第5話 遠浅ブルーハワイ

「小岩さ〜ん、今日の波はどんなもんです?」




別に分かる奴のフリとかその手のプロには丸分かりなのだろうからしたくないがそんなコメントが欲しくなったのだから仕方ないだろう?




「え?今日の波?別にそんなの気にしたこと無いけどそーだな…今週は何とか低気圧のせいでずっと海が荒れてたけど今日ははそうでも無いしー


うーん、別に私は高い波とか荒れた海を制覇したいってのが波に乗る主な理由じゃないからなー」




ふと白く波が崩れて浜に登る際まで来て小岩さんを追って来ていたが二人ともそんなことは気にしていない。




「ならなんでまたサーフィンをそんなに極めたんだ?ネットでサクサク調べてみたらなんとまぁ世界大会だってタイトルを持っちゃう位に」




「別に…そんなまで極めたなんて私なんてまだまだだぜ?あれだって運が良かったみたいなもんだし


…ってさっきまであんなに疲れ果ててもう駄目だーみたいな顔してたのになんで結構乗り気なんだよー」




「未知の世界過ぎてどーゆーのが凄いのか分かんないからね、それはそれで興味ある」




彼女は「ふーん?」と何か思った事があったようで首を傾げながら沖へ漕ぎだしていった。




日本の海はこの時期気圧などによってそれこそ遊園地のアトラクションになる事も珍しくない。




しかしここ二、三日は比較的穏やかな方なのだろう、あまり波乗りが好きそうな大波や難しいコンディションではないのが少しだけ残念だが。




「言っておくけど別にこの海ここで出来る事ってあんまり大した技は出来ないっからそこんところは理解しといてー」




そう言いながら離れていく小岩さんを見て俺も昔は日常の中に趣味をする時間があの子みたいにしていたなー


なんてそんな事を海に浮かべてぷかぷか考えると未だに開けていないあの段ボール箱の中身を久しぶりに見て見ようという気になったりする。




その昔の夢中になって朝から晩までやっていたあの少年時代の自分に会ったら一体なんと言われるのだろうか、多分小せぇ野郎だなとか鼻で笑われる気がしないまでもない。






寄せては返すリズムに合わせて小岩さんは自分の身長ほどある板に乗ってゆらゆらと沖へ流れてゆく。




このまま水平線へ吸い込まれて消えていってしまうのではないかと俺は言い様のない不安に駆られつつ事が始まるのをじーっと待っていた。




波は大体2mくらいだろうか、冷たそうな鈍い黒色を混ぜ込んだ青い波に向かって少女は漕ぎだす、


砂浜から結構な距離を取ったところでいよいよなのだろうか動きがあった。




沖から浜へその姿勢を入れ替え具合の良さそうなタイミングを見計う、見ているこちらまで何やら緊張してきた。




「よーしそろそろ頃合いっかなぁ!」


少女はごちゃごちゃした人というものが心底も面倒だと思っていた。


本音だとか建前だとか互いに真意を確かめていたいばかりに探り合って粗を探し合うのか全く理解ができない、別に自分一個人としての存在証明の為に他人との比較をするのはどうかと思っているし多人数から支持を得ているから何なのだろう、そんなに偉いのか?




そんなことよりも相手のことを少しでも考えて行動してやれる自らの心の余裕を作るべきではないのだろうかなんてそんな考えを持ちつつ行動するので集団生活に溶け込むことを強いられる学校では簡単には受け入れられないのは当然の帰結といえばそうなってしまう。




だがこうして一人で勝手に自由気ままに波に戯れている時はまるで違う、柔軟に常に考え続けなくてはならない、波にのるというデリケートな事をするのにそんな雑多で余計な思考は要らない、なんにも考えずに今この瞬間だけを考えて、感じていればいい。




小岩凪は頭の中に考え事やストレスなどのモヤモヤを抱えると決まって自宅からさほど距離が離れていないこの浜へ来て答えを出したがるこの頭を一度リセットをしに冷やして疲れさせて今日もよく寝る為にここに来ている。




「学校よりも楽しいものがある」彼女にとってサーフィンにのめり込んでいくのは親がサーファーであった事もあって当然の帰結といえばそうなってしまった、世界大会出場と同時の優勝は期待の超新星の登場と言われたが、真相は案外と複雑だったりするのだ。




「よっしゃ!よっと!!」


小岩凪の波乗りを見て波に乗るという言葉を俺は撤回しなくてはいけなくなった、というかはなっからそれを知らないやつが上級者のやってる姿を見たら偏見だろうと吹っ飛んでしまうわけだが…




水面と白く泡立つ波上を自由にそして奔放に文字通りノリノリで駆けてゆくさまを見せられたら素直に驚くくらいの事しか俺にはできないのは道理だ。




それに少し前ノリこそいいもののつまらなそうにしていたやつがあんな楽しそうな顔をするもんなのか?




あっちへひらりこっちへひらりとターンやらジャンプやら繰り出した挙げ句平然と砂浜に戻ってきたし何かを得たのかそれとも手放したのか憑き物が取れたスッキリとした顔をしている。




「うーん、あそこのターンはいまいちだった気がするけどまぁ楽しかったからいっか!!」




清々しいほどに精悍な顔になっているし何だそのサーフィン効果、俺もサーフィンやれば一度でこんな劇的なんたらかんたらみたく「なんということでしょう~」な感じになるのかね?イマイチなとこなんてあったのか良う分からん。




「お?これはこれは吉川さんじゃありませんか!どうでした私のマーメイドっぷりは!?」




なんか無邪気になった…「聞いてるんですか、吉川さん?」「あぁ、聞いてる聞いてる」


「うぅわぁ、露骨に「こいつ面倒くさそうな奴だ」とか思ったわけでしょ、それ確かに言われることありますよ?




お前は誰にでも彼にでも優しすぎたり声をかけたり気兼ねがなさすぎとか言われたりはするけれどやっぱり世に言うみんな仲良くなんってのは少なくても学校とかいう環境下ではそんなおとぎ話ということなのかもしれないね」




「スッキリしたーーー!」といわんばかりに晴れ晴れと冬空のような顔はなんともいとも簡単に意図せずしてまた曇ってしまった。


おいおい、そんなことわざわざ思い出さなくったっていいだろ別に、良いことあったから今日は百点満点だーー!!くらいに思わないと後々袋小路に閉じ込められるぞ。


因みに言ってとおとなになってもその手の寸断された世の中は割と変わらないからな、相手が歩み寄ろうとしなければこちらがいくら譲歩してもマウント取られて一方的にやられるだけさ…




「ま、いいやそんな変わらないことを嘆いていたって仕方ないもんな、…うっし!また行ってこようかな!!」


「ちょっと待て小岩さんまた行くのか?」


さも当然という感じで彼女はまた海へ漕ぎ出て行くのを呼び止めきれる訳が無いが別にそこまでは気にしていない。


あんなに楽しそうな顔をされればここが遊泳禁止になっていない限りは止めないさ…大丈夫だよな?


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