Code8:「父として」
「まだ殺り足りないなぁ……ヒヒヒッ!」
Eclipseの施設内に響く、ナナの声。
黒衣に身を包む殺戮者は、内より溢れ出る激情のままに多くの兵士を屠る。
その表情とは裏腹に、彼女の槍捌きは至極冷静なものだった。
四肢を落とし、首を飛ばし、心臓を抉り取る。
大勢の兵士に囲まれた中でも愛おしく返り血を舐め取り、その隙をと背後に迫った敵すらも瞬時に命を刈り取る。
「(冷静ね、あの子)」
敵を殺めるためだけに生まれたかのようなその動きの中にある、目的をこなすために冷静な技術。
一時的に共に戦うこととなったオベイリーフは、少々感心を覚えてしまう部分もあった。
目的をこなそうとする点では、意外にも自分と似ている部分もあるのかもしれない──
そこまで考えて、ここまで自分は人殺しを楽しめないわね、と彼女は答えを出す。
その最中でも彼女の銃口は正確に敵を捉え、一人一人着実に敵の数を減らしていた。
時には背後へと周り、首をへし折ることも織り交ぜることであまり一つの場所に留まらず忙しなく動き回り撹乱していく。
しかし、二人で処理していても敵の数は目に見えて減ってはいない。
「チッ、数が無駄に多い……!」
ナナ程人殺しを楽しめないと自負した直後ということもあり、オベイリーフの中に確実に苛立ちは募っていた。
この場を音もなく抜け出すことも試すかと考えたが、恐らくナナにすぐにでも見つかるだろう。
何か策は無いものか──
その直後であった。
「見つけたッ……紅玉ッ!!」
聞き覚えのある声が、外へと繋がるゲート側から鳴り響く。
そのままゲート付近に集まっていた敵を吹き飛ばし、オベイリーフとナナを分断するかのように何者かがその場へ飛び込んできた。
それ自体は当然のように二人共に避けるが、飛び込んだ中心地から余波で地面にヒビが走っていく。
無事に着地したオベイリーフは声の主の検討もつき、改めて自分が無駄に因縁を作りすぎだと自覚を覚える。
一方のナナは新たな強者の匂いを感じ取り、より一層心を躍らせていく。
「てめェだけはこの手で殺さないと、気が済まねェ」
煙が晴れていくと同時に、修羅の如く金眼を光らせ、銀髪を靡かせた暗殺者、シーリンは恨み節と共にオベイリーフの方へと向き直る。
オベイリーフの暗殺に失敗した後、一時彼女の評価は地の底へと落ちかけた。
だがそこで腐らず、彼女は這い上がった。
ただ一つ、オベイリーフを殺すため──それだけを考え、仕事をこなし、強さだけを求めた。
その飽くなき執着が、彼女を強くした。
「ちょっと、獲物の横取りは許さないよ?」
「あ? 誰か知らないけど、邪魔すんなら容赦しねェ」
しかし、オベイリーフを獲物と考えているのはシーリンだけでは無い。ナナもまたその一人。
シーリンに向けて槍を構えると、先に彼女を殺めんとばかりにその表情を高ぶらせていく。
一方のシーリンも自身を標的にして来たナナへと意識を向け、二人は残った兵士達も巻き込んで戦闘を始める。
どうやら幸運なことに、オベイリーフはこの局面から離脱するにはいいタイミングを見つけたようだ。
「(私のことは二の次になったみたいね)」
銃をホルダーに収め、オベイリーフは足早にブラッドが向かった道へと足を進めていく。
彼女が立ち去るのを確認したシーリンはすぐにでも追いかけようとするが、ナナの振るった槍を避ける方に気を回さざるを得なかった。
「アハハッ! あなたも楽しませてくれそうね!」
「邪魔すんなッ!!」
獲物が消えようと、即座に新たな獲物を見定める貪欲なまでに戦いに明け暮れるナナ。
彼女がここに現れてしまった時点で、やはり混乱は避けられないのだった。
そして、その一方で──
ウィルは重い口を開いていた。
『お父様、教えてください。お父様は何故、Eclipseに手を貸しているのですか』
「……」
『そして、何故』
──お母様が、あの組織を動かしているのですか。
ウィルの放つ最もらしい疑問に、何から説明したものかとドラゴは溜息を吐く。
その様子を静かに眺めるブラッドも、無事に追いついたオベイリーフも、この場を邪魔する訳にはいかないと口を開くことは少なかった。
しかし、時間は限られている。そもそも自分がこの場に居ることも、幸運かもしれない。
決心の着いたドラゴは、静かにウィルへ真実を伝えていく。
自分とウィルの命が握られていた故、手を貸さざるを得なかったこと。
それでも何かしらのカウンターはしなければならないという使命感から、内部からの崩壊を図ったがそれも読まれていたこと。
そして──この場を設けるために情報を流したのも、自分だということ。
「お前を逃がしたのも、あいつが仕組んだことではあった。だがそれは、私にとって都合が良い瞬間でもあった」
『……どういうこと、なのですか?』
都合が良いと語る父への疑念を込めた眼差しで、ウィルは静かに画面の先に映るドラゴを見据える。
ドラゴもまた、同じようにウィルを見つめ、静かに口を開く。
ウィルが家を抜け出した今ならば、Eclipseに不利益になることをしてもすぐに危害が及ぶのは自分だけ。
少なくともウィルに何らかの被害が及ぶまで、僅かではあっても時間を稼ぐことが出来る。
それ故に、このタイミングで情報を様々な場所で流した、と。
「それだけではない。そこの彼女……スカーライト、だったか。彼女が入手したUSBには、一つ贈り物がある」
「……MILL、確認してくれるか?」
『あ、……はい』
突拍子もないドラゴの発言に、少し引っ掛かるものを覚えたブラッドはすぐ様確認するようウィルへと通達する。
気が張っているのか、少々覚束無い操作でUSBの中を改めて確認すると、無関係とも思えるファイルをウィルは見つける。
開こうにもプロテクトが掛かっており、その場で確認するのは不可能に近かった。
「開くのは後にしておくといい。強力なカウンターになる筈だ。……さて、ウィル。今度はお前の、今の気持ちを聞かせてほしい」
自身の行動の真意を伝えたドラゴは、ウィルへと静かに語りかける。
一先ず、父親も悪を討たんと行動を起こしていたことを知ったウィルは安堵の表情を見せた後、力強い眼差しで画面の奥のドラゴを見つめた。
『お父様が、あの組織に心を売った訳では無いと分かって……私、安心しました』
WSEPに所属するに至った動機である父親への疑念は既に取り払った。
ある種、ウィルにはもう組織にいる理由は無いかもしれない。それでも彼女は、今の場所から去ることを選ぼうとはしなかった。
彼が託したデータがどんなものなのかもまだ分からないでいる。
それに、今の彼女には明確に新たな理由が芽生えている。
『お母様をあのまま野放しにはしておけません。私は、戦います。この組織で……お母様と』
悪しき道を進む母、メービス。またの名をアペイロン。
彼女を止めることが、今のウィルが決意を固めた新たな道だった。
本当の理由は、それだけではないが──彼女がそれに気づくのは、もう暫く先のことか。
「……そうか。頑張れよ、ウィル」
強い意志を内に秘めた眼差しを見せるウィルの姿に安堵し、ドラゴは激励を送る。
それと同時に、地響きが部屋全体を襲った。
恐らくメービスか、とドラゴが予想するよりも早く、建物が少しずつ音を立てて崩れ始めていることは明白だった。
「やはり私を切り捨てる準備はできていたか……君達は先に行け」
ドラゴの声と共に、避難用に設計されていたであろう非常用の扉が自動で開かれる。
罠に嵌めるつもりでもなく、本気で自分達を逃す努力をこの男がしていることも、ブラッドもオベイリーフもすぐに理解できた。
「信じていいんだな」
「私とてここで死ぬつもりはないさ。……君達以外に侵入していた二人も、どうやら逃げ果せたようだしな」
ブラッドの声に、今までとは打って変わって明るい様子の声でドラゴは答えていた。
彼の言う通り、監視カメラを映したモニターにはナナとシーリンが即座にその場を離脱した瞬間が映し出されていた。
明るい声調なのは、重荷が降りた故か──などと長考している暇もない。
建物の崩壊に巻き込まれる前に、とオベイリーフはすぐさま出口へと向かっていく。
『お父様!』
未だ切れず続く通信機越しに、父を案ずる娘の声が響く。
血の繋がりはなくとも、確かに自分達は父と娘。家族の絆はそこにある。
その事実を改めて認識したのだ、ここで死ぬ訳には行かない。
「私は私で戦っていくさ。道が交わった時は、共に戦おう」
その一言と共に、突如としてドラゴの足元が独りでに地下深くへ降りていく。
娘同様に、脱出経路の確保には抜け目のない父親だったようだ。
「やってくれたわね、あの男」
その様を、モニター越しに忌々しげにメービスは見つめていた。
会話の内容も全て彼女には筒抜けであり、だからこそドラゴは詳し内容を伏せていたのだろう。
しかし、どんなものを託していようが自分に敵うものなどいるはずがない。
あくまでそう信じて止まない彼女にとっては、この程度些細なことでしかない。
「まぁ、構わないわ。器の回収を少し急げばいいだけ……それに」
モニターに映し出されたのは別の風景。
昨日今日ではないだろうが、一人の男性が出歩いているところを映したその画面の眺め、メービスはもう一つの計画を進める。
「いい駒になりそうじゃない、彼」
密かに毒牙を磨くメービス。
心優しい娘と、決意の強さを持つ夫。その二人の家族とは想像もできないほど、彼女の顔は悪意に満ちていた。
無事に拠点の崩壊から脱出し、任務を終え戻ってきたオベイリーフ達。
「まさか、私を狙う奴が増えるなんてね」
「職業柄しょうがねぇと思うけどなぁ。モテモテだなー、オベイリーフよう」
ぶん殴るわよ、と軽口を叩くブラッドに文句を垂れながら、WSEP本部のカフェでオベイリーフは先刻の任務を振り返っていた。
これから先も、任務の度にナナとシーリンが乱入する可能性はある。
一人一人ならまだしも、二人同時に来ると尚更厄介だ。その上、今回は上手くいったとはいえそう何度もあの二人だけで戦ってくれるとは思えない。
どうしたものか、と少々困っていた時。
「あの、ティナ……」
「……何よ」
緊張した様子でウィルがその場に顔を出す。
何かを言い出そうかと悩んでいる様子だが、やけにそれがもどかしく感じたオベイリーフは少々ぶっきらぼうに応えていた。
それでもウィルは物怖じせず、深呼吸をした後、頭を下げていた。
「お願いします、ティナ! 私に……戦う術を教えてください!」
「……あなた、正気?」
流石のオベイリーフも、その申し出は予想外だった。
確かにウィルは戦うとは言っていた。しかし、本気で敵と戦うつもりだとまでは予想など出来るわけがない。
やんわりと断ろうか、と一瞬思ったが、一度思い切ったためか、ウィルの眼差しは非常に真っ直ぐだ。
断るのも、このままでは野暮というものだろう。
「分かったわ、これから毎日鍛えてあげる」
「本当ですか!? ありがとう、ティナ!」
「言っておくけど本気で鍛えるから……覚悟はしておきなさいよ」
勿論です!と、ハキハキと答えるウィル。
この時のティナには、まだ想像も出来ないが──
ウィルのこの選択が、やがてティナや皆に取って大きなターニングポイントとなるのだった。
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