Code6:「仮面と素顔」
工作員の任務に対応した特殊スーツをその身に纏い、オベイリーフはマップに記された地点へと着々と脚を進めていた。
傍らには同じくスーツに身を包んだブラッドの姿も見える。
「さてと……アズライト、いつも通りでいい?」
「あぁ、問題ねぇ。お前がいてくれるとやっぱ助かるぜ。とっとと始めるか」
Eclipseの傘下に当たる施設のゲート付近の岩肌に隠れ、辺りの状況を確認する二人。
先刻の任務で入手した、露骨に怪しい情報やセキュリティのコード。自分達を誘い込んでいることは確かだが、やはり警備員等は存在するようだ。
やはり罠か──いや、実力を図られているのか。
思い当たる理由は多く存在するが、それが二人を止めることには至らない。
オベイリーフの合図と共に、ブラッドは閃光手榴弾を投げ込む。
手榴弾に気づいた警備員は即座に処理をしようと脚を動かしたが、その瞬間に頭をオベイリーフによって撃ち抜かれる。
一瞬の動揺を見せたもう一人の警備員も即座に撃ち抜かれ、手榴弾は閃光を放つことも無かった。
手榴弾の存在、それ自体が彼女達の作戦であった。ピンを引き抜いていない状態の手榴弾を投げ動揺を誘発させ、そこを撃ち抜く。
その隙にブラッドの方は特殊な弾丸をゲート付近に打ち込み、監視カメラの動きを停止させた。
「相変わらず便利ね、それ」
「全くだ」
WSEPの技術班によって開発されたジャミング弾は、比較的穏便に任務を遂行するための他にも、このような状況に置いて真価を発揮しやすい。
弾自体の効果範囲も広く、外側の監視カメラの殆どを無効化できたも同然だろう。その分量産は難しく、多数持ち込めないという弱点はある。
最も量産が難しいのは、効果範囲の大きさだけの問題では無い。
「MILL、どう?」
『信号をキャッチしました。問題無くいけそうです』
「了解」
オベイリーフからの声を聞き届け、ウィルは無事に施設内部の監視カメラ・コンピュータに入り込むことに成功した。
ジャミングと同時に無効化された電子機器を介し、WSEP側からどんなネットワークにも侵入することが可能な点がもう一つの利点。
この機能を含むからこそ、量産には不向きな点が確立されてしまう。
しかし、表向きに情報が出にくく、独自のネットワークも開設しているであろうEclipseのような組織の施設にはかなり有効な点から、重宝されている。
「そいじゃ、侵入させてもらうとしますかね」
意気揚々と声を出すブラッドの傍らで、オベイリーフも気を引き締める。
意図的に招かれたとなれば、何かしらの罠は待ち受けているだろう。無論、全てねじ伏せることに変わりはない。
行うことは破壊工作なのだ。その位派手にやってしまっても構わないだろう。
その意気込みと裏腹に、思いの外簡単に開いたゲートの先に広がる景色は、彼女達の想像したものとは違っていた。
「ふふふ、やっぱり私の勘って冴えてるなぁ」
待ち受けていたのは、多数の戦闘員を殺め、その屍の山に居座る──スラム街で相対した殺人鬼、ナナ。
何故彼女がここに居るのか、情報を嗅ぎつけたのか?
推測される事柄は多くあったが、マスターからとある事情を聞いていたことを思い出したオベイリーフは、彼女の正体を自ずと導き出す。
「アンタが、あの女の"駒"ってわけね」
「正解!あなたは話が早くて、助かっちゃうよ!ヒヒッ」
血塗られた槍の矛先が自身に向いていることを理解したオベイリーフ。
ガンホルダーの銃を引き抜くと、奥に通じているであろう通路が右側にあることを視認。
ブラッドにアイコンタクトを送り、彼もそれを理解すると即座に走り出す。
「任されたぜ、スカーライト!」
「えぇ。……ところで、どうしてみすみす逃がしたのかしら」
力強く叫ぶブラッドの声を聞き届け、オベイリーフは再びナナの方を向き直る。
しかし、意外な程呆気なく彼女がブラッドを見逃したことに違和感を覚え、つい口走ってしまう。
それが、ナナの闘争本能をより刺激してしまう結果になると、オベイリーフには見抜けなかった。
「あの男は獲物じゃないもの。今優先すべきなのはァ……あなた!」
「ッ、やっぱり面倒くさいわね、アンタ……ッ!」
正直もう戦いたくないんだけれど──
オベイリーフの願いも虚しく、闘争心と残虐性そのもののナナは、槍を振るい襲い掛かってくる。
二人の再戦は、あまりにも短い間で始まった。
再びの激突を二人の女性が繰り広げる中、ブラッドは着実に最奥部へと向かっていた。
やはり罠なのではないか。そう錯覚するほどあっさりとセキュリティは解除され、警備員も見当たらない。
恐らくは全員、ナナの方に回されたのだろう。夥しい程の数の屍が転がっていたことは記憶に新しい。
「本当にさっぱり分かんねぇな……何でこんなことする必要があるんだ?」
敵であるはずのWSEPの自分達をわざわざ奥地へと誘う理由が、ブラッドには未だに分からずに居た。
ナナが現れることすら予期していたかのような警備員の動員等、不可解なことは多くある。
疑問の解決も出来ぬまま、ブラッドは最奥部の部屋へと足を踏み入れた。
「どうやら、来たのは君のようだな」
部屋で待っていた男は、ブラッドもよく知る人物だった。
ウィルの父、ドラゴ。エクステンシア家が有名であるように、彼もまた著明な存在。
裏だけでなく表沙汰にも目を配るWSEPの面々からすれば、記憶には刻まれやすい立場の男だ。
「どうして俺のことを知っている? それよりも、何でアンタがこんな所にいるんだ」
静かに銃を構え、ブラッドは至極冷静に呟く。
彼にとってはどちらも建前のようなものだ。ここに彼がいるということは、彼はEclipseとの繋がりがある。その立場ならば、自分達のことを調べていようと不思議では無い。
ドラゴは静かに見据えた後、ブラッドの問に応える形で端末の操作を行う。
「私の目的は、あの子の意思を確かめること……それと、真実を告げることだ」
「真実、だと? ──!?」
監視カメラが既にジャックされていることを知ったのか、ドラゴは画面に映像を映し出す。
少なくとも、この男は敵対するためにEclipseに手を貸している訳では無いか──
そこまで思考を張り巡らせたにも関わらず、それを忘れてしまうほど。
映像に残された光景を目の当たりにしたブラッドも、驚きを隠せずに居た。
「……嘘でしょ」
それは、本部に残っていたウィルも同様。
いや、むしろ彼女の方が驚愕していた。監視カメラの先に映る映像にドラゴが居ることに対してでは無い。
それは彼女も既に知っていた。だからこそ、その間違いを正す手段を見つける為にも、WSEPに所属する道を選んだ。
だが、正すべき間違いは一つでは無かったのだ。
「お母、様」
監視カメラの映像越しに映し出された、もう一つの映像。
そこに映っていたのは、仮面を外したアペイロンの素顔。
エクステンシア家を治める当主、"メービス・エクステンシア・イニティ"。
──ウィルの、実の母親だった。
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