其の陸

 雪雅の占いで鬼と事件は繋がっていることがわかった。犯人まではわからなかったが、怪しい場所を特定することが出来た。

 準備をするため、一度出仕することにした。検非違使庁に着くと部下から被害者家中の男について探っていた結果報告を聞いた。男の残した書き付けのようなものが見つかり、それを受け取った。書付の量はそう多くない。日付も飛び飛びで、夢のことも書いてはいるが詳しくはない。

 ふと真澄は一ヶ所気になるところを見つけた。最後の日付は男が死ぬ前の日、そこから数えて三回分のほど前の記述だ。

――なんと美しい姫だ。呼んでいる、姫が。行かねば。菊の花に似た香りがする。この香りを辿ればあの姫に会えるだろうか。あぁ待っていてくれ、菊の君。

「姫? どこかに通っていたという証言はないが、どういうことだ?」

 意味が分からないと首を傾げる蘇芳。真澄は口元に手を添え考える。

 菊の花、香り、匂い袋……。そこでハッと気が付き、首にかけていた匂い袋を取り出す。雪雅から貰い受けた匂い袋も菊の花に似た香りがする。そして、藤花の部屋に炊かれていた香の香りも菊だった。

「そうか……菊の香りだ。おそらく、これも目印だったのだろう」

「なるほど犠牲者の持っていた匂い袋の香りが……。だが、それと夢は何の関係があるんだ?」

「それを確かめるために行くんだろう」

 烏帽子を脱ぎ、髪を首の後ろでくくり真澄は愛刀の直刀を携え、なにがあっても対処できるよう装備を整える。雪雅も戦えるように弓も持っていく。

 検非違使庁を出て二人は雪雅が言っていた怪しい場所を目指す。

 都を二分する朱雀大路から東を左京という。真澄や蘇芳、雪雅が住む左京は栄えているが西側の右京は荒れている。何が理由でそうなってしまったのかわからない。ただ、時代が進むにつれて少しずつさびれ、荒れている。

 おかげで右京側は荒れ果てた邸宅やあばら家が多い。貧しさにあえぐ民人もあちらに多く、貴族たちは右京には滅多に足を運ばない。

「そういえば、右京で発見された被害者の中には足を運ばない者がいたな」

 ふと蘇芳がそう呟いた。

「そうだな。何かに引き寄せられている説が濃厚になってきた。私の勘だが、何かはおそらく菊の君だろう。術の類かどうかを判断するのは雪雅の仕事だ」

 そんな会話をしながら、右京へとはいる。

 目の前に広がるそれに真澄は目を細め、寂しく感じる。建物が並んでいても、妙に荒れた感があり、人が生活している気配があまりしない。

 勿論人は住んでいるのだろうが、下級の役人などは右京に多いというから真澄の思い込みなのだろうが、年々右京側が寂れていく。

 二条大路をしばらく歩いた先に見えた荒れ果てた邸。真澄と蘇芳は目を合わせ、お互いに頷いたのち、崩れた塀を越え、敷地内に足を踏み入れる。

 邸は真澄たちが思っていた以上に荒れており、昼前だというのに薄気味悪い荒れ具合だ。気の弱い者は絶対に近づかないだろう。

 真澄は気にした様子もなく、埃だらけの邸内に上がりこむ。その後に続いた蘇芳は、舞い上がったほこりを吸い込んでしまい咳込む。

「ごほっごほっ……。随分とまぁ……ごほっ」

 自身の着物の裾で鼻と口を覆い、ほこりを吸い込まないようにする。真澄は無理するなよと言いながら奥の部屋に入っていく。

「よぉ。遅かったな」

 奥の部屋には一足先に来ていた雪雅が寛いでいる姿があった。そして、彼の手には古い和綴じの本が握られている。

「すまない。その本は?」

「ここの女房だった奴の日誌だな」

 持ってきた弓を渡し、真澄は隣に腰を下ろして本を覗き込む。蘇芳はよくこんな荒れた邸で寛げるなと眉を顰めながら覗き込む。

 最初の方は何の変哲のない日誌だ。だが、次第に不穏な記述が多くなる。

 奥方が亡くなり、邸の主は様子がおかしくなった。その様子を女房はこう記している。物の怪に取り憑かれている、そうでなければ狂人だ、まともではないと。さらに、邸の主は度々血生臭い臭いをつけて帰ってきており、部屋からは異臭がしていた。

「最後は、葛籠の中を見てそれが死んだ奥方ではないか、そう書かれている」

「なるほど、件の下手人はこの邸の元主か」

 蘇芳は立ち上がり、部屋から出ようとする。

「蘇芳、どこにいく」

「庁に戻ってこの邸の元主を調べる。お前たちは引き続き調査を頼む」

「それがいいだろうな。他にも怪しい場所がある。行くぞ、真澄」

 持っていた本を蘇芳に投げ渡し、雪雅は部屋を出る。雑に渡されたことに不快に思いながらも蘇芳は早足で出る。そんな二人に真澄は肩をすくめながら後を追いかける。

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