Code9:「相対する女傑達」

「ッ!」

 ウィルの振るう足は、正確にオベイリーフの首元へと放たれる。

 足技においてはWSEPで最も優れるオベイリーフの指南を受け始めたからか、彼女に及ぶことは無くともウィルの足技は鋭さを増していた。

 それでもオベイリーフは軽々しくそれを受け止めると、即座にウィルを突き飛ばし体勢を立て直す。

 直後にタイマーの音が鳴り響き、訓練の終わりを告げる。

「今日はここまでね。お疲れ様、ウィル」

「ありがとうございました、ティナ」

 すっかり師弟の関係が板に付いたオベイリーフとウィル。

 ウィルの決意を聞き入れたオベイリーフによる怒涛の訓練が始まってから、早くも二週間が経っていた。

 初めは足技所かまともに動くことも出来なかったウィルだが、オベイリーフによる厳しくも要領のある指南が効いたのか、実力の伸び方は著しいものだった。

 既に銃の扱いは心得ており、師匠譲りの足技も合わせて、彼女自身の実力は大きく伸びたと言えるだろう。

 しかし、それを踏まえてもここ数日の鍛錬は異様とも言えるほどに熾烈なものだった。

 その理由は、鍛錬を始めたばかりの日にあった。

「何とか、あの二人との戦いまでには仕上がったわね」

 先刻の任務に置いて、ナナとシーリンの激突や拠点の崩落を利用してあの場を切り抜けたオベイリーフ達を、二人がみすみす逃すわけがなかった。

 WSEPにはオベイリーフ宛の挑戦状が送られており、奇妙にも指定された日時と時刻が全く同じものだった。

 恐らく二人で決めたのだろう。ナナはクリュオテの配下ではあるが自由気ままに動いている様子だし、シーリンに至っては所属の無い暗殺者だ。

 その気になれば利害の一致で協力体制も取れるのだろう。互いに利用し合う仲なだけではあるだろうが。

 いくらオベイリーフでも、その二人を同時に相手取るのは手間を取る上に面倒なものだ。そこで彼女が考えたのが、鍛錬を申し出たウィルを連れて行くことだった。

「でも、良かったんですか? ブラッドさんに頼むという手もあったのでは……」

「アイツは別件もあってね。厳しいとは思うけど、これも鍛錬の一環よ。生き延びるためのね」

 ウィルの疑問もご最もなものだったが、それよりもオベイリーフは彼女に実践の経験を積ませることを優先した。

 習うより慣れよ──というには過酷なものもあるが、ティナがそう言うのならと彼女は納得していた。


 そして、決闘の当日。

「妙な奴を呼びやがって」

「あははっ、数合わせ?」

 指定された廃墟にウィルを引き連れて現れたオベイリーフの姿を見て、シーリンは苛立ちナナは楽しそうに笑みを零す。

 ウィルはオベイリーフとよく似た特殊スーツに身を包み、未だ拭えない緊張感を抑えると鋭い目をナナへと向け銃へと手の掛ける。

 オベイリーフは即座に銃を引き抜きシーリンへと構え、シーリンも憎悪を顔に押し出し爪を向ける。

 一瞬触発な空気で静寂に包まれる中、それを打ち砕いたのは当然のように──

「それじゃ、折角だしあなたと遊ぼうかなッ!」

「くうっ……!」

 ナナであった。

 自分と戦おうとするウィルを獲物と見据え、より鋭さを増した槍を軽々しく振るう。

 対するウィルも鍛錬の成果は確実に出ており、槍を動きを正確に捉え避けた後、引き抜いた銃で脚を狙うことで戦闘能力を奪おうと試みた。

 だが、やはり相手が相手なだけはある。その程度の反撃ではナナに傷を負わせることは敵わず、飛び上がりざまに弾丸を避けた後に右肩を狙い槍の矛先がウィルを捉える。

 咄嗟の判断力で何とか直撃は免れるが、多少ながらも槍は右肩を掠めウィルは痛みに顔を歪めた。

 ──やはり、傷を負うという行為は痛みを伴う。

 即座にバックステップでその場を離れながら、改めて彼女は心にそう刻む。

 その上で、どうしてもナナが人殺しだけではなく戦闘をも楽しむことが理解できず、思わず彼女は素直に口を開く。

「何故あなたは、傷つけ合うことを楽しむんですか」

 誰もが一度は思うだろう。彼女が何故そこまで争うことに楽しみを見出しているのか。

 特に、多少なりとも裏世界に足を入れながらも箱入り娘同然だったウィルにとってはあまりにも疑問に満ちていた。

 だが彼女の疑問に対して、ナナからの返答はあまりにもあっさりとしたものだった。

「無いけど?」

 理由など、無い。

 ただ楽しいから。人を苦しめること、強い相手と戦うことが楽しいから──

 ただそれだけのために殺す。

 そう続けるナナの笑みに、ウィルは絶句するしかなかった。だがそうする時間すらも、ナナの振るう槍が許さない。

 この人とは、根本的に価値観が違うのか。

 分かり合うことのできない相手もいることを知ったウィルは、この状況を切り抜けるために死力を尽くすほか無かった。


「るぁァッ!!」

「チッ……」

 それと同時に、シーリンの拳がオベイリーフの脇腹を抉るように突き刺す。

 元々任務用のスーツはかなり強固な素材で造られているため思ったよりも傷にはならないのだが、それでも確実に痛みは彼女の身体を突き抜けていく。

 以前よりも増したスピードと鋭さも惜しげも無く見せるシーリンの愉悦に滲む表情に苛立ちを覚えながらも、彼女がただ闇雲に自分を殺すことだけを考えていたわけでは無かったことを察する。

「やるじゃないの。この前の言葉は訂正するわ」

「あぁそうかよ。だったら私に殺されてな」

 それでもあくまで未だ若干見下した態度のままのオベイリーフの発言にシーリンはさらに憎悪を色濃くし、容赦無くクローを振るう。

 だが、実力を認めたという事実は変わらない。

 自身の努力は決して無駄ではないと分かったシーリンは僅かながら喜びを胸に秘めていた。

 その相乗効果から、シーリンがその場でも実力を確実に伸ばし始めていることを察知し、オベイリーフは頃合いだな、と悟る。

 一度ウィルの方を見てみれば、彼女は彼女であのナナ相手によくやっているほうだ。

 今回挑戦状を受けたのは何も二人と目的も無しに戦うためではない。

「MILL、いいかしら」

「……はい、体力はかなり使いましたが」

 自分の方に接近するウィルの気配を感じ取り、腕に仕込んでいた装置を確認するオベイリーフ。

 そこにはシーリンの思考パターンや攻撃の手段に関わるデータが記録されており、現在も少しずつ更新されている最中だった。

 ウィルの方もナナのデータをしっかり記録しており、今回挑戦状を受けた意味はこれにあった。

 これから先も二人はこちらを狙ってくる可能性は高い。

 二人とも直感的なタイプの傾向もあるため意味合いが薄くなることもあるが、データが無いよりは遥かに良い。

 その様子からオベイリーフ達が戦うことを目的にしていないと理解したナナは、一瞬で間合いを詰め仕留めようとするが──

「ッ……!」

 その最中に放たれた閃光弾で視界を奪われ、目を見開いた瞬間にオベイリーフ達は姿を消していた。

 シーリンも視界を奪われてしまい、逃げ出すのを防ぐことができなかった。

「……ふぅん。そういうことかぁ」

 一瞬、いつもの笑顔は鳴りを潜め無表情にナナは呟くが──

 獲物がいない上に楽しみも削がれた彼女はシーリンと戦うこともせず、その場を後にした。

 一方のシーリンもナナと戦うことはせず、次こそは殺すと心に決め、ナナとは違う方向へと去っていった。


「はぁ」

 女傑達の激しい攻防と同時刻。

 珍しくWSEPの本部ではなく街へと外出をしていたフィオは、カフェテリアで溜息を吐いていた。

 気分転換も必要だろ、と進言したブラッドの通してのマスターからの計らいもあり、休暇を貰ったまでは良かった。

 しかし、徐々に嫉妬に飲み込まれているフィオは、それすらも自分は必要ないから追いやられているのでは、と考えてしまうようになっていた。

「前、いいかしら」

「……えぇ、どうぞ」

 そんな彼の座る席を挟むように、一人の女性が現れる。

 特に気にとめる様子もなく、フィオはご自由にといった様子で振舞っていたが──

「必要にされないことは辛いわねぇ」

 その発言が、彼の心を確実に抉った。

 怒りにも似た表情で女性に目を向けた彼が見たのは、メービスだった。

「お前は──」

「やめておきなさい。あなたの心が分かるのは私だけよ」

 言わせておけば、とフィオが本部へと通信を送ろうとした瞬間にメービスは席を立ち上がる。

 只者ではない雰囲気を漂わせる彼女に呑まれ、動きが固まるフィオの耳元へ顔を近づけると、怪しくも魅了するような甘い囁きが、彼の心の声を代弁する言葉一つ一つが、彼の耳を突き抜ける。

 ”ウィルが現れたからあなたは居場所を失っている”

 違う。

 ”あの子さえ居なければ自分の力を証明できる”

 違う!

 ”本当に優れているのは自分だ。それを証明できる場所さえあれば、もうあんな組織なんか”

「違う! 違う、違う違う違う!!」

 まだ人の多い時間帯だというのに、怒号にも似た声でフィオはその場で声を荒げる。

 ふと気付いた時にはメービスはおらず、不審なものを見るような視線が自分を包むだけだった。

 ──僕はそんなに、弱い人間じゃないはずなんだ

 もはや自分すら信じられない精神状態の中、フィオは力無くカフェテリアを去る。

「……ウィル……」

 あいつさえ、居なければ。

 そう呟く自分のことすら、フィオにはもう分からなかった。

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