。

 突然の来訪だった。

 全身を真っ黒なマントで包み、フードを目深に被っていた。

 土汚れが目立ち、身なりもぼろぼろになっている。

 しかし、俺には分かった。

 黒羽に身を落しても、白鳥のように、きらりとした青い瞳に長く波を打たせた金髪は、クロスを物語った。


「ずいぶん探したよ……。戻らないと」


 クロスは薄笑いを浮かべていた。


  ***


「戻るだって……? 何でまた。ミマイだって、俺をレイと呼んでくれるようになったばかりだ」


 俺の想いが具現化した。

 まやかしだとしてもそれに甘んじてここで生きて行きたい。

 それ以上の決意はできない。

 クロスの来訪は、俺にとってもミマイやむくちゃんにとっても何一ついいことがない。


「何故、あの森、あの戦争、あの大司教がいる世界に戻らなければならないのか。ここは、パラダイスだ」


「レイ。ここはまやかしの世界だ……。レイを泳がせておく都合のいい世界でしかない」 


「クロス。まやかしなのは、本当なのか……?」


 俺は、ひとときの休息を得た。

 一度は亡くなったと思ったが、転生した。

 そして、向こうの世界で長旅の末、この世界に舞い戻って来られた。

 今の美しいミマイと可愛いむくちゃんから離れることは俺の望みではない。

 いつまでもだらだらとはしていない。

 再び、医師に戻って仕事をする。

 それでも、この世界にいたら、ダメなのか? 


「レイ、聞いて欲しい。ミマイは、あの世界で、一人苦しんでいる。自分には分かるんだ」


 レイは、ものの数秒で奮起した。


 ――ここはまやかしの中。


  ***


「戻って俺はどうするのだ。あの戦場へ戻って。あの世界には、未来なんてない」

「未来か……。もうレイにはあるだろう。想いが」


「クロス、俺は、率直にクロスの真意が分からなくなっている」

「まあ、いい。一時間後に、ミキモトせんべいの軒下で待て。元の世界へ運んでやる」


 クロスは、ぼろぼろのカラスの濡れたようなマントを翻してふっと消え去った。


 ――ミキモトせんべいの軒下。


 悪夢を忘れない。

 トラックに家族の平和を奪われた場所だ……!

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