Code7:「蒼血と龍」
「言いたくはねぇけど……アンタら、黒すぎんだろ」
世界でも名の知れた富豪であるエクステンシア家の当主、メービス。
彼女すら、いや、彼女こそが自分達と敵対関係にある組織Eclipseのトップであった事実は、本部に残るウィルだけではなくブラッドにも衝撃を覚えさせた。
彼女に関する情報には、裏世界に通じるような不穏なものは殆ど存在していないとされていた。
それだけを考えれば、アペイロンという邪に塗れた仮面を付け、世を混乱に貶めようとするほどの動機があるとも考えにくいというのに。
そんな彼の様子と呟きに、ご最もだと言わんばかりにドラゴは溜息を吐く。
「理由はどうであれ、私も手を貸していたのは事実だ。否定はしない」
至極冷静な様子のドラゴに対し、ブラッドは苛立ちを少なからず感じていた。
今この場で、その気になれば撃ち殺される可能性もあるというのに、何故この男はここまで冷静でいられるのだろうか。
その独白を読むかのように、眼前に佇む男は自らの目的を明確に話し始めた。
「私は内部からあの組織を壊すつもりだった」
メービスがEclipseのトップであること。
そして、自分がその夫であること。
この二つを利用しない手は、彼の中には存在していなかった。
最も近しいである彼にもメービスは当然協力するように求めた。いや、それを強制した。協力しないのならば、命を奪うことも辞さないと。
それは、都合が良いことでもあった。最初から懐に飛び込めば、綻びを見つけることも可能だろうと。
「だが、そうすることが出来なかった」
「出来なかった?」
ブラッドの疑問に、ドラゴは続けて答える。
メービスは確かにドラゴを側近として扱った。しかし、彼女はそれと同時に彼の目的を最初から見抜いていた。Eclipseという、自身が築いた組織を壊すつもりだということ。
それを踏まえた上で、彼女は微笑みと共に残酷な言葉を告げていたのだ。
"貴方が私の邪魔をするなら、私は貴方を殺すわ"
"いや、貴方だけではなく──ウィルもね"
「ちょっと待てよ。アイツはウィルを器にしたがってんだろ? 殺す訳がねぇ」
ドラゴの告げた話に違和感を覚えたブラッドは、即座に口を挟んだ。
彼が手にした情報によれば、メービスにとってウィルは"器"とされる存在だ。そんな彼女を、脅しとはいえ殺すなどと言うのだろうか。
そう考えた矢先、ブラッドは一つの結論を導き出す。
その様子を見て、自身と同じ答えを出したと確信したドラゴは静かに続けた。
「あいつにとってウィルは器であり、私への抑止力でもあるのだ」
彼の発言が自分が導いた答えと同じだと分かり、いよいよブラッドもメービスという存在の底知れない悪意を感じ始める。
血の繋がりを持たぬドラゴが、ウィルに抱いている父親としての愛情。
それを悪意のままに利用しているのが、血の繋がりを持った母親のメービスであるとは。
器という意味でも、ドラゴの行動を制限するための抑止力という意味でも、メービスにとって実の娘は只の道具でしか無い。
「とんだクソ野郎だな、あの女」
自分にとっても仲間という大切な存在であるウィルを只の道具としか見ていないことは、ブラッドにとっても許せることではなかった。
静かに燃え上がる怒りは徐々に募り、拳には力が込められていく。
しかし、今この場で怒ってもどうにもならないことをブラッドは既に悟っている。
「おい、アンタ……ドラゴ、だったか? 一つ提案がある」
「言ってくれ」
「ウィルと話してみろよ。もう一個の方は、本人に直接伝えりゃいいだろ」
ブラッドの提案も確かに良いものだ、とドラゴは若干思考を張り巡らせる。
ウィルからすれば自身は敵のままだ。話を聞いてくれるかどうかは定かではない。
しかし──それ以上に、希望を託すにはうってつけの相手でもあった。
「分かった、君の提案を呑もう」
「話の分かるヤツで助かったぜ。ちょっと待ってな」
確信を得た笑を見せた後、通信機を起動するブラッド。
モニターに映し出されたフィオは、ようやく出番かと言わんばかりに笑顔で現れた。
『アズライト、どうかしましたか?』
「おう、ちと野暮用でな。その……ウィルと、変われるか?」
フィオが以前、やけに暗い顔をしていたのを認識しているのはブラッドのみ。
それを知った上でこのような要求をするのは心苦しいが、この状況では仕方ない。
すまん、と言わんばかりに目を瞑ったまま暫しの時を待つと、フィオの声が遠ざかっていくのを耳で確認する。
そして次第に近づくウィルの声も、同時に聞き届けていた。
「ところで、今日はそんな服なのねッ!」
「ッ……それがどうかした?」
一方で未だ続くオベイリーフとナナの戦いは、相も変わらず互いに譲らぬままだった。
ナナが前回とは違うオベイリーフの様子に疑問を抱く余裕もあれば、オベイリーフ側にもその疑問に答えるだけの余裕が芽生える。
好敵手とまではいかぬが、互いが互いを刺激し高め合っているのは目に見えて分かる事実。
銃と蹴り技を組み合わせた体術だけではなく、ナイフも絡め近接攻撃まで特化させているオベイリーフに対して、ナナは槍のみでそれを捌ききっていた。
「(これ以上時間を掛けるわけにはいかないっていうのに……!)」
だがそれ以上に、ナナという女の執念にオベイリーフは苛立っていた。
自分を獲物と断定したのはいいが、単純な勘だけで任務先の場所まで読まれていたのだ。挙句、その場でこちらを攻撃してくる始末。
いい加減ブラッドと合流しなければ、余計に時間を無駄にするだけだ。
そう、この状況ですら最悪だというのに。
「ッ!? 今度は何よ……!」
「何処見てるのォ? って、私も狙われてるのか! アハハッ!」
何処からともなく放たれた火炎が、彼女目掛けて真っ直ぐに突き進んできた。
持ち前の運動能力を活かしそれは難なく避けるが、ナナはそれを構わずひたすら槍を振るい続けてくる。
だが、そのナナにも同じように火炎は放たれていたようで、彼女もそれを躱し──
気づけば、二人は背中合わせの状態で囲まれていた。
「ちょっと……コイツら、確か」
「うん……私が殺した奴等だ」
オベイリーフの問いかけに、ナナは珍しく冷静な様子で応えていた。
二人を攻撃したのは、オベイリーフ達が拠点に赴く前に殺した筈の兵士達。
見てみれば皆虚ろな様子で佇んでおり、手には火炎や電撃を纏わせ、凡そ非現実的な様子でじりじりと距離を詰めてきている。
それに見覚えがあるような様子で、ナナは新たな殺戮への気持ちを高めていた。
「お母様、もしかして奴等に兵士を提供してたわけ? 全くもぉ」
「何よ、あの女の差し金?」
半分は正解かな、とナナはあくまで楽しげな様子で呟く。
非現実的だ、ということ自体はオベイリーフ自身も思ってはいた。
しかし、同時に彼女は知っている。この世界に、所謂"超能力"と呼ばれる未知の力は実在していること。
そして、それを人工的に他者に宿らせる手段が何処かで生み出されていたことも。
このような場所でそれと相対することになるとまでは、流石に読み切れはしなかったが。
「まぁ、でもね。あんなふうにゾンビみたいにはならない筈だよ」
「成程、あれは改良されたタイプってことね」
ナナの話もあってか、敵のある程度の詳細には推測の付いたオベイリーフ。
銃を構え直すと、久々に闘争心に火がついてしまったのだろうか。
それともこの状況を楽しむ方が気が楽と考えてしまったのか。
「どう? コイツらをより多く倒せるか競ってみない?」
「へぇ、あなたもそういうこと考えたりするんだ? いいよ、乗ってあげる!」
ナナを敢えて煽るような提案をすると、当然のように彼女はそれに乗ってきた。
恐らくは彼女を本気で暴れさせるためだろうが、半分は自分の楽しみでもあるのだろう。
純粋な戦いは、時に人の思考を狂わせるものだ。
オベイリーフの銃声が鳴り響くとともに、ナナも兵士達も一斉に暴れ出す。
そして、オベイリーフもまた、その中へ身を投じていった。
『久しぶり、でもないか。ウィル』
「……お父様」
そして──WSEPの、本部。
未だに母が敵だったショックを若干引きずったまま、ウィルはブラッドの提案の通りドラゴと対面していた。
通信機越し、でこそあるが。
血の繋がりの無い父を見つめるその瞳には、彼には何らかの思惑があるのではないが、と思考を張り巡らせるかのように真っ直ぐだった。
多少のブレはありながらも、心に決めた使命と、父を少しでも信じたい気持ちのまま、ウィルはドラゴとの対話へと気持ちを向けていく。
その様子をフィオは静かに見つめ、そして確かに、見つめていた。
それは、恨めしさにも似たような瞳。
後から来て、自分の居場所を奪われたような感覚。
「皆、ウィルさんのことばかり。……誰も僕を、見ていない」
そんな気が、するな。
そう呟いてしまうほどに、フィオは──心の奥底に生まれた嫉妬を、更に大きなものへと変化させていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます