第25話 夜の訪問者

 今日は久々に残業になった。

 小泉が作った書類に不備が見つかって、それを手直ししていたらいつの間にかこんな時間になってしまったのだ。

 小泉は大して申し訳なさそうでもない顔をしながら謝って、手伝ってくれた御礼に居酒屋で食事を奢ると言っていたが僕は丁重にそれを断った。

 小泉の酒癖の悪さはこの前の飲み会で十分に思い知ったからな。またあんな思いをするのは御免である。

 そんな感じで、二十二時近くになった夜の帰り道を僕は溜め息をつきながら歩いていた。

 家ではミラがいつものように夕飯を作ってくれているはずだから──こんなに遅くなったことを謝らないといけないな。

 あいつ、怒ってるだろうか。そんなことを考えつつ、僕はアパートに帰り着いた。

 腰のポケットから鍵を取り出して、玄関へと近付いていく。


 そこで──見慣れないものを目にして、僕は足を止めた。


 玄関の前に、一人の少女が立っていた。

 年齢は、大雑把に見て十二、三歳くらい。身の丈は百四十センチほど。金髪を丸くボブカットにしエメラルド色の瞳をした娘で、何処かで見たことのあるデザインの白いワンピースを身に着けている。

 このシチュエーションに、僕は軽い既視感を覚えていた。

「……おい?」

 とりあえず、こんな時間にこんな小さな少女が外にいるのは色々と問題だ。

 僕は彼女に呼びかけた。

「そこは僕の家だぞ。こんな時間に外にいるなんて、親が心配してるんじゃないのか」

 空を見上げていた少女の瞳が、こちらに向いた。

 小さな声で、彼女は答えた。

「父様も母様も、私のすることは許してくれる。だから問題ない」

 まるで某アニメの少女のような、控え目な声音である。髪型も似てるし、余計に彼女の顔にその顔が重なって見えた。

 少女は僕をじっと見つめて、言った。

「姉様が選んだ男がどんな奴なのかと思って来たけど……何か期待外れ。もう少し甲斐性のある男だと思ってた」

 玄関の前から離れて僕の目の前までやって来ると、彼女は右手をこちらに伸ばしてきた。

 がしっ。

 何の迷いもなく、僕の股間を鷲掴みにする。

 唐突の攻撃に、僕はぎょっとして思わず少女の顔を見つめた。

「……此処は大きい」

 そのようなことを呟きながら、ぐっと爪を立てる。

 何とも言い難い感覚を覚え、僕は慌てて少女の手を払った。

「な、何するんだいきなり! 女の子がこんなことをするんじゃない──」

「ミラ姉様は何処。姉様に会わせて」

 払われた右手を下に下ろしながら、少女が淡々と告げる。

 ミラ姉様。

 その言葉に、僕の動きが止まった。

「……ミラ姉様?」

「私の名前はネネ・シグル・ロクシュナ」

 少女は静かに名乗る。

 風が吹き、彼女が纏っているワンピースの裾をふわりと持ち上げた。

「ロクシュナ王国の第二王女。ミラ姉様の実の妹よ」


 あいつの言うことは全てが電波だと思っていた。

 でも、実のところは──全て、本当のことだったんじゃないか?

 そう思いたくなるような出来事が起きた。

 ミラの妹。そう名乗る少女は、表情ひとつ変えずに僕のことを見つめている。

 同じ嘘を言う電波娘が二人に増えたとは、思いづらい。

 でも……エンケラドスに国があると未だに信じられない気持ちがあることも事実だ。

 果たして、この少女は何なのか。本当にミラの妹なのか。

 頭の中をぐるぐるとさせたまま、僕は事の真相を確かめるために──

 彼女を、家の中に招き入れた。

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