Code11:「敗北の味」
相棒とも呼べる相手が、憎き敵の名を自分の名として語った。
自分がその存在だと。器を育てたことへの感謝まで述べて。
そのような行為を目の前でまざまざと見せられて、今のオベイリーフが、激情に呑まれた彼女が、それを許すことが出来るはずがなかった。
「ウィルを返せ」
冷徹な声と共に、彼女は迷いなく銃口をウィルへと向けた。
否、ウィルの中に潜むメービスに。
今の彼女は、自分が想像するよりも遥かに甘くなっているなと、オベイリーフ自身も理解はしていた。
この場を切り抜けるためなら、乗っ取られたと仮定されているウィルを撃ち殺すべきだろう。真偽は定かではないが敵の頭を始末することが出来る可能性もある。
むしろ、この場を難なく投げ出す方が無茶に近い。慣れたものではあるが、既に右肩を撃ち抜かれているのだ。この状態で逃げ出すなど、愚行にも程がある。
かつてのオベイリーフならそう考えていただろう。
だが、今の彼女には護りたいものや取り戻したいものも、同時に存在する。それを自覚しているかは兎も角、その意志に彼女は突き動かされた。
何があろうと、必ずウィルを取り戻す──
「無駄よ」
その想いを踏みにじるかのように、ウィルとなったメービスはオベイリーフの右肩をさらに重点的に撃ち抜く。
流石の彼女でも幾度も撃ち抜かれてしまうと痛みは募り、着実に身体へのダメージは蓄積されていく。
何より、馴染んでいないと本人は言っているとはいえ、明らかにメービスの動きは手慣れているものと同等だ。
器であるウィルを鍛えたことが裏目に出る可能性も考慮はしていたが、こんな短期間でその時が来るとまで予測ができなかったオベイリーフのミスでもあるだろう。
「チッ……!」
痛みを耐えながら振るった右脚も避けられ、続けざまに放った銃弾も完全に見切られ、決定打は愚か掠らせることもままならない状態となっている。
恐らくはウィルの記憶の影響だろう。メービスが器として乗っ取ったウィルは、オベイリーフを師として彼女の戦い方をよく見ていた。
予測の付かぬ行動を取ろうにも痛みがそれを阻み、その隙をメービスは的確に狙い撃つ。
「流石に、まずいわね……!」
万事休す、という言葉があることは知っていたが、今がまさにその時なのだろうか。
メービスの向けた銃口が自身の頭へと向いたのを目に見やり、一瞬死を覚悟するオベイリーフ。
だが諦めるつもりなど無い。諦められるはずがないのだ。こんなところで死ぬわけには──
「ん……」
オベイリーフの気持ちに応えたのか、はたまた偶然か。
突如巻き起こった煙幕に阻まれ、メービスはオベイリーフの姿を見失う。
ここで始末しておけば楽だったのに、と軽めの舌打ちをするが、それ以上に身体に徐々に身体が馴染んでいることに喜びを感じていた。
「──っ」
「ようやく目が覚めたか」
身体に痛みを覚え、WSEPの医務室でオベイリーフは目を覚ました。
傍にはマスターとブラッドが佇んでおり、彼女を心配する様子と、それに加えどこか怒りに近い表情を見せて居た。
二人の視線を浴びて、それも当然かとオベイリーフ本人は決して声を荒げたりなどはしなかった。
相棒を、ウィルを攫われたとはいえ、冷静さを欠いて敵に敗北するなど、恥ずべき行為とも言える。
むしろ、心配されるだけ有難いというものだ。
「悪かったわね、取り乱して」
「いや、もうそれは気にしてねぇよ。仕方ねぇ状況だったからな」
オベイリーフの気持ちも分からないでもないブラッドはそれ以上怒りは見せず、彼女の行動もまた正しい面ではあると素直に言い放つ。
昔の彼女を知るブラッドからすれば、嬉しかった部分もあるのだろう。仲間のために命を賭けられるほど、かつての彼女とは変わっていったのだ。
それを抜きにしても、傷ついて帰ってくることはあまり良しとはしないないようだが。
「だが、どうする? 策はあるのか」
オベイリーフの目を見据え、問い掛けるようにマスターは彼女へ疑問を投げ掛ける。
その問に図らずも彼女の顔は曇り、それらしい策は浮かんでいないことがこれだけでも伺えた。
それだけでは無い。元より彼女は、メービスという女がどれ程凶悪な女なのかを知っている。
アペイロンという仮面で本来の自分を偽り、その上から更に世間体の良い仮面を被る──幾つもの顔を併せ持つ悪女。
それに加えて、ウィルが彼女の手に落ち、何らかの技術が使われたことでウィルの身体に彼女の精神が入るという現象が起こってしまった。
カラクリこそ未だ不明だが、応用されたのは恐らく超能力の類だろう。
彼女が動かすEclipseに超能力を応用する技術を売り渡した人物には、以前のナナとの共闘で目星は付いている。十中八九クリュオテだろう。
しかし今気にすべきはそこではない。
如何にしてメービスの精神を、ウィルから追い出すかが重要な点だ。
「原理が分からない以上、今はどうしようもないとしか言えないわ」
だが、いくら考えたとて、それらしい答えはまるで見つからない。
メービスの精神を追い出せたとして、ウィルの精神が残っているとも断定はできない。
既に消えてしまっている可能性もある。
加えて、戦わなければならないのはメービス。敵のトップだ。どんな卑劣な手段を取るかも分からず、多くの兵士も有している。
対して、此方はオベイリーフとブラッドという二人のエースこそいるが、オベイリーフは負傷。バックアップのウィルは言わずもがな、今は敵に近い存在となってしまっている。
現状で言うのであれば、WSEP側の勝算は──ゼロ。
「……方法はある筈だ。諦めるには、早い」
「マスターの言う通りだな。今はとりあえず休んどけよ」
例え勝算が低くとも、マスターは諦めるつもりは無い様子だった。
ブラッドもまた、そんな彼と同じように諦めるつもりなど毛頭ないまま、二人は何か作戦を建てられないものかと医務室を後にする。
「……ウィル」
一人医務室に取り残され、オベイリーフは自身の無力さと、ウィルを助けたい気持ちに板挟みにされていた。
結局自分は、弟を喪った時から何も変わっていないのだろうか?
自分の力を過信する余り、他者への配慮を忘れ、気づいた時にはもう遅く──
その過ちを、また繰り返すのだろうか。
何のために自分はEclipseを捨てたのか。何のためにWSEPに所属したのか。
このまま、何もしないで終わってしまうのか。
『諦めるには、まだ早いですよ』
意気消沈した様子のオベイリーフの元に聞こえる、聞き覚えのある声。何より、本来のものと言えるその喋り方。
自分の耳を疑った。彼女は今、意識を乗っ取られ敵の手に落ちていた筈。
自身の端末に届いたとされるその声の発信源を頼りに、医務室の壁を伝ってオベイリーフは部屋を後にする。
「何が、どうなってるのよ」
本人の心が弱っているからか、いつもよりも引くのが遅い痛みを抱え、オベイリーフは重い足取りで目的の部屋へと足を踏み入れる。
彼女が導かれた場所。何かを感じ踏み込んだ場所。
そこはウィルの部屋であり、主を待つかのように彼女のパソコンは光り輝いていた。
右肩を抑え、少しずつパソコンの元へと踏み出すオベイリーフ。
その視線が捉えたのは、一際目立つアプリケーション。
「……"Mill.exe"……」
ウィルのコードネームと全く同じexeファイル。
一体何を意味するのか、それすら分からぬまま、オベイリーフはそのファイルを実行する。
そうすることが、何かを意味したような。
その想いに後押しされ、行動を起こした結果、少しずつファイルは読み込まれていき──
それは、パソコンの画面に現れた。
『待っていましたよ、ティナ。まだ諦める時ではありません』
『さぁ──反撃開始と行きましょう!』
よく知った声。よく知った表情。
そして、よく知った度胸の強さ。
「……う、ウィ……ル!?」
コピーと言うべきか。もう一人の存在というべきか。
形容し難い現象ではあるが、これがドラゴの残したカウンター。
ウィルの、最新データだった。
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