其の肆

 捜査の合間に真澄は蘇芳のやしきに訪れた。

「よく来てくれたな、真澄。ところで、なぜ貴様がいる。雪雅」

 蘇芳はあからさまに嫌そうな顔をして雪雅を見る。雪雅もいつもの飄々とした顔をしておらず、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をしている。

 いつも飄々として掴み所のない雪雅と生真面目な蘇芳は互いに馬が合わず、顔を合わせるたびに言い合いをしている。

 そんな相変わらずな二人に真澄は苦笑いを浮かべる。

「そこで会ったんだ。疲れた顔をしていたから理由を尋ねてみれば夢見が悪かったようでな。どこから聞きつけたのか知らないが私が藤花殿に笛を披露することを知っていて一緒に来たようだ」

 不機嫌のままイラついて周囲に火の粉が飛ぶ前に真澄の笛を聞いて少しでも晴れるようにするため同行を許したのだ。蘇芳はため息を吐きながらも雪雅も邸に招き入れた。

「妹はこの中だ」

「なら、ここからは私が行くとしよう。二人はここで待っていてくれ」

「なんだ、俺も一緒ではないのか?」

 つまらんという顔をする雪雅を蘇芳は睨み付ける。今にも怒鳴り声をあげそうな彼を抑制しながら真澄は苦笑いを浮かべる。

「来るときにも言ったが、藤花殿は何かを抱え怯えている。それは身内である蘇芳にも言いづらいことだ。だから、私の笛の音で落ち着かせ話を聞くのだ。他者がいてはなにかと言いづらいだろう。だから、ここで待っていてくれ」

「そういうものか?」

 眉間に皺を寄せ、理解できないという顔をしている雪雅に、そういうものだと言って真澄は藤花のいる部屋に足を向ける。

 中に入ると菊の花に似た香りが鼻をくすぐる。

「藤花殿、真澄です」

「真澄様……?」

 ゆっくりと几帳きちょうから顔出す藤花。発せられた声はどこか弱々しく、顔色も良くない。不安にさせないためゆっくりと頭を下げてから、笑みを浮かべる。

 しかし、藤花は口をもごもごさせるだけで何も言わない。話すことに迷いがあるようだ。

 無理に話す必要はないというように真澄は首を横に振り、懐から笛を取り出す。

「まずは一曲、お付き合い願いますか?」

「……はい」

 彼女が頷いたのを見て真澄は笛を吹く。

 柔らかく澄んだ笛の音が室内を包み込む。藤花は瞳を閉じ、笛の音に耳を傾ける。部屋の外にいる雪雅たちもまた真澄の笛に耳を傾けていた。

 真澄自身も笛を吹くことで、今朝の夢見の悪さが和らいでいくことを感じていた。

 しばらくして、

「…………ご清聴、ありがとうございました」

「素晴らしかったです、真澄様」

 胸の前で手を組み、穏やかな笑みを浮かべる藤花の顔色は先程より良くなっていた。

 安心した真澄は姿勢を正し、彼女と向き合う。そして、胸の内に抱えているものを問う。藤花の瞳が微かに揺らいだが、意を決したように口を開く。

「私は、毎夜夢を見ます……。ある人物を、切り刻む夢です」

 その言葉に真澄は目を見開いた。

 穏やかで、心優しい彼女が誰かを傷つけるなど想像できない。兄である蘇芳はもっと信じられないだろう。真澄は何も言わず、彼女の言葉を待った。

「夢の中で、私は、刃を持ってあの方を傷つけ、よろこんでいる。あの方はとても優しい人です。私を傷つけるようなことは決していたしません。なのに、私は……」 

 藤花は両手で顔を覆った。

「そうです、私はそれに悦んでいるのです。恐ろしいほどの恍惚こうこつなのです。赤く血に濡れたあの方はとても美しかった。泣いて、叫んで、もうやめてほしい、許してほしいと懇願する様ですら、酷く美しく、私は」

「藤花、殿」

 ぽつりと名を呼ぶと、彼女はにんまりと妖しい笑みを浮かべて真澄に手を伸ばす。

「永遠に、私にとどめておきたいのだと。私は、血に濡れたあの方を抱いて、悦んでいる。私は、私は……」

 顔から徐々に首に差し掛かった細い指。虚ろな瞳に真澄は恐怖し、体が硬直した。

 苦しい、首を絞められている。抵抗しようと彼女の手首を掴む。

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