Code4:「快楽主義」
「──あまり情報が流れてこない?」
「あぁ。リークしていた奴からの連絡も途絶えた」
シーリンとの戦闘を軽く済ませた後に、オベイリーフは無事情報屋の元へと辿り着いていた。
しかし、結果は奮っていない。仕入先の人物からの状況から察するに、大方始末されたのが筋というものだろう。
ともかく頼みの綱の一つである彼がEclipseの情報を持ち合わせていないとなると、振り出しに戻ってしまうのと同意義である。
それでも、あまりというだけで多少の情報ならあるだけ遥かに良いのだが。酷い時は何一つ分からないこともあるだけに、少しでも手に入るのなら都合は良い。
「今ある分だけでいいわ、情報を頂戴。金は……MILL」
『ふふふ、大丈夫です! その辺のことはエルフィオさんから聞きましたから!』
情報屋の持つEclipseに関わる情報は貴重故、今すぐにでも買うと判断したオベイリーフは早速購入を申し出る。
既に口座の話も把握済みな辺り、場慣れしていないことを除けばウィルは非常に優秀なオペレーターだ。呼ばれただけでやるべきことを理解し、情報の分のお金を振り込む作業に取り掛かっていた。
その様子を悟ったオベイリーフもまた、準備は問題無いことを情報屋に告げる。
毎度有り、という彼の言葉と共に彼女の前に持ち出されたのは一つのUSBだった。
曰く、この中に彼がリーク先から仕入れたEclipseの情報が入っているらしい。
「感謝するわ」
「これもシゴト、だからな」
情報屋へ労いの言葉を投げかけ、オベイリーフはその場を後にする。
USBはあれど、情報を確認するのなら設備の整ったWSEP本部が最も適切。ここで油を売っている場合ではないのだ。
──だと言うのに。
「見ぃつけた」
無垢な子供のような明るい声が、彼女の脚を留めさせた。
より正確に言うのなら、そうさせたのは声では無い。辺りに漂う血なまぐささ《・・・・・・》だ。
臭いは恐ろしい勢いだというのに、何故気が付かなかったのだろうか。彼女はふと疑問に思うが、その答えはすぐに導き出された。
これは、ついさっき起こったばかりの、そして今起きている出来事なのだ。
彼女の目線のすぐ先で、スラム街を生きていた人々が次々と亡骸に変わっていくのが見える。
先程の声の主が槍を振るい、狂喜にも近い笑みを零しながら──殺戮を楽しむように、次々と殺していった。
一、二、三等という数ではない。百にも登りそうな数の人を、この短時間に。
軽い戦慄を覚える彼女を見据えると、この惨劇の張本人であるナナは、待ち焦がれたかのように声を漏らした。
「この人達、鳴いてくれなくてつまらかったの。でも良かったわ、あなたを探していたもの」
そう漏らす彼女の瞳は、酷く悦楽に溺れていた。
オベイリーフの戦慄は募る。間違いない。次の獲物は──
自分だ。
「さ──いい声で鳴いてよ」
ナナの振るう槍はオベイリーフの脇腹を掠め、一瞬の内に彼女に悟らせた。
この女はシーリンより遥かに強い。油断すれば確実に生命を奪われる。
なれば、最適な手段は一つ。
「今日はついてないわね……ッ!」
オベイリーフは再びナナが振るった槍を、シーリンにした要領を活かして掴み、そのまま引き込むことで態勢を崩そうとする。
しかし、掴んだ槍はやけに軽々しく引き込まれてきた。それこそ、まるで"捨てられた"かのように。
──しまった。
彼女が思った時には既に遅く、懐に叩き込まれた拳はオベイリーフを強く吹き飛ばした。
それでも態勢は大きく崩さず、受身を取ることで彼女は即座にその場に立ち上がる。
手から離れた槍は再びナナの手元に戻り、彼女は愛おしそうに槍を撫でるとオベイリーフの方へと向き直る。
「あの子にやった戦法は通じないよ?」
「……成程、見てたわけね」
自身とシーリンの戦いを見ていたからこそ、ナナは今の行動に即座に対応出来た。
彼女の発言からもそれは見て取れたため、オベイリーフは少々厄介だと感じる。
確かにナナは強い。単純なスピードにおいてもシーリンよりも一歩上手だろう。
その上相手の戦い方を学ぶという手も取る。ただの戦闘狂の方がまだ可愛げがある方だ。
「MILL、帰るまで少し時間がかかりそう」
『……大丈夫、ですよね?』
泣きそうな声で言わないでよ、と呟きそうになるのを抑え、ただ一言"大丈夫"とだけ伝え、オベイリーフはナナを見据える。
歪んだ口元を隠しもせず向けてくる。狂人はまだ殺り足りないらしい。
たかだか情報集めと高を括ったのが間違いだったか──それはこの際、置いておくしかない。
見据えた敵との避けられぬ戦いに息を吐き、ガンホルダーから銃を抜き出したオベイリーフはナナと相対した。
「まず……聞きたいことが一つ」
「あら、何でしょう」
その一方で、WSEPの本部ではマスターがとある人物の訪問に対応していた。
彼の元を訪ねたのはエクステンシア家と並び有名で、一流企業として名を馳せている"ディスノミア・コーポレーション"の女社長、"クリュオテ・ディスノミア"。
三十路後半であるにも関わらず非常に美しい顔立ちに、滑らかな黒髪、そして物腰の柔らかさ。更に非常に手腕の優れた社長であるとして多くの人々に親しまれている。
──表の顔は。
「貴様が我々に取引を持ちかけるメリットは何だ?死の商人、クリュオテ」
「ふふ……話が早くて助かるわ」
彼女の本性は、戦争を快楽のために利用する"死の商人"。
一流企業の社長として稼いだ富を全て、兵器の開発や兵士の育成に注ぎ込み、時には他国に売り付け、時には自らの力として振りかざす。
人々の争う姿と、そこに身を投じる自身の姿にのみ快楽を見出す悪魔──それが彼女の本性。
「最近Eclipseなんて生意気な奴等が現れたじゃない? 勿論あなた達が奴等とやり合うつもりなのも知っているわ」
「確かにそうだ。……貴様は何を企んでいる?」
「簡単な話よ。私を愉しませなさい」
彼女の言うメリットはこうだ。
WSEPがEclipseを潰そうとしていることは知っている。
その過程でWSEP側が資金や人手の不足にぶつかった時、こちらからそれを提供する。
但しその対価として、敵対するのならば派手にやり合い、自身を満足させろ。
彼女の語るメリットを改めて考えてみても、マスターにはまるで理解することが出来なかった。
それもその筈だ。満足するかどうかなど、クリュオテ本人が決める話。こちらでは検討のしようもない。
「安心しなさい、答えはどうであれさっき言ったことは行ってあげるから」
一人悩むマスターに対し、彼女は不敵な笑みを見せながらそう告げると、ヒールの音を響かせながら部屋を去ろうとする。
その去り際に、一つの言葉を残して。
「私の駒が答えを教えてくれるわ」
クリュオテの去る姿を見つめ、マスターは改めて思案する。
資金と人員の提供を断る気は無い。
だが、彼女の言い分を考えるに、愉しませるという意味は恐らくこちらの行動次第だろう。
行動、というよりも──どう戦うか、であるだろうが。
彼女の人柄を少しばかり理解したおかげか、何とか答えを出せたマスターの元に、一つの通信が入る。
『──マスター、聞こえるか?』
「……ブラッドか。進展はあったか?」
まぁぼちぼちってとこか、と語る彼の声は何処か不安気な雰囲気を漂わせていた。
その後、ブラッドからの伝達があったためかフィオから一つのデータがマスターの元に送られてくる。
データに記されていたのは、アペイロンの計画の一端。オベイリーフとは別行動で任務を行っていたブラッドの方には確実な進展があったようだ。
「……これは」
『多分本人は知らないかもしれねぇけど、とんでもないタイミングでこっちに来てくれたもんだぜ』
送られてきたデータを見つめ、マスターはまた一つ思案する。
オベイリーフといい自分と言い、一つ解決したと思えば新たな問題に直面することに縁でもあるのだろうか──
何処か自嘲的に笑みをこぼす彼の目線の先に映っていたのは、ウィルを中心とした計画。
「器であるウィルが更に成熟した段階で、その意識を乗っ取る。か……」
WSEPに所属したエクステンシア家の令嬢。
彼女を取り巻く環境は、オベイリーフと同じ程に運命の輪に呑まれつつあった。
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