其の参
赤い花が揺れている。誰かの背中が見えては消える。幼い子供の声がする。
「いかないで」
真澄はそれが幼い頃の自分の声だとわかった。
何度も、いかないで、おいていかないでと叫び、父上と何度も呼んでいた。
父の迎えを懇願していた声はやがて、うそつきと連呼するようになった。幼い子供から、少年のそれが増え、大人のものが増えてゆく。耳障りなそれらは、真澄を取り巻いて反響する。
「あんたなんか死ねばいいのに」
紛れもなく自分の声で発せられたそれを真澄は否定する。
「違う。私は……俺は……」
頭を抱え、首を何度も横に振る。ふと顔を上げると雪雅がいた。腹が切り裂かれ、臓腑が顔を覗かせている。口から血を流している彼は笑っており、酷く美しいと思ってしまった。
血濡れの雪雅はゆっくりと真澄に向かって倒れ込んでくる。両腕で受け止め、呼びかけてみるが反応がない。
「お前も、俺を置いていってしまうのか……?」
亡き父のように置いていってしまうのかと、呟きながら雪雅の身体を抱きしめた。大事に、大事にどこにもいかないように強く。
そして、いつの間にか目の前が真っ暗になった。
「…………夢、か」
目を覚まし、体を起こした真澄は頭を抱えた。思い出すことすら憚れるあの夢のせいで朝からとても鬱々しい気分だった。
気持ちいつもより重い頭と体を無理矢理動かして、着替えを済ませる。
家を出るとちょうど蘇芳が通りかかるところだった。
「おはよう。どうした、疲れた顔をしているな」
「夢見が悪かった。詳細は聞かないでくれ」
顔を覆いながら真澄は大きく息を吐く。蘇芳も無理に聞く気はないらしく、背中を軽く叩いて元気づけた。その気遣いに真澄はふっと笑い、何度か深呼吸をして心を落ち着かせた。
出仕してそうそうまた被害者が出たという報告を受けた。今度は検非違使内の身内のようだったがなんとか他言無用で揉み消したそうだ。
真澄は一連の被害者たちの情報を突き合わせるため、蘇芳や部下たちと資料をひっくり返し、角付きあわせて今ある情報を整理する。結果、被害者たちの多くは匂い袋を所持していたことに気づいた。ただ、それは全員ではない。
最初の方の被害者、九条周辺で見つかった被害者たちは匂い袋を持っていなかった。しかし、死体からは確かに香の香りがしていた。最近の被害者たちにも匂い袋を持つものはいなかったが家族や友人が持っているだとか、以前持っていたとか、違いはあれど共通点としては匂い発していたことに落ち着くだろう。
被害者は体の一部分を失っている。ある者は目玉、ある者は鼻、唇、耳、顔、指、脚、腕と人によって同じ個所はない。そして、最近の被害者からは腹を割かれ、失うものが内臓に標的が移っていることに気づいた。
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