第39話 御礼

 会社に土産として買って行ったクランチチョコは大当たりした。

 僕のデスクに貼り紙を貼って誰にでも触れるようにして置いておいたら、あっという間に完売した。

 特に、女たちに人気で……女って甘いものを見ると途端に目の色を変えるんだな。何だか異次元の生き物を見ているような気分になったよ。

 小林が「オレ一個も食ってないのに」と文句を言っていたが、それはスルーしておいた。大人の男なら潔く諦めろ。

「んー、美味しいです。やっぱりワンダーリゾートのお土産っていったらクランチチョコですよね~」

 最後のクランチチョコを頬張りながら、小泉が笑っている。

 チョコ菓子ひとつでそんな幸せそうな気分になれるのだから、女というのはお手軽だ。

「あたし、ワンダーリゾートに行ったら必ずクランチチョコ買うんですよ。入れ物も可愛いし、チョコは美味しいし、捨てるところがない優秀なお土産ですよねぇ、これって」

「入れ物ばっかりあっても使い道に困らないか?」

 缶は入れ物としてはしっかりしてるし、女だったら使い道を考え付くかもしれないが、男だとこの可愛い柄は普段使いするのにはちょっと躊躇いを感じる。

 まあ、ワンダーリゾートは男女問わず人気のテーマパークだし、それに関するグッズを持っていても人に笑われることはないが。アニメグッズと違って。

「この缶はどうするかな……」

 空になった缶を手の上で弄びながら呟くと、小泉はあっと声を上げた。

「それ、いらないなら下さいよ。飴玉入れにしたいです」

 飴玉入れって……これ、結構な大きさの缶だぞ。この中に飴を詰めるのか? 結構な量になりそうだな。

 まあ、人の道具の使い道にあれこれ口を出す気は僕にはないけど。

 僕は缶を小泉に差し出した。

「いいよ。持ってけ」

「やった♪ ありがとうございます」

 缶を受け取った小泉は嬉しそうだ。

 その姿を見ていた僕の脳裏に、一昨日ワンダーリゾートで玩具の指輪を買ってやったミラの顔がよぎる。

 あいつ、玩具だってのに凄い嬉しそうにしてたよな。あいつのことだから指輪の本当の価値が分かっていないんだろうとは思うが、まるで極上の幸福を形に表したような喜びようだった。

 僕は……彼女のことを少しは幸せにしてやれたんだろうか。そのようなことをふと思う。

「そうだ、三好先輩。今日、仕事が終わった後時間はありますか?」

 小泉は大事そうに缶を抱えて、思い出したように唐突に言った。

「ん?」

 小泉の言葉に意識を現実に引き戻された僕は、目を瞬かせて彼女の顔に注目した。

 彼女は何かを強請るような顔をして、僕のことを見つめていた。

「今日……あたしの家に来てほしいんです」

「へ?」

 小泉の自宅に?

 何で、また。

 僕が小首を傾げると、彼女は理由を口にした。

「ほら、この前の飲み会の後、三好先輩に迷惑かけちゃったじゃないですか。そのお詫びと、朝食を御馳走してくれた御礼を兼ねて、夕飯を御馳走したいなと思って……」

 何だ、あの時のことをまだ気にしてたのか。

 僕の中ではそれはとっくに片付いたことだから、すっかり忘れてたよ。

 というか、小泉って結構律儀なんだな。僕だったら忘れたい黒歴史はさっさと忘れちゃうもんなんだけどな。

「別にいいのに。そんな小さなことを気に掛けなくても」

「小さなことじゃないです! 重要なことですよ!」

 小泉が急に大声を出すので僕はびっくりしてしまった。

 目を丸くした僕の顔を見て、はっとしたように急に声のトーンを落として、言う。

「あ、その、だから……あたしはその時の御礼をしないと気が済まないんです。なので、あたしを助けると思って家に来てくれると嬉しいです」

「それで、わざわざあんたの家に? その辺の店で食うんじゃ駄目なのか?」

 僕が質問を投げかけると、彼女は僕から目をそらしてぽつりと呟いた。

「……手料理じゃないと意味がないじゃないですか」

「?」

「いえ、何でも」

 とにかく、と彼女は念を押してきた。

「今日は夕飯を御馳走するって決めましたから! 来て下さい、約束ですよ!」

 言い終えるなり、自分のデスクへと戻って行ってしまう。

 おいおい、強制かよ。普通は僕の都合を訊くもんなんじゃないのか。

 まあ……特に予定があるわけじゃないし、いいんだけど。

 ちぇ、帰ったらフィギュアの配置替えをしようと思ってたんだけどな。

 僕は肩を竦めて、トイレに行くべく席を立った。

 あ、そうだ。ミラに今日は夕飯いらないって伝えないとな。

 鞄の中からスマホを取り出して、それを片手に僕はトイレへと向かった。

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