第41話 秘めたる想い

 小泉の料理の腕は、お世辞抜きで僕よりも上だった。

 彼女が作った肉じゃがは、僕が作るものとは全然別物の味をしていた。店で出したら金が取れるんじゃないかってくらい美味かった。

 付け合わせの味噌汁も、出汁が効いてるのかいい味がしている。会社の食堂で出されるものよりも全然上だ。

 まさか小泉が、ここまで料理が上手かったとは。今までの彼女の様子を見ていた僕としては驚きである。

「どうですか? あたしの自信作」

 白米を頬張りながら尋ねてくるので、素直に美味いと僕は感想を返した。

「正直、びっくりした。あんたがこんなに料理が上手かったなんてな」

「何ですかそれ。まるであたしが料理できるのが意外だったみたいな言い方ですね」

「意外だったんだよ。会社にいるあんたの様子からしたら全然想像付かないからな」

 何処か脱力したような雰囲気を醸し出していて、仕事ではちょっとしたポカミスをやらかして、他の女子社員とはあまり馴染まない大人しい女。

 それが、僕が小泉に対して持っていたイメージだ。

 そこから料理上手で生活力があるなどという発想に辿り着くはずがない。

「あんたは会社で仕事をしてるよりは家庭に入った方が輝けるタイプなんだろうな。家庭的っていうか。あんたを嫁にした男は、きっと幸せになれるだろうな」

 僕がそう言うと。

 小泉は照れたように視線を手元の茶碗に移して、もじもじとし始めた。

「……三好先輩は」

 小さな声で、問いかける。

「結婚するなら、そういう人の方がいいですか?」

「……うーん」

 ジャガイモを口に運んで、僕は眉根を寄せた。

 結婚……僕もそろそろいい年齢だから、そういうことも考えたことがないわけではないけれど。

 でも、僕の嫁は二次元世界に既にいるから、是が非でも結婚したいとは考えていないんだよな。

 何のかんので、男は独り身でも十分に生きていけるしな。仕事さえしていれば。

「僕は、結婚のことは考えてないな。今の生活で十分満ち足りてるし。あまり他人に自分の生活ペースを引っ掻き回されたくはないしな」

「……全然考えてないんですか?」

「ないな」

 僕がきっぱりと断言すると、彼女の表情が少し暗くなった。

 彼女は顔を上げて、箸の先端をこちらに向けてきた。

「駄目ですよ。三好先輩は、ちゃんと結婚するべきです。独り身なんて続けてちゃ駄目です」

「こら。箸の先を人に向けるな」

 味噌汁をくいっと飲んでふうっと息を吐き、彼女は言った。

「自分の時間を大事にしたいと考えてるなら、それを尊重してくれる女性を選べばいいんですよ。趣味を理解してくれて、それでもいいよって言ってくれるような」

「そんな奴がいるわけないだろ」

 僕の言葉に、小泉の目が力を帯びた。

 彼女は僕の目をじっと見つめて、言った。

「……あたしは、尊重しますよ」

 それは、重きを置いた、力のある一言だった。

「先輩がそう考えているのなら、あたしはそれを邪魔したりしません。先輩のことを第一に考えますし、そんな先輩を支えていく自信だってあります」

「何であんたがそんなことを言うんだよ」

 首を捻る僕。

 短い沈黙の時が、二人の間に横たわる。

 互いに見つめ合ったまま──

 先に沈黙を破ったのは、小泉の方だった。

「……です」

「何だって?」

 小声すぎて聞き取れなかった。

 僕が問い返すと、彼女は大きく息を吸って、先程と同じ言葉を繰り返した。


「好きです。あたし……三好先輩のことが。入社した時から、ずっと」


 その言葉に。

 僕は頭をハンマーで殴られたような、そんな衝撃を感じ取っていた。

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