Code5:「迫る"カゲ"」
「チッ……執拗いわね」
「アハハッ、よく言われるよ!」
自身に振るわれた槍を幾度も避け、オベイリーフは憎らしそうにナナへ吐き捨てる。
ナナもまた、その扱いを理解しているように返答を見せた。
ウィルに関わる計画をマスターが知るよりも先刻に始まったこの戦い──
その事実を知らぬままのオベイリーフとナナの戦いは、硬直状態にあった。
自身の戦いを目撃されたことに対してのオベイリーフの動揺も、時間が経つと同時に薄れていくのは当然。ナナの槍を交えた攻撃にも適応を見せ始め、考え事をする余裕も出来た。
しかし、それはナナも同様であった。オベイリーフの動きを読み、退路を潰すかのごとく槍を容赦なく振るう。
その結果、互いに攻撃が当たらぬままとなっているのだ。
「……MILL、そっちはどうだった?」
『バッチリです。頼まれたものは調べておきました』
だが、ただ無駄な時間を過ごしたというわけでも無い。
ナナとの戦いを利用し、オベイリーフはウィルにネットからの情報操作を行わせていた。
伊達にハッカーを名乗っているだけはあるのか、それともやっとのことでオベイリーフの心配をすることをやめたのか。
彼女の身を案じるあまり泣き出しそうになっていた先程とは打って変わって、ウィルは自分に出来る仕事をしっかりとこなしていた。
調べさせていたのは、Eclipseに関わりのありそうな施設の詳細。
流石に本拠地をいきなり特定は難しいところではあるが、その傘下に当たる施設程度であれば何とか見つけられた様子。
「あとはコイツをどうするかだけど……」
ウィルからの報告を受けた後、オベイリーフは改めてナナの方へと意識を深く向ける。
既に情報屋から得られるものは得ており、後は本部へと戻るのみとなっているのだが、槍を携えた相手をどうにかしなければ帰るに帰られない。
さて、どうしたものか。
「ん? もっしもし……あぁ、お母様?」
そんな考えをしているうち、気が抜けたかのようにナナはスマホを取り出して通話を始めていた。
お母様、と呼ぶ相手のことをオベイリーフはまだ知らないが、兎にも角にも一先ず戦闘状態は抜け出せた様子。
ガンホルダーに銃を収めると、律儀にナナが通話を終えるのを待っていた。
「うん、分かった。それじゃ。……さてとぉ、私もそろそろ戻ろっかな」
「そうしてくれると有難いわね」
あ、一々待ってたの?とナナは怪しげな笑顔で呟くが、オベイリーフは特に気に留めてはいなかった。
下手に動くよりも相手が行動を起こしてからの方が、彼女には都合が良いようだ。
「ま、いいや。それじゃ私帰るからさ、次はもっと遊ぼうね」
最後にそれだけ告げると、野次馬に来ていたスラム街の人々を去り際に殺めながら、ナナはその場から姿を消した。
辺りに漂う血の臭い。それだけではなく、一連の出来事から、オベイリーフに向いている視線の一部に刺々しさも混じっていた。
彼女の意思はどうであれ、この騒ぎの中心と言っても過言ではないのだ。スラム街の人からの目線も痛くはなるもの──
早く戻った方がアンタのためだぜ、とボヤく情報屋の言葉を耳に残し、オベイリーフもその場を去った。
「おぉ! お手柄じゃねぇか、ウィル!」
「え、えへへ……お役に立てているみたいで嬉しいです」
オベイリーフが本部に戻って間もなく、先に戻っていたブラッドがウィルのことを褒めちぎっていた。
彼女も褒められて悪い気はしないらしく、頬を赤らめているのが目に見えて分かる。
かと言って気を抜かれても困る、が──まぁ少しくらいはいいか。と、彼女の笑顔を見てオベイリーフは自然と笑を零していた。
「……」
その光景を、フィオが彼らしくも無く妬ましそうに見ていたことを、彼女は見抜けなかった。
ウィルが器として野放しにされているという情報自体も、ブラッドが入手したもの。
フィオはあくまでそれをマスターに伝えたに過ぎず、彼が自らの手で情報を入手したと言うには彼自身疑問符が付いてしまう。
それに対してウィルは自らの手で情報を探し当てたのだ。明確にEclipseに関わるものかはまだ断定できずとも、ただ伝えるだけと自ら見つけることでは訳が違う。
「僕じゃダメだったのかな」
思わず口から漏れた、嫉妬の象徴とも取れるその言葉。
気にしていたことは、ウィルが自分よりも優れているかもしれないという懸念だけではなかった。
オベイリーフのウィルに対する反応が、普段の彼女に比べれば余りにも優しく、頼りにしているということが分かってしまう。
自分は頼りにならないのか、ウィルでなければダメなのか──
誰にも届かぬその言葉は、フィオをより苦しめるだけとなった。
「……ところでマスターよ、次はどうすんだよ?」
フィオの様子を察したのか、場の空気を切り替えようとするかのようにブラッドは次の指示を仰ぐ。
等のマスター本人はオベイリーフが持ち帰ったUSBの中身を確認しており、深刻な表情で画面へと向き合っていた。
その様子からオベイリーフも何かを察知し、溜息を吐く。
「怪しいとは思ったけど、そのUSBの中身……」
「あぁ。確かに情報は入っていたが、これはむしろ"掴まされた"ものだろうな」
そういうことだと思ったと言わんばかりに呆れた様子で、オベイリーフは画面の方を見やる。
大した情報が無いと言っていたにも関わらず、情報屋から入手したUSBには施設のセキュリティに関する情報など、明らかに怪しい情報が添付されていた。
マップのデータもあり、ウィルが入手したと思われる施設の情報に関係していることは、容易に推測できた。
情報屋も、金で動く仕事だ。あまりデータの中身などには興味が無かったのだろう。
「明らかに奴らに誘導されているわね。むしろ、古典的過ぎる罠だわ」
「かと言って、見過ごすわけにもいかん」
アペイロンの目的を知るマスターからしてみれば、これは十中八九ウィルの実力を伸ばすための言わば"訓練"という扱いなのだろう。
彼女の言う器であるウィルにオペレーターとしての経験を積ませることでより素晴らしい人材へと育成する──しかも、紛れもないウィル本人がそれを望むように仕向けさせることで。
そのことを考えれば、これは相手の思う壺と言えるのだろうが、それでもEclipseを野放しには出来ない。
「スカーライト、アズライト」
「大体分かってるわ」
「俺もだ。マスターはここで逃げる男じゃねぇからな」
「フッ、では二人には現地に出向いてもらうぞ」
彼がコードネームを呼ぶだけで、二人は全て理解したかのように笑みを見せる。
今までもそのパターンが非常に多かった。マスターは見え透いた罠に逃げる指示を与える男ではない。
罠に飛び込み、場を盛大に掻き回す。一見無茶に思える作戦だろうと、不思議とそうやって成功してきているのだ。
マスターの決断力。オベイリーフとブラッドの工作員としての実力。オペレーターの支援。全てが不思議と噛み合っていくのが、WSEPの持ち味。
今は少しばかり不安点もあるが、ウィルの存在もある。怖いものはない。
「まずは情報にあった拠点を叩く。ウィルとフィオは、二人のサポートの準備だ。それとオベイリーフ、少し話がある」
ウィルは元気よく、フィオは少し陰りを見せるもののウィルに負けじとハキハキと答え、オペレーターとして仕事を果たすため席に着く。
大方の内容を察しつつも、オベイリーフもまたマスターに呼ばれ、別の部屋へと赴く。
俺はなしかよ、とボヤきつつもブラッドも個人的な順次を整えるため、一度自室へと戻っていった。
「成程、私を個別に呼んだ理由はこれね」
以前自分が抱いた疑問──
何故ウィルが意図的に逃がされたのか、その答えがようやく見つかったオベイリーフは、納得がいった様子でマスターの映し出した画面を見ていた。
「あの場で言えば、本人にショックを与えてしまうからな……さて、本人にはどのタイミングで告げればいいものか」
取り乱してこそいないものの、悩みを抱えた様子でマスターは"器"という文字を見つめる。
折角本人の活力も昂っているというのに、このような事実を伝えてしまえば、ウィルが受けるショックは多大なものとなってしまう。
本人は自らの意思で箱庭を抜け出したと思っていたのに、それすら想定されていたことと分かれば、立ち直ることが出来るか想像も出来ない。
どうしたものか、と悩むマスターの姿を気に病んだためか、オベイリーフは冷静な様子で告げる。
「私が伝えるわ……タイミングを見計らって、ね」
「……お前にはいつも、汚れ役をさせるな……すまん」
「やめなさいよ、らしくないわ」
マスターにしては珍しく落ち込んだ様子で謝罪をされ、バツの悪そうな表情でオベイリーフは吐き捨てた。
──これくらいしか、私には出来ることがないんだから。
自分に出来ることが何なのかを改めて想像し、オベイリーフは次の任務への準備に取り掛かるために部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます