第28話 今は今

「へぇ、ミラちゃんに妹がねぇ」

「姉以上の電波娘だよ。こっちの言う常識なんてまるで通じないんだから、疲れる」

 肉じゃが定食を食べながらそう呻く僕に、青木はあははと笑いながらお疲れさんと言った。

「でも、賑やかでいいじゃないか。俺は一人暮らしだから、人との会話がある生活って憧れるな」

「……だったらあんたが引き取ってくれよ。あの二人」

「いや、それは遠慮しとく」

 わかめの味噌汁をずずっと啜って、青木は肩を竦めた。

「ふと思ったんだけどさ、三好」

「何だよ」

「ミラちゃんもネネちゃんも、自分の家族のために子供が欲しいからお前の家にいるんだよな」

 あの二人の言い分を信じるならば、そういうことになる。

 男の子供を産まなければ王家が滅びてしまうから、そのために僕と子供を作りたがっているのだ。彼女たちは。

 まあ、ミラの方は僕に恋慕の感情を持っていると彼女が言っていたけれど。

 彼女たちが取る行動の根底には常にそのことがあるということは、分かっている。

「ということはさ、つまり」

 箸の先端をこちらへと向けて、彼は言った。

「もしも彼女たちに子供ができたら……彼女たちは、自分の家に帰っちゃうってことなんだよな? お前の家を出て」

 もしも、僕があの二人を抱いて子供ができたとしたら。

 彼女たちは、僕の傍から離れて自分の家に帰るのだろう。

 世界の何処になるのか、それは分からないけれど。

 僕の目の前から去っていく、その時が訪れるのだ。

「それって……何だか淋しいよな。お前はそう思わないか?」


 家に帰れば当たり前のように僕を出迎えてくれていた顔が、なくなる。

 笑顔で「おかえり」と言ってくれていたあの温かさが、なくなる。

 最近それに慣れて、それが当たり前になっていた僕にとって、それは。

 いざその時が来たら、その空虚感に耐えられるのだろうか。そう思ってしまった。


 いつの間にか。

 僕の心は人と接する温もりを求めていることに気付かされた。

 口では三次元の女など御免だと当たり前のように言っていたけれど。

 本当は、楽しいと思っていたのだ。今の生活を。

 大事だと思っていたのだ。彼女との交流を。

 その暮らしを壊したくないために──

 僕は頑なに彼女を抱くことを拒んでいるのだろうか。


「まあ……いつかはその時が来るんだとしても、今は今だ」

 焼鮭を頬張りながら、青木はふっと微笑む。

「一緒にいる間は、大事にしてやれよ。二人のこと。今は、今しか味わうことができないんだからさ」

「…………」

 僕の視線が自然と味噌汁の器に向いた。

 ミラは……僕が教えた甲斐あって料理を作るのが大分上手になった。

 特に、味噌汁が美味い。あの素朴で優しい風味は、僕には作ることができない。

 もしも、彼女と別れる日が来たら──

 もう二度と、彼女の作る味噌汁は味わえないのだ。

 それは何だか嫌だなと、思った。

 ああ、そうか。

 それが、今の僕がミラに抱いている気持ちなのだ。

 恋愛感情とは異なる感情なのかもしれないけど──

 本物の、彼女に対する気持ちなのだ。

「……少し、真面目に考えてみるよ。あいつらのこと」

 ぽつりと言った、僕のその言葉に。

 青木は笑って頷いて、それがいいよと言ったのだった。

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