第2話 オタクな男と電波な女
ズボンのボタンを外されチャックを下ろされて、暴かれた僕の下着に手が掛けられる。
このまま僕はミラに食われてしまうのか──そう思って僕が覚悟を決めた、その時。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
それを耳にした僕は、全身の硬直が解けていくのを感じ取っていた。
僕は上にミラが乗っているのも構わずに、がばっと上体を起こした。
ミラがよろけて横にころりと転がる。それを押し退けて僕は立ち上がり、さっとベッドの上から降りた。
テーブルの脇に脱ぎ捨てられているミラのワンピースと下着を引っ掴んで、ベッドの方に放り投げる。
「……服を着るんだ」
「そんな、櫂斗様……」
「誰か来てるんだから、着てくれ!」
知り合いでも何でもない女ではあるが、裸の女が部屋にいるのを客に見られるのは色々な意味でまずい。
僕は自分の服を胸元に抱えるミラをベッドに残して、乱れた服装を整えながら玄関へと向かった。
極力部屋の中の様子が見えないように、そっとドアを開ける。
扉の向こうには、小脇に小さなダンボール箱を抱えた運送屋のお兄さんが立っていた。
「佐山急便です。お荷物の配達に伺いました」
荷物、と言われて僕の視線はお兄さんが抱えているダンボール箱に向く。
……そういえば、インターネットで新作のフィギュアを注文してたんだっけ……
あれ、今日届く予定になってたのか。
ナイスだ過去の僕。お前の行動は今の僕の窮地を救ってくれた。
「印鑑かサインを頂けますか?」
「ええと……それじゃあ、サインで」
僕はお兄さんからボールペンを受け取って、送り状に三好とサインを書いた。
箱を僕に渡したお兄さんが、元気の良い挨拶を残して去っていく。
僕は箱を抱えて部屋の中に戻り、机の上にそれを置いた。
これを開ける楽しみは後に取っておこう。
今はとりあえず……
僕はベッドの方に視線を向けた。
ベッドの上にぺたんと女の子座りをしたミラは、僕の言ったことはちゃんと聞き入れてくれたようで、元のワンピース姿に戻っていた。
これで目のやり場に困らずに済む。
あの化け物並みに大きなおっぱい(しかも剥き出し)を見せられるのは、色々な意味で僕の気が休まらないからな。
僕は腕を組んで、ミラの顔をじっと見つめた。
「……あんた、何なんだよ。自分を異星人だと言ったり、いきなり裸になって人のことを押し倒してきたり」
「……櫂斗様は、私の悩みを聞いて下さると仰っていたじゃありませんか」
「話を聞くとは言ったが、あんたを抱くとも抱かれるとも言ってないからな」
僕は溜め息をついてテーブルの自分の席に座った。
すっかり冷めてしまったマグカップの紅茶を一口呷る。
冷めた紅茶は、苦味が強く出てしまっており渋い後味が口の中に残った。
「僕は、いくらあんたが美人でも三次元の女に興味はない。抱くなんてもってのほかだ。分かったか? 分かったら大人しく、自分の家に帰れ」
ミラは……控え目に見てもかなり美人の部類に入るとは思う。
金髪碧眼、抜群のプロポーション。人前に出たら人の注目を集めることは間違いないだろう。
世の中には外国人の女だってだけで興奮する男もいることだしな。
しかし、生憎僕はそういったものに興味はない。
ミラがいくら言い寄って来ようと、それで鼻の下を伸ばすほど飢えているわけではないのだ。
「家に招いた僕の責任だから、帰りは送っていってやるよ。あんたの家は何処にあるんだ?」
「……私は……今帰るわけにはいかないのです」
ミラは決意の滲んだ声で、言った。
「エンケラドスに残してきた一族の者たちのために、私は、何としても子を儲けなければなりません」
……まだ自分がエンケラドス星人だと言い張るつもりなのか。
嘘を貫いても後々自分が辛くなるだけだろうに……そこまで彼女を本気にさせるものは何なのだろう。
「櫂斗様が私と子供を作って下さるまで、私は此処にいます。絶対に諦めません……!」
「諦めないって、あんた……此処に住むつもりなのか?」
「そのつもりです。櫂斗様がその気になるまで、私は此処で待ち続けます」
僕がこの場で彼女を抱けばそれで万事解決する話なのかもしれないが、僕にはその気は全くない。
同意の上とはいえ何処の誰とも分からない女を抱くのは後々犯罪になるような気がするし、何より僕は三次元の女相手には勃たない。
僕にだって相手を選ぶ権利はあると思うのだ。
くそ……人助けだと思って声を掛けたけど、それが運の尽きだったのか。
このままなし崩し的に、素性も知れない相手と暮らすことになってしまうのだろうか。
………………
僕は半ば自棄になり、髪の毛をぐじゃぐじゃと掻いた。
「分かった……」
観念して、呻く。
ぱっと明るくなるミラの表情。
「私と子供を作って下さいますか!」
だからどうしてそっちに発想が行くんだよ。
僕はかぶりを振った。
「違う。此処で僕が何を言っても、あんたには効果がないことが分かった」
諦めの眼差しをミラへと向けて、言った。
「仕方ないから今日は泊めてやる。明日になったら帰ってもらうからな」
一晩ゆっくり寝て頭の中がすっきりすれば、多少は現実的に物事を考えられるようになるはず。
そうすれば、自分がエンケラドス星人だとかいう電波なことを言うこともなくなるだろう。
それまで我慢しよう。犬に咬まれたとでも思って、今日一日くらいはこいつの面倒を見てやろう。
僕は空になったマグカップを持って立ち上がった。
「……どちらに行かれるのですか?」
「夕飯を作るんだよ。あんたも食べるだろ」
流し台にマグカップを置いて、腕捲りをして戸棚の中からまな板と包丁を取り出す。
確か冷凍庫に、チンジャオロースがあったな。ピーマンを混ぜて炒めるだけでできるし、夕飯はそれでいいか。
冷蔵庫からチンジャオロースとピーマンを取り出す僕の様子に興味を持ったのか、ミラが傍へと寄ってくる。
「此処でお料理を作るのですか……私の城の厨房とは随分違いますね」
……もう何も言うまい。
僕は彼女の存在はスルーして、水で洗ったピーマンに包丁の刃を入れたのだった。
我ながら上手くできたと思える出来栄えのチンジャオロースはミラにも好評だった。
これが地球の食べ物なのですねとか言いながら、小さな口を一杯に開けて美味しそうに食べていたよ。
感想がちょっとあれだが、自分が作った料理を褒められるのは悪い気はしないものだ。
夕飯を食べて、風呂に入って、この日は普段よりもちょっと早く就寝となった。
僕はミラにベッドを使うように言い、自分は予備の毛布を押入れから引っ張り出してソファに横になった。
明日は普通に仕事がある日だし、部屋は閉めてしまうつもりだから、その時にミラにはおいとましてもらうつもりだ。
これで、何もない日常に戻れる。
そう思いながら、僕は固いソファの上で眠りに就いた。
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