第16話 愛を紡ぐ女
下車する駅が違うということで、電車の中で小泉とは別れ。
一人で僕が自宅最寄の駅に到着した頃には、空は夕暮れ色に染まっていた。
そこそこ多い乗客たちの波に揉まれながら、僕は駅を出る。
カラスの澄んだ鳴き声が遠くから聞こえてきた。
「ふう……」
息をつきながら、僕は自宅に向かって歩いた。
手に提げたそこそこ大きめの袋が歩調に合わせて前後に揺れる。
これは、秋葉原で手に入れた御当地饅頭だ。萌えキャラの顔が焼印されている秋葉原名物の土産物である。
家で待っているミラに何か良い土産はないかと考えて、饅頭ならまぁ当たり障りないだろうと思い購入したのだ。
ゴミ捨て場の横を通り過ぎる。
そういえば、ミラと出会った時も夕暮れ時だったっけな……
そんなことを考えつつ、家路を進んでいく。
やがて家に到着し、僕は何気なく玄関のドアを開けた。
「ただいま……」
家の中に呼びかけて、中へと入る。
リビングで、僕に背を向けて座っているミラの姿が目に飛び込んできた。
ミラは僕の言葉にぴくりと反応を示して、肩越しにこちらを振り向いた。
「櫂斗さん……」
彼女は「おかえり」とは言わなかった。
ほんのり色付いた彼女の頬を、大粒の涙が伝って落ちていく。
彼女は、服を着てはいなかった。
「なっ!?」
驚愕に目を見開く僕の元に、彼女が駆けてくる。
僕を押し倒す勢いで、彼女は僕に抱き付いてきた。
「櫂斗さん!」
胸に押し付けられる彼女の肉が柔らかい。
が、そんなことはどうでもいい。
何でこいつは裸なんだ。
僕は抱き付く彼女を半ば強引に引き剥がした。
「こら、服を着ろ! 家だからって何て格好をしてるんだ!」
「櫂斗さんが此処で私と子作りをして下さったら着ます」
「だから、僕はあんたとそういうことをするつもりはない……」
「私は、悔しいんです!」
僕の言葉を遮ってミラが叫ぶ。
「他の女性の元に行ってしまう貴方を引き止めることができない自分が……貴方に魅力的に思われない自分が、情けないんです!」
溢れる涙が、雫となって床へと落ちる。
ミラは全身を震わせて、よく見ろと言わんばかりに体を僕へと曝け出してきた。
「貴方を想うほどに淋しさが大きくなって……この体は貴方を欲して……自分で慰めても、この空虚な気持ちは大きくなる一方でした」
彼女の言葉に、僕はつい視線を彼女の下半身へと向けた。
髪と同じ色をした茂み。その下──内腿が、僅かに濡れ光っているのを見つけることができた。
……ああ、だから彼女は裸だったのかと──僕の中で合点がいった。
「私は、エンケラドスに残してきた一族のために、何としても貴方と子供を作らなければなりません……その使命を忘れたわけではありませんが、今はそれ以上に、貴方のことが愛おしい。純粋に貴方の愛が欲しいと、思っているのです」
それは、彼女の告白だった。
二十六年間生きてきて、初めて三次元の女から貰った愛の言葉であった。
僕は、それに──心臓を両手で取り上げられたような、何とも言い難い感覚を感じ取っていた。
「お願いです……少しでも私のことを大切に思ってくれているのなら、今この場で、私を抱いて下さい。私に……貴方の子供を産ませて下さい。使命を果たさせて下さい……」
いつかの夢で見た、僕に必死に訴える彼女の姿。
それと、目の前の彼女の姿が重なって見えた。
女というものは、どうしてこうも、愛に対して貪欲なのだろう。
欲求に対してその気になれば手一本で事足りてしまう僕からしてみたら、彼女のこの気持ちは何処か違う世界のもののように思えた。
だけど。
彼女がその気持ちに対して本気でいるということは、伝わってきた。
「……僕は」
僕は、静かに息を息を吐いて。
未だに泣いている彼女の顔を見据えて、口を開いた。
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