第26話 計り知れない妹
「櫂斗さん、遅いです!」
帰宅した僕を、ミラは肩を尖らせながら出迎えた。
薄く漂ってくる素朴な匂い……この匂いは肉じゃがか。
僕は悪かったと謝りながら部屋の中に入った。
「残業だったんだよ。寄り道してきたわけじゃないんだからそんなに怒るなって」
「せっかく作ったお料理、冷めてしまいました……出来立てを櫂斗さんに食べてもらいたかったのに」
「そんなの温め直せばいいじゃないか」
肩を竦める僕。
全くもう、と言いながら、ミラは頬をぷくっと膨らませた。
「これからは遅くなる時は一言教えてほしいです」
「そうだな。これからは電話するようにするよ」
電話よりもスマホでメールの遣り取りをする方が僕にとっては楽なのだが、ミラはスマホを持っていないから仕方がない。
僕の名義でもう一台スマホを買ってミラに持たせるのはありかな……と、そんなことをちらりと考えた。
「ミラ姉様」
僕の陰からひょっこりと顔を出す小さな姿。
そういえば、もう一人いたのを忘れていた。
僕は横にずれて、ネネを室内に招き入れた。
「会いに来たよ。元気そうだね」
「ネネ!?」
ミラは酷く驚いた様子で、ネネに注目した。
この様子……知らない相手、というわけではなさそうだ。どうやらネネが言うミラの妹という話は本当のことのようである。
「どうしてネネが此処にいるの!?」
「姉様のことが心配で見に来たに決まってるじゃない」
ネネは腰に手を当てて、僕のことをちらりと横目で見た。
「姉様がどんな男を選んだのかも気になってたし」
さわり。
彼女の小さな掌が僕の尻を撫でる。
……おい、何で尻を触ったんだ、こいつは。
女の子は普通そういうことに対しては恥じらいを見せるものなのだが、彼女はどうも女の子としての常識が欠如しているようである。
この姉にして、この妹あり。普通じゃない、この姉妹。
「姉様がちゃんと子作りに励んでいるか、しばらく観察させてもらうから。宜しくね」
「……おい、ちょっと待て」
僕は眉間に皺を寄せてネネを見た。
尻を撫でる手をぴしゃりと叩いて追い払い、尋ねる。
「その口ぶりだと、あんた、しばらくこの家に住むみたいな風に聞こえるんだが」
「だから、そう言ってる」
それがどうした、とでも言わんばかりにネネは即答した。
「貴方、男なんだからそれくらいの甲斐性はあるでしょ。私一人くらい増えたところでどうとも思わないはず」
「此処は迷子預かりセンターじゃないんだよ!」
僕は思わず大声を上げていた。
「あんたには常識ってもんがないのか!? 男の家に上がり込むことに少しは危機感を覚えろよ! もしも僕が誰彼構わず襲うような奴だったらどうする気なんだよ!」
「私たちの目的は子供を作ることだから、それはそれで構わない。姉様でなく私に子供ができても父様たちは喜んでくれる。万々歳ってやつ?」
駄目だこいつ。ミラ以上に常識が欠如してる。
僕は子供相手に欲情するほど腐ってるわけではないが、この無防備さは危ないんじゃないかって思いたくなる。
一体どういう育て方をされたらこんな性格になるんだ。
「そういうわけで、此処に住むから。私がそう決めたの」
「決めたのって、家主の僕の了承もなしに……」
「これも全て姉様のため。宜しくね、櫂斗さん」
「…………」
僕は俯いて髪をくしゃりと掻いた。
女ってのは計り知れない生き物だ。
僕ってつくづく女運がないんだなと、思った。
「ねえ、私お腹が空いたんだけど、何か食べるものを頂戴」
「今料理を温めるから、皆で御飯にしましょう。良いですよね、櫂斗さん」
「……好きにしてくれ」
勝手に部屋に上がるネネの後ろ姿を見ながら、僕は溜め息をついた。
今度の休日にネネが使う布団とか服とかを買ってやらなきゃな……
何で僕ばかり、こんな目に遭うのだろう。
そんな感じで、僕の家に同居人が増えた。
姉妹揃って同じ嘘をついている電波娘なのか、それは分からない。
ただ何であれ、確かに彼女たちは僕の家の同居人になったわけであって。
彼女たちを泣かせることだけはしないようにしよう、と僕は半ば諦め混じりの気持ちで自分に言い聞かせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます