第40話 お宅訪問

「今日はお肉が安くてラッキーでした。滅多にお肉安くならないんですよ、あのスーパー」

「とか言って、安くなくても結局買うんだろ? あそこで」

「そりゃそうですよ。家から一番近いのがあのスーパーなんですから。あまり重たい荷物持って歩きたくないし」

 仕事が終わって。僕は小泉と一緒に彼女の家の近くにあるスーパーへと続く道を歩いていた。

 小泉は、僕とは違って仕事帰りに買出しをする性分らしい。通勤路が丁度スーパーのある場所と一緒だからついでに済ませているのだそうだ。

 この日も、今日の料理で使う肉やら野菜やらをそこそこの量を購入していた。結構な量のジャガイモが入っているからそれなりに重そうだ。

 重そうだから持ってやると言ったのだが、いつも自分がやってることだし招待した人に荷物を持たせるのは間違ってると小泉が主張して荷物を任せてはくれなかったので、僕は自分の鞄だけを持った身軽な格好で彼女の隣にいた。

「今日は腕によりをかけて作りますから、期待して下さいね!」

「何を作るんだ? ……まあ、材料から何となく予想は付くけどな」

「それなら当ててみて下さいよ。あたしが何を作るのか」

 当てられるわけない、と自信満々に小泉が言うので、僕は微苦笑して言ってやった。

「肉じゃがだろ」

 彼女の表情が笑顔から一転して驚愕の顔に変わる。

「え、何で分かるんですか!」

「だって、肉にジャガイモに人参に白滝……何処からどう見ても肉じゃがの材料じゃないか。むしろそれ以外に何を作るんだって言うか」

 自慢じゃないが僕は結構自炊はする方だ。最近はミラに食事の準備を任せてはいるが、一人暮らしをしていた頃は料理本を見たりして色々と作ったりしていたのだ。

 彼女はがっかりしたように肩を落として、唇を尖らせた。

「あー、内緒で作って驚かせたかったのにぃ。空気読めないんだから、三好先輩」

「おい、僕が悪いみたいな言い方するなよ」

 僕が彼女をがっかりさせたのは彼女がオーソドックスな料理を作ろうとしていたせいだ……と思う。決して僕のせいではない、はずだ。

 けど、何で肉じゃがなのだろう?

「何で肉じゃがなんだ?」

 尋ねると、彼女は何故か視線をその辺に泳がせて、答えた。

「それは……その。三好先輩、いつもお昼御飯に肉じゃが定食食べてるじゃないですか。肉じゃが好きなのかなって思って……」

 確かに、僕は会社の食堂でいつも肉じゃが定食を注文してはいるが……

 普段ラクドナルドに昼飯を食べに行ってる小泉が、何でそのことを知っているのだろう。

 まあ、いいか。肉じゃがが好きなのは事実だし。

「確かに肉じゃがは好きだよ。あの素朴な味付けがいい」

「三好先輩は、和食派なんですか?」

「んー、そこまで拘ってるわけじゃないけどな。でも、食ってる機会は多いかもしれないな」

 そんな感じで会話をしながら歩くこと十分。

 僕たちは、小泉の自宅があるというアパートに到着した。

 煉瓦造りの外観がモダンな感じのお洒落な建物だ。入口にはよく見ると電子ロックが付いてるし、ひょっとしたら最近建てられたばかりの物件なのかもしれない。

 小泉は入口のドアを開いて、僕を中へと招き入れてくれた。

 小泉の自宅は、アパートの二階にあった。

 中にお邪魔すると、ふわりと花の良い香りがした。

 よく見ると、玄関に芳香剤が置かれていた。匂いの元はこれか。

「どうぞ、上がって下さい」

 客用のスリッパを出して、荷物を持って部屋の中へと入っていく小泉。

 ぱちんと照明の電源が入れられて、綺麗な家具が並んだリビングの姿が露わになった。

 女の家には始めて入ったけど……綺麗に掃除がされてるし、何処となく可愛さを感じる空間だな。フィギュアだらけの僕の家とは大違いだ。

 しかし、彼女がゲーマーだと分かる品も、中にはある。

 パソコンデスクに、大型のパソコンが置かれていた。僕が普段使っているノートパソコンとは全然違う、巨大な箱がモニターと繋がったデスクトップ式のパソコンだ。

 あれってゲーミングパソコンってやつだろ。ゲームプレイに特化した能力を持つパソコンで、結構いい値段がしたはずだ。

 モニターの横には、花のような衣裳を纏った女の子のフィギュアが飾られている。あれは、EFに登場するキャラクターだな。

 本当に、EFが好きなんだな……彼女は。

 その彼女は、キッチンスペースにいた。買ってきた食材を流し台に置いて、鼻歌を歌いながら食器棚から上品な形の湯飲みを取り出している。

「今、お茶淹れますので。緑茶でいいですか?」

「ああ。ありがとな」

 僕はリビングの中央にあるテーブルの横に鞄を置いて、椅子に座った。

 熱々の緑茶が入った湯飲みを僕の前に置いて、小泉は着ていた上着を脱いだ。

 ブラウスの腕を捲って、笑う。

「それじゃ、美味しい肉じゃが作りますので。待ってて下さいね」

 再びキッチンスペースに入っていく彼女の背中を眺めながら、僕は出されたお茶に口を付けた。

 彼女は相当自分の料理の腕に自信があるようだし……期待していよう。

 幾分もせずに、包丁が食材を切るリズミカルな音が聞こえてきた。

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