第15話 夢の世界のカフェ
アロレイヤとは、EFシリーズ十四作目に登場する世界の名前らしい。
その名前を冠したカフェは、カフェと言うよりもレストランといった雰囲気を湛えた何とも非現実的な装いの店だった。
ステンドグラス張りの木造の空間は、まさにゲームの世界に存在している店といった造りをしている。壁に飾られた剣や弓といった武具のオブジェが、山吹色のランプの光に照らされてきらりと鋼の輝きを放っていた。
空間の中央に並んでいるのは、ガラス張りのショーケース。その中には色々な絵が描かれたカードのようなものが並んでいる。
受付で受け取ったメニューと料理の注文書を手に案内された席に着いた僕たちを、おそらくゲームの中に登場する誰かの格好を模しているのだろう、ちょっと変わった作りのメイド服を身に纏ったスタッフが笑顔で出迎えてくれた。
「アロレイヤカフェにようこそお越し下さいました。これから、当カフェでのルールを説明させて頂きます」
スタッフは部屋全体に響き渡るような大きな声で、色々ある注意事項をひとつずつ丁寧に説明していった。
時折ゲーム用語を織り交ぜて話しては、客たちの笑いを誘っていた。こういうのはファンならではのお楽しみ要素だな。
説明が終わると、ゆったりとした音楽が流れ始めた。小泉曰く、これはゲーム中で実際に使用されている音楽らしい。
何から何までファンにとっては嬉しい仕様のカフェなんだな。此処は。
感心しながら、僕はメニューを開いた。
「……うは」
そして、思わず声を漏らす。
メニューに載っている料理の値段が……結構ないい値段なのだ。
ドリンク一杯の値段だって、コンビニでペットボトルのお茶が何本買えるんだって値段設定になっている。
料理なんて、更にその上をいく値段だ。
これは、あれだ。お祭価格というやつだ。限定デザインをしたフィギュアがノーマル版よりも高いのと同じ理屈なんだろう。
僕が絶句していると、同じくメニューを開きながら小泉が話しかけてきた。
「先輩、お財布事情が厳しかったら言って下さいね。あたしが払いますから」
「……馬鹿、後輩に奢られるほど甲斐性なしじゃないっての」
軍資金を多めに用意してきて良かった。心密かに僕はそう思った。
目についた料理を適当に注文し、待っている僕の前で小泉は必死にスマホのカメラを店内へと向けていた。
この店は撮影が許可されているらしい。というよりもむしろ推奨されているらしく、そのために武具や絵などを飾っているらしかった。
他の席にいる客と立ち話をするのもOKなのだそうだ。
「先輩は撮らないんですか? 写真」
「僕はいいよ。このゲームやってるわけじゃないから、見ても何なのか分からないからな」
「あ、それなら一緒に写って下さいよ。記念に」
言うなり彼女は、店の奥にあるカウンターで何かの作業をしているスタッフを呼んだ。
猫耳付きのカチューシャを着けたスタッフは笑顔でこちらに来ると、小泉のスマホを受け取って写真を撮ってくれた。
「待ち受けにしよっと」
鼻歌混じりにスマホを操作して、今撮ったばかりの写真を待ち受け画面に設定する小泉。
じゃん、と言いながら設定を終えた画面を僕に見せてきた。
「いい記念ができました!」
「そりゃ良かったな」
しっかりと僕も写っている写真を待ち受けになんかしないでもらいたいのが本音なのだが。
まあ、彼女が満足そうにしてるならいいか……と思って気にしないことにした。
そんな感じで小泉が遊んでいるのを見物しているうちに、注文した料理が運ばれてきた。
「こちらは料理を注文して下さった記念にお配りしているコースターになります」
ガラスのショーケースに飾られていたカードのようなものが手渡される。
このコースターとやらは全部で三十種類あり、これを収集するのがファンの間では楽しみになっているらしい。
僕が受け取ったコースターには、黒い大剣を構えた鎧姿の騎士が描かれていた。文字も書いてあるが……奇妙な形をしていて何と書いてあるのかは読めなかった。
僕の手元を覗き込んで、小泉が目を輝かせた。
「あっ、暗黒騎士だ! いいなー」
「……欲しいならいるか?」
僕はコースターを小泉に差し出した。
つぶらな瞳を丸く見開いて、彼女は僕を見る。
「え……いいんですか?」
「別にいいよ。僕はこれを集めてるわけじゃないしな」
「うわぁ、ありがとうございます!」
コースターを受け取った彼女は本当に嬉しそうだった。
こんなものでここまで喜べるなんて……ファンというものは分からないな。
まあ、僕もフィギュアを買った時に限定のおまけが貰えたら嬉しいし。その時の心理と似たようなものなのだろう。多分。
「それに気を取られてないで料理を食えよ。冷めるぞ」
きらきらした瞳で僕から貰ったコースターを見つめる小泉を嗜めて、僕は皿の上に載った肉団子にフォークを突き立てたのだった。
カフェは利用時間が決められている。
指定された時間になり、会計を済ませてカフェを出た僕たちは、頭上に広がる眩い色の空を見上げた。
「あー、楽しかったぁ」
小泉はまだ興奮冷めやらぬ様子で、にこにこしている。
僕はというと……ちょっと疲れた。
四六時中ハイテンションの小泉に付き合っていたからだろう。
まさか彼女が、こんなによく喋る女だとは思わなかった。
「今日は付き合ってくれてありがとうございました、三好先輩」
「堪能できたのか?」
「はい! すっごく」
彼女はきっぱりと断言した。
それから僕の手を取って、ぎゅっと握る。
「あたし、今日のこと絶対に忘れません。一生の思い出にします」
一生のって大袈裟だな。
そんなにカフェに行けたことが嬉しかったのか。
まあ、確かに変わった体験ができてそれなりに楽しめはしたけれども。
「また来たくなったら誘ってもいいですか?」
また……か。
小泉には彼氏はいないんだろうか。だから話が分かりそうな僕を誘ってくるのか。
僕は独り身だから、今はそれでも構いはしないけれども。
いつかは、僕じゃなくてちゃんとした連れて行くべき人を作ってその人と行くようにしてほしいと思う。
僕を彼氏の代用品にするのは勘弁してほしいものだ。
「まあ……僕にも都合があるからな。体が空いてる時だったら、付き合ってやるよ」
「言いましたね? 約束ですよ!」
ぴっ、と人差し指の先を僕の鼻先に突き付けて彼女は言う。
その表情は、真面目に引き締まっていて。
本気なんだな……と、僕はそう感じた。
「さ、帰りましょう。今ならまだラッシュの時間じゃありませんし。電車空いてるかもしれませんよ」
にこりと微笑んで、小泉は歩き出す。
往来する車に起こされて吹きつけてくる風が、彼女の髪を揺らす。
その様子をまるで花畑を見ているようだと独りごちながら、僕は彼女の後ろをやや遅れて歩き出した。
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