Code3:「暗殺者」

 新たな仲間、MILLことウィルを加え、前線での任務が多いオベイリーフやブラッドの後方支援に役立つ人材が強化されたWSEP。

 彼女の初陣も兼ね、マスターは即刻オベイリーフ達に次の任務を通達した。

「ついに奴等の調査がメインになるとはね」

 人気のない路地裏で、オベイリーフは端末に表示された任務内容を確認する。

 その任務は本格的なEclipseの調査。彼女にとっては念願叶うというものだろう。

 今まで任務の傍ら、個人的にしか行えなかったことを、今回は主軸にすることが出来るのだ。

 ウィルとの邂逅も合わせ、自分に向かって追い風が吹いている​──

 都合がいいとは分かっているが、今までのことを省みればそう思うのも仕方の無いことだ。

『ティ……ごほん! スカーライト、聞こえますか?』

「えぇ、問題無いわ」

 端末から流れるウィルの声に反応し、オベイリーフは即座に返事を返す。

 一瞬本名を口に出しそうになったウィルだったが、咳払いをしてコードネームへと呼び方を変えていた。彼女はWSEPに慣れきったわけではない。これもまた、当然のことだろう。

 組織への所属を許され、検査も終えた後。彼女は自身のコードネームにMILLをそのまま使用し、オベイリーフ専属のオペレーターとしての役割を貰った。

 その為フィオはブラッド専属となり、彼の負担が結果的に半分になったと言える。

 しかし、一方で気になることも、無い訳ではない。

 何故、オベイリーフと彼女に同じ血が流れているのか。そこだけは気がかりな点ではあった。

『さて、何処から調べます?』

「……そうね。まずは、中心地から進めていくわ」

 だが、それは今思案すべきことではない。MILLの件のように、その内答えも見えてくるだろう。

 振り払うかのようにウィルからの質問に答えると、オベイリーフは端末に地図を映し出し、指で進むルートをなぞっていく。

 WSEPの本拠地があるのは米国の首都付近。とは言っても、近すぎるという訳でもない。ある程度の距離は離れている。

 首都という大きな光の影には、それだけ深く暗い闇が潜み、根付いているものだ。その駆逐のためにも、本拠地はそれなりに近い距離にある必要がある。

 現在位置は本拠地からは既に離れ、首都のスラム街。

「首都の中にも多少なりとも廃れた場所はあるものだわ。そこには腕利きの情報屋も集まる……地下街なんかは特にね」

『一理ありますね』

 ウィルの話によれば、インターネットから裏世界の情報を集める時も似たような切り口で掻き集めていたらしい。

 それでも規制が激しいことも多く、博打とも言えたようだが。

「それじゃあ、調査開始よ」

『了解しました』

 通信を完全には切らず、端末をスリープモードにした上で懐へと忍ばせる。

 調査ということもあり、今回もオベイリーフは紅のチャイナドレスだ。露出した太腿に、一目見て分かる胸囲の大きさ。

 多くの男に色仕掛けを掛けるのに困ることもない。それを理解した上で、彼女は意図的に武器としている。

 事実、これまでにも様々な場面で彼女は色仕掛けで情報を引き出していた。時には、更に引き出させるために行為に及ぶこともあった。

 全て、任務のために。

「まずは……そうね、いつものバーに行こうかしら」

『いつもの?』

 行きつけのバーに情報屋がいるのよ、とウィルに告げ、オベイリーフは足早にバーへと歩みを進める。

 これまでの任務でもお世話になった情報筋故、WSEPにとっても彼女にとっても非常に便利な場所。

 但し、スラム街の奥地にあるため先程よりも人気の無い場所を進まなければいけないことだけが不親切だが​。

『……!? スカーライト、気をつけ​』

 その最中、不意にウィルの声に動揺が走る。

 オベイリーフを見守る彼女側に何かが映り込んだからだろうが、こういう現場での実戦経験はオベイリーフの方が圧倒的に上だ。

 そのため大した焦りも見せず、冷静に辺りの様子を予想し​──

「ッ!」

 自身の後ろに現れた金眼の影を的確に避け、一定の距離を取る。

 彼女とは対照的な緑のチャイナ服に身を包んだその影は、銀髪の髪を靡かせ、腕に付けたクローを見つめる。

 獲物を仕留め損ねたことに舌を打つと、オベイリーフの方を向き再び構える。

「流石は噂に名高い紅玉ってことか」

「紅玉……それよりも、お前は」

 自身のことを"紅玉"という呼び名で呼ぶことに違和感を覚えるが、それよりもオベイリーフの頭に浮かんだのは別のことだった。

 この女は、裏世界では名の聞いた暗殺者だった筈だ。命よりも報酬は重いことを提唱し、依頼された獲物を仕留めるまでは決して逃がさない熾烈な追跡者​──

「……明石綾ミン・シーリン

「アンタに名前が知られてるとは。光栄かもね」

 自然と口から漏れた敵の名を、光栄だと相手方は返す。

 オベイリーフも裏世界では有名人であるため、暗殺者等の間では噂が絶えないらしい。本人にはいい迷惑なのだが。

 しかし、この場でやり合うには少々面倒なことになりそうだ。

 この場はなんとか切り抜けられないものか。

「まぁとにかく、私は依頼をこなさなきゃいけないから……ねッ!」

「くッ」

 ​──どうやら、そう甘くはないようだ。

 先程の様子から勘づいてはいたが、シーリンはオベイリーフを殺す依頼を受け持っているようで、避ければ避けるほど飛び込みざまにクローを振るってくる。

 暗殺者から狙われるようなことも日常茶飯事だが、シーリン程の手練をぶつけられるのはあまり慣れてはいない。

『スカーライト!』

「少し黙ってなさい!」

 ウィルの声に更なる動揺が募ることは分かる。いきなりの初陣で相棒が暗殺者とやり合う自体になれば、冷静さを欠くのも無理な話ではない。

 そうだとしても、今はその声は集中力を乱す騒音にかならない。

 オベイリーフは通信を切断すると、ガンホルダーから引き抜いた銃の引き金を引く。

 放たれた弾はシーリンの腕を狙うが、彼女は凄まじい瞬発力で身体を捻り、弾を避けると同時に右腕を振るう。

「そこッ!!」

「​──そう、"そこ"よ」

「何……ッ!?」

 振るわれた右腕に対し、オベイリーフは右半身を引くことによって軌道を逸らす。

 シーリンはそのまま右腕を引くことで肘打ちを目論んだが、その上からオベイリーフは左腕を叩きつけることで、彼女の重体のバランスを大きく崩した。

 更に、苦悶の浮かぶ彼女の顔目掛けて二ーキックを放ち、そのまま蹴り飛ばす。

 彼女自体、スピードで翻弄する形でオベイリーフを仕留めようとしていたために、そのオベイリーフも同じ土俵に入ってきてしまっていた。

 それ故二ーキックだけでも相当な速度で顔に入り、挙句の果てにそのままの勢いで蹴り飛ばされたため、彼女は大きく吹き飛ばされる形となった。

「……悪いけどあなたと遊んでいる暇はなくてね」

 流石にダメージも大きかったのか、よろよろと立ち上がるシーリンに向け、オベイリーフはあくまで冷静に銃を発砲する。

 撃ち抜かれた場所は右肩、左脚、そして腹部。

 頭を撃ち抜けば良いのに、むしろ苦痛を味合わせる形で、彼女は銃を放っていた。

「て、めェ……ッ!殺さないのかッ!?」

 暗殺に失敗した身にとっては、殺されないのはこれ程にもない侮辱。

 あまりの行為にシーリンの頭にも血が上るが、オベイリーフはそれでも冷静に、冷酷に言い放った。

「言ったでしょ? あなたと遊んでいる暇はないのよ」

 確かに相手は手練ではあった。

 それでも​─​─自分を殺すに至るほどの相手でも無く、優先順位にも入らない。

 それに、自分の目的は任務の達成と、Eclipseの撲滅だ。ゴロツキの様に大量にいる暗殺者を殺すことではない。

 雇われている身でしかないシーリンから情報を聞き出してもよいが、彼女は報酬と暗殺以外には脳は働いていなさそうだ。

「忙しくない時にまた遊んであげるわ」

「……ッ! てめェ! 殺す、いつか絶対、殺してやるッ!!」

 ならば、今殺すまでもないだろう。

 呪詛のように自身を殺すと言い続けるシーリンを哀れみ、オベイリーフはその場を後にした。


「ふぅーん……あれがお母様が言ってたオベイリーフって人かぁ」

 オベイリーフとシーリンの戦いの様を、廃墟の屋上から眺める女性が一人。

 黒のゴスロリファッションに身を包みながら、服にも顔にも返り血を浴びた状態で、新しい玩具を品定めするかのように見る様は​──狂気そのもの。

 彼女の傍らにも、背後にも、至る所に彼女が築いたであろう屍の山が積み重なっている。

「あの人はどんな声で鳴いてくれるかなァ……ひひひッ、楽しみ……!」

 血を浴びた槍を愛おしそうに抱きしめ、オベイリーフを殺す様を嬉々として思い描く。

 "ナナ"​──悦楽のままに他者を殺める彼女の存在は、WSEPもEclipseも、双方を掻き回していくこととなっていく。

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