Code12:「見定めしモノ」

 データ媒体として姿を見せたウィル。

 その挙動から、間違いなく彼女の意識がデータであろうと"生きている"ことをオベイリーフは確信する。

 彼女はすぐさまブラッド達を部屋へ呼び出し、他ならぬウィルの口から事情を説明させていた。

「にしてもこんなカウンターとはなぁ」

『一番驚いたのは私ですよ! こんな手段が行えるなんて、思ってもみませんでしたから』

 ブラッドの感心するような声に、ウィル本人も未だに驚愕した様子で応える。

 ドラゴが用意したカウンター、メービスの手によってウィルの意識が乗っ取られた場合にでもウィルを完全に失わせずに済む方法。

 彼女の意識をデータとして複製することがまさにそのカウンターだった。

 それだけでは無い。この手法による意識の複製には、もう一つ大きな反撃への足掛かりとなる役目がある。

「それにしても、とんでもない夢物語ね」

 手法をウィルから、引いては彼女に伝える形で資料を残していたドラゴから知らされているオベイリーフはそう呟く。

 成功を確信するほどの自信があるウィルの眼差し、やるしかないだろうと決意を固めるブラッドに対して未だに彼女は果たして成功するのかと思わざるを得ない状態だった。

 だが悩んでいようと仕方の無いことは彼女も自覚している。何かしらの手段を行使できるのなら迷う必要などない。

「作戦は理解したな?」

「当然、な」

 オベイリーフの表情が引き締まったことを確認し、マスターは各々の認識を確認する。

 彼の言葉に真っ先に反応したブラッドは自身の装備が整っていることを伝え、任せろと言わんばかりにサムズアップしていた。

 オベイリーフの傷は未だに完治はしておらず、万が一のことを考慮するとなると、彼女を中心とした連携は命取りとなる。

 それでも戦えないという程ではないため、今回の彼女は後方支援、及び作戦の詰めを担当することとなった。

 幸いなことに彼女が以前拠点へと突入したからは時間はさほど経ってはいない。

 今ならまだ、ウィルの身体を奪ったメービスと再び対峙するのにも運が絡むことはない可能性がある。

「それじゃあ、行くわよ」

 必要な手は全て出揃った。

 後は、実行に移すのみだ。

 オベイリーフの声と共に、ブラッドもまた行動を開始した。


 ​──そして、暫しの時が流れ。

 オベイリーフはブラッドと共に再び拠点を訪れ、メービスがいると思われる最深部へと辿り着いていた。

 それを待ち望んだと言わんばかりに、二人の目の前にはウィルの姿をしたメービスが現れる。

 身体中に付けていた装置を全て外し、代わりかのようにアペイロンとしての仮面を被り立ちはだかる。

「待っていたわ」

 待ち望んだ獲物の出現に心を躍らせ、メービスは仮面越しから瞳を燃やし銃を向ける。

 オベイリーフ達の読みは正しかったのか、メービスは拠点を離れることはなくそのまま居座っている様子だった。

 恐らくまだ身体に精神が完全には定着していないのだろう。それでも二人を相手に戦おうとするのは、邪魔者の排除を最優先とするためか。

 ブラッドとオベイリーフも銃を引き抜き、部屋に緊張の色が走る。

 先に引き金を引いたのは──

「消えなさい」

 やはり、メービスだった。

 負傷した部位を知っている彼女は先ず始末するならオベイリーフと、彼女の右肩に狙いを定め発砲する。

 対するオベイリーフもやはりそれは想定内で、瞬時に態勢を意図的に崩すことで当たることを免れた。

 その隙を当然メービスが狙うが、ブラッドがそれを遮るように飛び込む。

 今回は以前と違ってオベイリーフ一人ではなくブラッドがこの場にいるのだ。

 難なくという形でこそ無いが、以前よりも融通が効きそうな状態にはなっているだろう。

「成程ね」

「オラオラァ! まだまだ行くぞゴルァ!」

 オベイリーフ側の意図を察し、口元を歪ませるメービス。

 既に作戦の一部は見抜かれているが、それを気にも留めずブラッドはひたすらに猛攻を仕掛ける。

 オベイリーフが自由に動けないのをカバーするかのように全力で攻撃を加えていくその様は、闘神とも呼べるほどに勢いづいたものだった。

 これだけの速度で戦ってくれれば、オベイリーフも作戦の準備がしやすいというものだ。

「(……やるわよ)」

『──お任せください!』

 ブラッドが時間を稼いでいる隙に、オベイリーフは端末を操作し拠点内のネットワークへとウィルを忍ばせる。

 その動きを察知したメービスはブラッドを突き飛ばすと、迷いなくオベイリーフの脳天を狙い発砲。

 しかしオベイリーフもまたウィルを救うために迷いはなく、顔を逸らした後に左手の甲で銃弾を受け止める。

 鈍い音が響き、血の滴る音が部屋に流れる。

 あのバカ、とブラッドは一瞬彼女の方を見やるが、何かを読み取ったのか冷や汗を流し即座にメービスの元へ目を向けた。

 確かな覚悟、身を投げ捨てる意思を滲ませるその瞳。

 その一瞬の煌めきは、メービスにすら畏怖を覚えさせるほどのものだった。

「ふぅん……あなたも候補ね」

 しかしその畏怖よりも好奇心が勝るメービスは、オベイリーフにすら可能性を見出す。

 それは、今の身体であるウィルに見せたものと非常に似ており、メービスは尚更口元を歪ませていく。

 ──むしろ、ウィル以上の興味を示している可能性もあるほど。

「っ今だ! スカーライトッ!」

 しかし、その好奇心は非常に有難いものだった。

 ブラッドは隙を逃さずメービスを羽交い締めにすると、即座にオベイリーフへと合図を出す。

 無言で頷いた後、オベイリーフは痛みに耐えながらメービスの懐へと潜り込み、仕込んでいたスタンガンを彼女の首元へと当てがう。

 しかしメービスを気絶させるには至らず、ウィルと同じ顔をした歪んだ表情は何も変わらないままだった。

「いい、いいわ……ウィルだけだと思っていたけれど」

「ッ……!?」

「意外な上玉が居たものね? 素晴らしいわ……次は、あなたを」

 ブラッドに羽交い締めにされたまま、それでも変わらない様子でメービスは言葉を綴る。

 彼女の不可解な様子に動きを止めたオベイリーフを見かね、ブラッドは自身の持っていたスタンガンをメービスへと向け──

 ついに、メービスを気絶させるに至った。

「ったく、苦労したぜ……さ、後はアレだけだな」

「……そう、ね」

 あからさまにメービスの放った言葉を無視出来ずにいるオベイリーフ。

 一体何を意図しての発言だったのかは分からないが、ウィルだけを付け狙っていた筈のメービスが、彼女も標的としたことだけは間違いではない。

 これから先に起こることを危惧しつつも、意識を失ったメービス​──ウィルの身体をベッドへと横たわらせ、身体の節々に装置を取り付ける。

 これが、最後の仕上げだ。

「準備はいい?」

『問題ありません!』

 拠点側のスクリーンに投影された画面内のウィルとの確認も取り、オベイリーフは決められた手順で装置を作動させていく。

 画面側のウィルが徐々に消えていくのに従って、徐々に何らかのデータがコンピュータ側へと移動していくことが確認出来た。

 やがて、ウィルのデータが全て消えるのと同時に、無事に精神が肉体側へと戻ったウィルが重い瞼を空ける。

「ふー……無事に、戻ってこれたんですね。私」

 こちとらお前のせいで苦労したんだぞ、とブラッドに頭を小突かれ、ウィルは申し訳なさそうに苦笑いを見せる。

 先程までの歪んだ表情とはまるで違う、ウィル本人が持ち合わせる感情に基づいた表情。

 それをその目で確認し、改めてオベイリーフは任務の成功を確信していた。

「上玉……次は、私」

 メービスの残した言葉への、言いようもない不安も、抱えながら。


「……ふふ、まさか……こんな結果になるとはね」

 その一方で、メービスはEclipseの本拠地で自身の肉体のまま目を覚ましていた。

 何らかの形で意識を再び上書きされた時に備え、彼女は最初から逃げ道を用意していたのだ。

 それは宛ら、ウィルが手にすることを想定して用意していたのだドラゴのカウンターすらも、察知した状態。

 あの場での過信すらも、全て想定内の出来事のようだった。

「ウィルの技量は手に入れた……それに面白いやり方も見せてもらったからねぇ」

 ウィルの身体で動いていた何よりの理由は、彼女を器として生きることで、彼女の持つありとあらゆる能力を自分のものへとするためだった。

 その点も成功したと言えるのだろう。メービスの脳内には、ウィルが記憶していた様々な知識がこびり付くように残されている。

 ​だが、彼女の最大の収穫は、更に飛躍したものだった。

「意識の直送こそしたけれど、コピーまでは取っていなかった……けれど、それが可能だということを教えてくれたのだもの。……最高、最高だわ……私が欲しいものがまた一つ、手に入る」

 飽くなき欲望を滾らせ、メービスは次なる標的を見定める。

 既に自身の手に堕ちかけているフィオは、最早眼中には無かった。

 次に彼女が見据えたのは、やはり​──

「その力、いずれは私だけの為に振るわせてあげる」

 ​──ティナ・オベイリーフだった。

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