第14話 待ち合わせ
約束の土曜日。その日は朝から雲ひとつない快晴だった。
やっぱり、外に出かける日は天気が良い方が気分がいい。
平日よりも少し遅めに起床した僕は、ゆっくりと出かけるための身支度を整えた。
外出着として愛用している白いシャツと紺のズボンを着用し、ベルトをしっかりと締める。腰のポケットには折り畳んだハンカチを入れて、秋葉原散策の時に愛用しているちょっと大きめの肩掛け鞄には軍資金を入れた財布と折り畳み傘を入れた。この天気だし傘は必要ないとは思うが、備えあれば憂いなしというやつだ。
洗面所に行き、丁寧に顔を洗って髪を整え、うっすらと生えている髭を剃る。
鏡に映った自分の顔を見ながら、思う。最近髭が濃くなってきたと思うのは気のせいなんかじゃないよなと。
僕は、自慢ではないが歳の割に結構見た目が若い。髭さえなければ高校生に見えると言われたこともあるのだ。
僕も……もういい歳だな。
ふっと微苦笑して髭剃りを洗面台に置いて、リビングに戻った。
「櫂斗さん。朝御飯は食べますか?」
キッチンからミラの声がする。
彼女はフライパンを振るって目玉焼きを作っていた。
「おう、食べる」
僕は軽く返事をして、戸棚から茶碗と皿を取り出した。
朝飯は、ネギの味噌汁と目玉焼きだった。日本の朝の定番だな。
テーブルの前に座って待っていると、ミラが器によそった白米と味噌汁を持って来てくれた。
早速、味噌汁を一口啜る。
出汁の仄かな風味と味噌の香りを感じる。胃に優しい、良い味だ。
「あんた、味噌汁作るの上手いな」
僕がそう感想を述べると、ミラは嬉しそうに笑った。
「これからは毎日作りますね!」
そんなに僕に褒められたのが嬉しかったのか。
時々ぶっとんだことをする女ではあるが……こうして見ると、結構可愛いところもあるんだな。
まあ、可愛いと思うだけで恋愛対象として見ることができるわけじゃないけどな。
黄身がちょっと固い目玉焼きも綺麗に完食して、僕は時計を見た。
時計の針は九時を指していた。そろそろ家を出なければならない時間だ。
小泉とは秋葉原の駅で十一時に待ち合わせをする約束をしている。待ち合わせ場所には時間よりも早く着いておくのがマナーだからな。
空になった食器を流し台に置いて、僕は鞄を肩に下げた。
「それじゃあ、行ってくる。家のことは頼んだからな」
人がそれなりに乗っている電車に揺られることしばし。僕は何事もなく秋葉原の駅に到着した。
壁に貼ってあるアニメキャラのポスターが僕を出迎える。それを見ながら僕は階段を通って改札へと向かう。
確か……電気街の方だって言ってたよな……
往来する人の波を進んで、駅の出口のところで立ち止まる。
休日にいつも目にするいつもの秋葉原の光景が、目の前に広がっていた。
時間は……十時五十分。後十分か。
道行く通行人に何かのチラシを配っているメイド姿の女の子を見つめながらぼんやりと待っていると。
「三好先輩っ」
背後から僕を呼ぶ聞き覚えのある声が。
振り向くと、そこには笑顔で手を振る小泉の姿があった。
「来るの早いですね。待ちましたか?」
「んー……まあ、待ちはしたけど大した時間じゃないな」
小泉は僕の傍まで小走りで駆けてきた。
今日の小泉は、普段会社にいる彼女とは随分雰囲気が違っていた。
まず、髪型。いつもはシュシュで簡単に束ねているだけの髪が、今日はアップになっている。この花束のような髪型は一体どうやって作っているんだろうか……染めているわけでもないのに、随分と華やいで見えた。
服装も、かなりラフだ。胸元が大きく開いた随分と薄い生地の薔薇の花柄のワンピースを着て、上に白いニットの上着を羽織っている。
履いている靴はかなりヒールの高い白のブーツ。踵の高さは十センチはあるんじゃないか? 見ているこっちの足が痛くなりそうな靴だった。
一言で言うと、随分と若者のスタイルを意識した格好だった。
メイクも結構派手だし……これがあの大人しそうな小泉だとはにわかには信じ難い。
僕が思わず彼女の姿に注目していると、彼女は腰に手を当てて胸を張ってきた。
「今日は三好先輩のために頑張ったんですよ~。どうですか? あたし、可愛くないですか?」
可愛いか可愛くないかと訊かれたら、まあ可愛いんじゃないかと思う。
彼女は、そこそこ可愛い系の顔してるし。
「うん……まあ……可愛いんじゃないか?」
投げやりに言葉を返すと、それが不服だったのか彼女は唇を尖らせた。
「あー、反応薄い! せっかく勝負服で来たのにー。そんなんじゃ誘い甲斐がないじゃないですかぁ」
「僕を誘惑しようとしても無駄だぞ。僕は普通の女には興味ないから」
「ちっとも? ムラムラッと来たりしません?」
「全然」
「えー……ひょっとして三好先輩って……インポ?」
「おいこら」
言っていいことと悪いことがあるっての。
拳で軽く小泉の額を小突くと、彼女はえへへと笑って僕のシャツの袖を引っ張った。
「それじゃあ、行きましょう! カフェは大通りをちょっと行ったところにあるんです!」
「分かった、分かったから引っ張るな」
はしゃぐ彼女に先導されて、僕は歩き慣れている秋葉原の街並みへと繰り出した。
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