Code10:「器」

 激しい鍛錬、そして二人の敵との相対の末​──

 戦闘要員としての実力も認められたウィルは、いつしかオベイリーフと共に前線へと赴く任務へと出る機会も増えていた。

 それに応じて、彼女に対して舞い込む任務も非常に多くなっていた。

 多くの任務をこなし、時には銃の引金も引く。箱入り娘同然だった彼女は、何時しかかつては想像もできなかった生き方をすることになった。

「……よし、開けた」

 灯もつけぬまま、暗がりの中でドラゴが託したデータとぶつかり合っていたウィルは、ついにパスワードの解除に成功する。

 そこに仕込まれていた、ドラゴの言うカウンター。

 未だウィルにはその意味が分からずにいたが、記された方法に導かれるまま、アプリケーションへとカーソルを合わせる。

 同時に、その傍らにあるメモ書きを、ウィルは自ずと開いた。

「これは​──」

 記された内容を目に通し、ウィルはその内容に少々驚きを見せる。

 "ウィルを器として、より良い能力を身に付けた人間となること"​──メービスが企む計画の一つ。

 ここ最近、オベイリーフは何かを隠しているような気を感じてはいた。

 本人はそんな素振りも見せないし、いつか話すと決めていたのだろうが、多くの任務や鍛錬で阻まれていたためか、その機会は無かった。

 結果、ウィルが自分の手でその真相を突き止める形となったが、あまり動揺はしていなかった。

「お父様」

 一瞬見ただけでは、何のためにアプリケーションを仕込んでおいたのかはウィルにはわからずにいた。

 しかし、一つの真相に行き着いたうえでなら、その行いの成す意味が彼女には分かる。

 もしも自身に何かあっても、これを残しておけば、保険には十分。

 ウィルは決意を改めると、データの中に添付されていたマニュアルを元にアプリケーションを起動していく。

 みるみるうちに作業は進んでいき、また一つ大きなファイルがウィルのパソコンの中へと作成されていた。

「これで、万が一のことが起きても対策はできるはず。……?」

 安堵の息を吐くウィル。

 その直後、彼女の端末宛に匿名で位置情報を記したメッセージが届く。

 見知らぬ相手に回線を繋げるようなヘマはしないはず、とウィルは自分を疑う。誰かしらに悟られたか?と危惧した彼女はパソコンに向き直ると、即席でパスワードを複数通り打ち込む。

 直後に端末のメッセージの情報を現地の地図と照合してみれば、そこには大きな建物があることが分かった。

 恐らく罠だろう。このまま飛び込めば、何が起こるか分からない。

「けど、調査をしてみる価値はあるはず。明日にでもティナ達に​──」

 そう呟きながら、不審な人物がいないか確認を取ろうと部屋を出た直後。

 ウィルの意識は、そこで途絶えた。


「ウィルが連れ去られたですって!?」

 オベイリーフの怒号がWSEPの本部へと響く。

 監視カメラやセキュリティも決して甘くはないこの施設で、人攫いなど出来るものかと考えていた彼女にとって、ウィルが連れ去られることは、予測はしてないとはいえ大きいものとは思っていなかった。

 ブラッドも流石の自体に深刻な顔付きで考え込んだままであり、何故ウィルが攫われたのかの答えは未だに誰も出せずにいた。

「誰が攫ったかは不明だが、手掛かりはある」

 マスターの声に、フィオがモニターに地図を映し出す。

 そのお陰か、先刻潰された拠点とは別の施設で、ウィルの端末の反応に近いものがキャッチされていることが確認できた。

 それを目撃した直後、オベイリーフは特殊スーツに着替えることもなく、怒りに満ちた目付きで本部から飛び出していく。

 オベイリーフ、と呼ぶブラッドの声すら聞こえないほど、今の彼女は平時の冷静さを欠いていた。

「しかし、監視カメラの通信が全部遮断されてたとなりゃあ、犯人の特定は難しそうだな」

 オベイリーフの突発的な行動で考え込むのを止めたのもあり、ブラッドは冷静な様子で今の状況を整理する。

 ウィルが攫われる前後、全ての監視カメラは停止させられていたうえ、一部の扉にはロックまで掛けられていたことが、つい先程になって判明した事実。

 となれば、彼女が攫われるように手引きしたのはWSEPの誰か、ということになる。

「……ウィルさん」

 大切な仲間を連れ去られ、怒りに拳を震わせるフィオ。

 ​──マスターやブラッドからは、そう見えるだろう。

 だが、彼が怒りに震える理由はそこではなかった。

「(約束が、違う……)」

 先刻の接触後、フィオは再びメービスと対面していた。

 その最中で、彼の中に芽生えた強い嫉妬を以前見抜いていたメービスは、それをより強くせんと彼を付け狙うようになっていた。

 自分の都合良く動く駒を、それも自分に心酔するような奴隷を生み出すために。

 それを悟らせぬポーカーフェイスも持ち合わせたメービスの心を、嫉妬に塗れたフィオでは見抜くことなど出来ないでいた。

 そのまま彼は、敵であるメービスに言われるがままに監視カメラを止め、ウィルを気絶させ、そして​──Eclipseに引き渡した。

「(言ったじゃないか、居場所をくれるって……これじゃ、足りないのか……!?)」

 にも関わらず、メービスはウィルが手に入った途端に目の前から姿を消していた。

 そして今。オベイリーフも、いつもの彼女ならば真っ先に原因を究明するというのに、ウィルを助けることを優先した。

 どいつもこいつもウィル、ウィル。誰も自分を頼らない。利用するばかり。

「(全部、あの女のせいだ……あいつが来てから、僕は……!)」

 更に大きく嫉妬を増していくフィオの心。

 もはや彼の中に、元来持ち合わせていた優しさなど、無きに等しかった。


「​──邪魔だッ!」

 尋常ではないスピードで施設へと向かったオベイリーフは、搭乗していたバイクごと施設の壁をぶち抜き、中へと侵入する。

 本来このような事態を想定していない、肌を露出したままの姿の為、破壊された壁の破片が彼女の肌を掠め、時には突き刺さる。

 それでも痛みに眉を歪めることも無く、破片を抜き取り乱雑に投げ捨て、ただただ真っ直ぐに彼女は突き進んでいた。

 立ち塞がる兵士を撃ち抜き、首をへし折り、時には手榴弾で吹き飛ばし、跡形もなく消す。

 息が切れようとも気に留めもせず、ウィルを探し求め闇雲に施設の中を捜索し続けた。


「っ! ……ウィル!」

 そして、奥深くの一室で、ベッドに横たわるウィルの姿を見つけ出す。

 肌に一つの傷もなく、眠り姫のように寝息を立て眠る彼女の姿を見て、少々安堵したのだろうか。

 身体中に途端に痛みが走り、自分が如何に無茶をしたのかを漸くオベイリーフは悟る。

 何故そこまで必死になっていたのか、まだ理由は出せないが、とにかく攫われたウィルを見つけ出すことは出来たのだ。

 後は、連れて帰るだけだ。

「……いつまで寝てるのよ、全く。ほら、帰るわよ」

 張り詰めていた怒りも収まり、ウィルを起こそうと声を掛けるオベイリーフ。

 彼女の声に反応し、ウィルは静かに目を開く。

 そして​──

「えぇ、帰るとしましょう」

 普段の彼女とは全く違う喋り方。

 本人と同じにも関わらず、似ても似つかない邪悪な笑みを浮かべる様子。

 こいつは、ウィルではない。

「​──ぐ、ッ!!」

 それを悟った時には若干遅く、放たれた銃弾はオベイリーフの右肩を無慈悲にも撃ち抜く。

 多少の痛みではあるが、ここに向かうまでに負った傷に比べればまだ軽いものだとオベイリーフは自分を鼓舞し、一定の距離を付けるように後退する。

「あら……まだ馴染みきっていないようね、思うようにいかないわ」

 ゆっくりとベッドから立ち上がり、笑みを浮かべたままウィルと思わしき人物は自分の身体を確かめるように撫で回す。

 何処かで聞いた喋り方、そしてウィルが消えた直後に起こったこの事態。

 そして、以前得た情報の三点​──

「まさか……お前は」

 オベイリーフの声に、目の前の女は愉しげに笑いながら​​──

 そして、計画の成功をその身に感じながら言い放った。

「私はメービス・エクステンシア・イニティ。助かったわよ? 私の"器"を育ててくれて」

 今や相棒となった、オベイリーフにとって大切な存在であるウィル。

 彼女と同じ顔で、同じ声で。

 最もオベイリーフの許せない存在が、今目の前に立ちはだかっていた。

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