其の捌

 二条大路を歩き、大内裏の前を通りかかったとき、朱雀門から蘇芳が難しい顔をして出てきた。お互い、報告することがいろいろあるが道端でやることではないので一番近い蘇芳の邸に足を運ぶことになった。

 邸についてから真澄は蘇芳にもう一つの調べた邸の離れでわかったことを話した。雪雅はその間に六壬式盤を使って下手人の居場所を占う。

「つまり、愛しき妻を作り出すために下手人は動いているわけだな?」

「そうだ。そちらはどうだったのだ?」

 蘇芳は少々言いづらそうにしながらも口を開いた。

 最初に訪れた邸の元主は、陰陽寮の人間で歴生だった。元々物腰が穏やかで真面目な男だったが、妻が病で亡くなってからは、気鬱が激しく仕事を休むようになり、いつの間にかやめてしまっていた。邸の使用人も解雇し、数か月前から男の姿を見なくなった。

「調べているうちなんとなくだがわかってしまってな。お前たちの話を聞いて、やはりと思った」

 三人の間に重い空気が流れる。

 ふと雪雅は式盤から手を離し、手近なものを手に取る。

「ぐっ! 何をする!」

 蘇芳に向かって投げられたのは彼が外した烏帽子だった。それを顔で受け止めてしまい、投げつけて来た雪雅を睨み付ける。

「興が乗らん。真澄、笛を吹け」

「貴様、ふざけるのも大概にっ!」

「まぁまぁ蘇芳。ここは私の笛で許してやってくれ」

 掴みかかろうとする蘇芳を抑え、真澄は懐から笛を取り出す。

 丁度、笛が吹きたいと思っていた所に提案をしてくる雪雅は人の心が読めるのではないかと思いながら唄口に口をつけ、音を奏でる。

 目を閉じ、笛の音に耳を傾ける。

 演奏している真澄は、出来ることなら今宵は誰も夢を見ず、安らかに眠ってほしいと願いを込めた。

 演奏後、二人はいつの間にか寝てしまった。真澄は邸の者にかけるものを頼み、二人にかけ、しばらくして目を閉じていた。

 しかし、闇夜を引き裂く女の悲鳴により意識が引き戻される。その女の悲鳴は藤花についている女中の声だ。

 蘇芳は一気に覚醒し、体を起こす。また、雪雅の耳にはけたたましくなく赤子のような神経をかきむしる声が聞こえ、不機嫌そうに頭を抱えながら起きる。

「悲鳴っ!」

「っ、藤花っ」

 跳ね起きた蘇芳は側に立て掛けていた槍をわし掴んで奥に駆けていく。

 真澄と雪雅も後に続く。

「悲鳴に交じって、あの鬼の声も聞こえた。あいつを一人で突っ走らせると不味いぞ」

「わかっている!」

 寝室に近づくほどに血臭が強くなる。辿り着いた先には、八つ裂きにされた女中を踏みつけた鬼の姿があった。奥には、蒼白な顔で震えている藤花の姿がある。鬼はゆっくりと彼女に手を伸ばしている。

 蘇芳は槍を構え、腹部に突き刺す。しかし、鬼は簡単に槍を掴み、そのまま蘇芳を持ち上げ投げ捨てる。投げ捨てられた蘇芳は真澄たちにぶつかり倒れた。

「ぐっ……このっ」

「蘇芳!」

「おい、不味いぞ」

 鬼の手が藤花を掴み上げ、握り込み気絶させる。そのまま庭に出て行く鬼を三人は追いかける。

 雪雅は自分の足では追いつかないと判断し、簀子で足を止め、弓を引く。放たれた矢は藤花を掴んでいる腕に刺さった。

 鬼はうめき声をあげ、荒々しく刺さった矢を引き抜く。真澄は跳躍し、直刀を鞘に納めたまま鬼に向かう。鬼はそれを躱し、塀を飛び越え、夜の都に消えていった。

「藤花っ。すまない! 俺が、俺が下手人に情を移したばかりにっ……」

 悔しそうに拳を握りしめる蘇芳の肩を真澄が叩いた。

「まだ間に合うはずだ。雪雅、場所はわかっているな」

「当然だ。夜が完全に開ける前に片をつけるぞ」

 その言葉に頷き、三人は動く。

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