其の漆

 蘇芳と別れた二人は、二条大路を西に向かう。雪雅が言うには右京の外れにある大きな邸。数年間無人で、もはや持ち主が誰だったかもわからない荒れた建物だ。

「これは……」

「わかるか? ここはな、一家全員が夜盗に押し入られて殺されたんだ。使用人まで皆殺しだ。ここで殺された奴らだけじゃなく、件の被害者の声も微かに聞こえる……」

 胸糞悪いと吐き捨てながら雪雅は敷地に入っていく。そんな彼の背中を悄然と肩を落としながら追いかける。

 荒れ果て崩れている邸を歩き回っていると、離れの入り口が妙に徹底的に壊されていることに気づいた。壊された入り口を無理矢理開き、二人は中に入る。

 中はそれほど荒れておらず、奥にある部屋は、奥の壁に沿って小さな卓と書棚が置かれている。

 真澄は机を調べると、使いかけの蝋燭が五本ほど入った箱と小さな鍵が落ちているのを見つけた。錆びてはいるが使えないことはないだろう。雪雅は書棚を調べていた。棚にあった本は鼠にかじられたり経年で朽ちたりしており、まともに読めるものはほとんどない。辛うじて読めるものもあったが何も関係ない書物である。

「この書棚、変だな。壁との間に隙間がある」

「! 雪雅、ここに微かだが床を擦ったような跡がある」

 膝を付き、机の下から鍵を見つけた真澄は雪雅の呟きで視線をそちらに向けると偶然その跡を見つけた。

 もしかしたらと思い二人がかりで書棚を動かす。ずるずると音とほこりをたてながら動かすと錠付きの扉が見つかった。

「扉か。ご丁寧に錠までついている」

「こっちに鍵があった。これかもしれない」

 鍵穴に刺して回すと、軽い抵抗があってがちゃりと回る。錠が外れ、中に入れるようになり、二人は部屋に入る。光が入ってこない室内は薄暗く、全体的に異臭がする。近くにあった燈台を使い蝋燭を灯す。

 多少明るくなった室内を見渡すと左手に机がぽつんと置いてあるだけで他に物はない。しかし、部屋の奥には大きな黒く四角い染みが出来ていた。

 黒い染みに近づき、膝を付いて床に触れる。

「血、だな。この室内の異臭の原因が置かれていたのだろう。染みのでき方を見るに箱に入れていたのだろう。人一人が入れるくらいの、な」

「どれだけの間この部屋に置いていたのかわからんな。確かに言えるのは、部屋に臭いがしみ込むくらいここにあったんだろうな」

 悲痛な顔をして真澄は拳を握りしめ、雪雅は不快な顔をして机を調べに向かう。

 そこには無造作に置かれた巻物があった。内容は人を作る術だった。それは沢山の人の最も良いものを回収し、それらを繋ぎ合わせて作る。良いものを持つ選ばれた者には夢が現れ、鬼が喚起する。鬼は選ばれた者を運ぶ役目を持っていると書き記されている。

「愚かな。こんなこと、人がやっていいものじゃないっ!」

 雪雅の声は硬く、明らかに怒りを含んでいる。

 最後の方にはこう書かれている。

――もうすぐだ、もうすぐ妻が帰ってくる。あぁ早く会いたい、私の愛しい人。再会したときは妻が好きな菊の香りのする匂い袋を買いに行こう。あぁ楽しみだ。

 最後の記述は術者の想いを綴ったものだろう。彼はただ純粋に妻と再会したかった。しかし、その方法はあまりにも間違ったものだった。

「哀れな男だな……」

「だからと言って禁忌を犯す理由にはならない。人はいずれ死ぬもの。俺は死を受け入れられない弱い奴が一番嫌いなんだ」

 そして二人は邸を後にする。日が大分傾いており、空が茜色に染まりかけている。

 だいたいの情報は集まった。あとは蘇芳が調べた情報をもとに雪雅が占えば、居場所がわかる。

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